第5話 食糧調達

「くそ~、荷物を置いてきた。荷物はどうでもいいが、槍が勿体無ぇ。それに、このまま見捨てるのもなぁ・・・・・・」


 固まった身体をほぐそうと伸びをすると、バキバキ、パキパキと音が出る。

 正直な話、放置してこのまま帰りたいが、一度関わったからには、納得いく段階までは見届けたいってのもある。でもなぁ、予想される龍の種類がなぁ。はぁ、気が重ぇ。

 ま、助けた以上、面倒は見なきゃいかんよな。




 俺っちは、朝食を探すべく感覚を最大に研ぎ澄まし、獲物を探る。体調の悪さは戦場では言い訳にはならん。ヤらなければヤられるだけだ。息を整え気配の枝を周囲に伸ばしていく。


 その時、鋭敏になった嗅覚と聴覚が何かを捉えた。

 慎重にその方向へ向かうと、木々の間から野生種の『プギィ』の巨大な姿が見えた。

 野生種のプギィには、家畜化されたプギィとは違い、口の端より牙が大きく突き出している。牙は岩や木などに擦り付けることで研がれ、下手な刃物よりもよく切れる。野生種の最大の売りは、体重を生かした突進による体当たりと牙による一撃。時には大木をも一撃でなぎ倒し、強大無比な威力と化す。


 足音を殺し、ソロリソロリと風下から間合いを詰めていく。間合いを詰めつつ落ちている木の枝を3本拾い、必殺の間合いまで近づくと、投擲の体勢に移行する。


 野生種に気づかれない様に、ゆっくりと大きく息を吐き、そして吸う。足に力を溜めいつでも飛び出せるように準備。また深呼吸をし、呼吸を止め、続けざまに三投! 

 狙い違わず、野生種の背後の茂みに枝が飛び込み、ガサガサという音が複数発生する。そして、少しビクッとした野生種の視線をこちらから逸らすことに成功。そして、間髪入れず飛び出す。かかとを強く踏み込み溜めておいた力を使い、一瞬でトップスピードに身体を乗せる。

 そして野生種との間合いを一気に詰め鯉口を切る。


牙真流がしんりゅう双燕そうえんっ!」


 鞘から抜き出された刃が野生種の首を半ばまで絶ち、返す刀で完全に首を打ち落とす。これを一連の動作で行うのが双燕と言う技だ。腕を伸ばしきる直前に刃を返し、さらに引き戻すという行為をするため、肩や筋にかなりの負担がかかる。強靭な回復能力がなければ、あんまりやりたいとは思わない技でもある。

 ビクンビクンと痙攣しているが、野生種自体は何が起こったのか理解できなかったことだろう。動物を屠殺するとき、痛みや苦しみや恐怖を与えると肉質が落ちるという。それに、痛みを与えず即座に仕留めるのは狩人としての嗜みみたいなものだ。

 田舎暮らしだと狩猟任務も良く入るから、この手の荒事は比較的得意な方だ。

 

「ふぅ、確保確保~♪」


 鼻歌を歌いつつ、野生種の頭を、その辺の木を這う蔦を引きはがし、落ちてる棒に括り付け肩に担ぐ。野生種の体は流石に今の体力では持てないので引きずって行く。今回は任務ではないので、革を無傷で確保する必要がない。その為に引きずっても苦情が来ることはなく気楽なモノである。


 魔法は使えないが、こういった重いものを持つ時は自分の体質が頼もしく思える。常人では間違いなく、引きずる事すらできないだろうからだ。

 何とか崖まで引きずり戻ってみると、幼生体は母親らしき亡骸の傍まで移動して何かをしていた。

 俺は獲った獲物を見せながら声をかけた。


「おう、動けるようになったか。ほら食事だぜ」


 声をかけるが、反応しない。

 不審に思い近寄ってみると・・・・・・悲しみに暮れてると思いきや、普通に寝ていた。


「寝ぇとるんかぃ~~~ぃっ!」


 つい、幼生体の頭に、プギィの頭でツッコミを入れてしまったのは、致し方ないというモノではなかろうか?



 プギィの頭でぶん殴った結果、幼生体は目を覚ました。

 目を覚ました瞬間、自分が何処にいてどの様な状況なのか把握できず、目を瞬かせてたが。

 チッ! この程度じゃダメージにすらならねぇか。プギィの牙を直撃させたはずなんだがなぁ。幼生体でもさすがは龍種だぜ。

 はぁ、緊張して損をした気分だ。


 しばらく放置していると、血の匂いを嗅ぎ付けたか、こっちに寄ってきた。


「ほらよ、獲ってきてやったぜ」


 俺っちはそういうと、体をどかし、幼生体へ道を譲った。

 幼生体はヨチヨチと足取り危なく野生種に近よると、猛然と食いつき、肉を噛み千切り、骨を噛み砕きはじめた。

 その勢いは凄まじく、近寄る事すら出来そうにない。

 そこで、ふと思い出した。自分が食べる肉を確保していないことに!


「ちょ、おま、まて! 俺っちの分の肉~! ちょ、邪魔すんな!」


 肉に近寄ろうと試みるも、鞭のような尾で弾き飛ばされそうになり、やむなく転進。


「くそっ! あ、まだ頭があるじゃないか。まぁ、あれで我慢するか・・・・・・」


 そう独りごちて頭に向かうも、幼生体は尾を器用に使い、自分の方へ引き寄せると、それにも食らいつき始めた。


「あ~、あ~、あ~、チョイ待てコラッ! 誰が獲ってきたと思ってやがるんだ、コラ! え? ちょっ! ちょっと待てコラ! ちょちょちょっ! あだ~っ!」


 今度は避けそこね、尾の直撃を食らう。一応手加減はされてるのか、吹き飛ばされただけだった。それでも痛いものは痛い。


「恩を仇で返すてぇのはこの事か!?」


 悔し紛れに叫ぶも、正しく伝わったかどうかは定かではない。

 昨日の修練をしながらの強行軍、昨晩の血液と魔力の喪失、早朝からの狩り・・・・・・。はぁぁぁぁ~、そろそろマジにヘコタレそうだ。

 俺っちはふと思いつき、森の方へと向かった。




「と、と、とうぼく、とうぼっくちゃ~ん♪」


 空腹のあまり、意味のない歌を即興で歌いながら森の中を倒木を求め、彷徨い歩く。

 探せど探せど、倒木が見つからない。必要ない時にはゴロゴロと転がってるくせに、探すと見つかりやがらねぇ! くきぃぃぃぃっ!

 イライラも限界に到達し、その辺の木に斬り付けて無理やり倒木を作ろう! と、意味のない妄想に支配されかかったとき、中々に良い腐り具合の倒木を見つけた。


「よっしゃぁっ! 困った時のマルコ虫~♪ 美味しくジューシーなマルコ虫~♪みんな大好きマルコ虫~♪」


 力が入らずプルプルと震える手で倒木を押しのけ、その下に棲む目当ての虫を発見した。

 マルコ虫とは陸上の甲殻類で、通常はモソモソと動くが、外部刺激を与えるとクリッと丸くなる虫のことだ。生で食べるには寄生虫が怖いが、火を通せばプリッとした肉質にあふれる肉汁、何とも言えない風味の森の味覚である。腐った倒木の下に生息しているので、緊急時の食糧として、狩人から傭兵、その辺の住人にまで、幅広く愛されている甲殻類である。足が遅いので、発見できたら子供にも容易に捕まえることのできる大切な食糧でもある。食われるマルコ虫には堪ったものじゃないだろうけどもな。


「おほぉ~、居る居る。とりあえずは3匹で良いかな。乱獲は絶滅の元だからね~」

 

 乱獲して絶滅・・・・・・は、しないだろうけども、必要以上に獲らないのが森の掟。

 俺っちは手のひらサイズの3匹だけ確保し、虫たちを潰さぬように倒木を元へ戻す。

 マルコ虫が逃げ出さないようにしっかりと掴み、急いで崖まで戻る。


 崖に戻ると、あれだけの巨体を誇った野生種のプギィがほぼ毛皮だけになっていた。口に残る毛皮のみ残すとは・・・・・・無駄にグルメだな、こいつ。

 おまけに、自分とほとんど同じ位の巨体を食い尽くすとか、どんだけ大食らいやねん? と、心の中でツッコミを入れる。

 幼生体の姿を探すと、消えかかった焚火の芝でオネムの様だ。

 そばに近寄って様子を見ると、スヤスヤと眠ってるようだ。さらに近寄ると、なんか違和感がある。

 なんの違和感かは思いつかなかったので、とりあえず確保したマルコ虫をそのまま焚火にくべる。俺っちは空腹なのだ。食欲はすべてを凌駕するのだ! 細かいことはどうでも良いのだぁっ!!


 暫くすると、ジュージューという音と共に、香ばしくも美味しそうな香りが漂ってきた。

 火の中から棒で掻き出し、ナイフで甲殻を外すと、真っ白でプリンとし、それでいてホクホクとした身が姿を現した。


「あぁぁ~、水棲の甲殻類もうまいが、陸棲の甲殻類もうまいやねぇ~。特にマルコ虫は絶品だぜ!」


 たちまち1匹を食い尽くし、2匹目にかかろうとしたところで何か巨大で野太いモノに弾き飛ばされ、岩に頭をぶつけ意識を失った・・・・・・。

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