第3話 落とし物

 傭兵業を始めて400年近く経つが、これまで殆ど独りでやってきた。何人かの相棒と組んだ事もあるが、俺っちの寿命が長すぎて大抵は先に身罷ってしまう。親しい奴との別れは正直辛い。が、俺っちも戦場に生きる傭兵、昨日の敵は今日の友、その逆も然り。昔馴染みを斬り倒した事も片手では数えられない。

 そんな世界ではあるが、親しい相棒を失うのはやはりやりきれない。

 その為、独りで動くことが多くなってしまった。


 だが、俺っちはひょんな事から掛け替えのない相棒を手に入れることになった。


 



 あれは、遠くの村までのはいた・・・・・・物資輸送任務の帰途、季節外れの冷たい雨に打たれつつ、全速力で高速立体機動走法の鍛錬をしていた時、かなり前方の崖が突然崩れ、行く手を遮った時の事であった。


 ここ以外に他に通る道はなく、仕方なく近寄ってみると、巨大な岩の下敷きになり既に事切れていると思われる『龍種族』の親と、岩の隙間に運よく転がり込み、辛うじて生存している、生まれて間もないであろうと思われる『龍種族』の幼生体の姿があった。『龍種族』は、古代文明の生みの親ともいわれ、正直関わり合いになりたくはない。俺っちはトラブルには良く巻き込まれるが、自分からトラブルを起こす気はない。見なかったことにして立ち去ろうとしたときに、その声は聞こえてきた。


「キュィー・・・・・・・」


 幼生体の声であろうか? か細く甲高い鳴き声が聞こえてきた。が、目の前の岩は巨大で俺っちの『魔人』としての強大な腕力をもってしてでも動かせそうにはなかった。隙間に槍をねじ込み動かそうとしてみるも、あと少しの所で岩が動かず歯がゆい思いをする。ここ、ここだよここここ。このでっぱりさえなければ何とかなるのだが・・・・・・。落ちた時に欠けたのか、岩がすれあい妙に綺麗に組み合わさったこの状況が恨めしい。

 この季節には珍しい冷たい雨に打たれながら俺っちも何とかしようと頑張っては見たが、雨に濡れ滑る岩を取り除くだけの体力はその時の俺っちには無かった。高速立体機動走法の鍛錬をしていなければ何とかなったかもしれないが、不測の事態とは予測できないからこそ不測の事態というのであって、予想できたら苦労はしない。

 そうこうしてる間にも、幼生体の声はか細く小さくなっていく。


「ふぅ・・・・・・しゃぁ~ねぇか」


 俺っちの声を諦めの声と受け取ったのか、幼生体の悲痛な声が耳朶を打った。


  正直、こんなことのために愛刀を使うのは嫌だが、あんな声を出されて見捨てたんじゃあ目覚めが悪ぃ。手に持つ槍を地面に突き刺し、外套と背負い鞄を槍の石突きに引っ掛けた。

 俺っちの腰には師匠譲りの、古今無双と師匠が言っていた名刀がある。

 腰のモノに手を掛け、鯉口を切り、足を踏ん張り溜めに入る。

 いくら斬れ味鋭い名刀と言えども、相手は岩。腰が伸びるくらいならそのうち戻るが、下手に斬り付けると刀が痛むかもしれねぇ。そうなると多少の知識はあったところで修理は不可能。

 俺っちは慎重に岩の弱そうな部分を目視にて探っていく。

 渾身の力を溜め、溜た力を一気呵成に放出する。鞘走りにより溜められた力が抜刀と同時に解放され、さらに加速する。


牙真流がしんりゅう・・・・・・崩牙ほうがっ!」


 俺の流派は、師匠譲りの実戦武術でありその名を『牙真流』と言うらしい。俺はその正統伝承者だ。『牙真流』は組手から始まり、剣、弓、槍などと言ったあらゆる兵器術から、その辺に落ちてる木の枝、1本の縄すらも殺戮兵器として運用する為の技術。

 その中でも刀術は居抜きと呼ばれる抜刀術を基本とする。鞘走りにて加速した刀を狙った場所へと斬り付ける。俺の身体能力を加味すれば音速を超える必殺の剣だ。

 師匠いわく、『技の名前を大きな声で叫ぶのは儂の流派の作法だ! いや、侍の魂だ! 言いな? 叫べ! 腹の底から叫ぶのだっ!!』などと言っていたのでその通りなのだろう。正直、無言と叫ぶのとでは気合の入り方と、なんだか分からないが威力も違うしな。


 音のしない斬撃が、狙い違わず岩を構成する質の違う箇所を正確に斬りおとした。聞こえたのは、刀を鞘に納めた後のかすかな『チンッ』という音のみ。

 後は、槍を使いテコの原理を応用して岩を取り除くだけだ。

 幼生体を潰さぬように細心の注意を払い岩を取り除いていく。


 幾ばくかの時間をかけ幼生体を救出した頃には、辺りはすっかり暗くなってしまっていた。

 いくら俺が強くとも、足手まといを抱えた身で夜の森は危険すぎる。幸いにも崩れた岩が辺りに散乱し、自然の要害となっている。

 岩を柱に見立て岩の上に革のマントを渡し、即席の天幕をこしらえる。幼生体の様子を見てみるが、長い間狭い場所で身体を圧迫されていた為か、かなり衰弱しているようだ。簡単な手当てをしてみるが、幸いなことに骨折などはしておらず一安心だ。

 強靭な鱗を持つ『龍種族』に必要かどうかは判らなかったが、鞄から毛布を取り出しかけてやった。

 俺は疲れ切った身体を動かし、森へと薪拾いに行く。




 濡れた枯れ木も、濡れた表面を削りさえすれば薪としての使用に耐えうる。多少の煙が出るけどもこればかりは仕方ない。

 岩の欠片を集め簡易なかまどを作り、鞄の中からあちこち凹んで歪んだ鍋を取り出しかまどにかけ、干し肉で出汁を取り、薪と一緒に採取してきた野草を放り込む。

 傭兵として戦場に出ると、食事の支度は状況により移り変わる。戦闘糧食を支給される事もあれば、自給自足を求められる事も多々ある。急速に戦線が移り行く戦場においては、干し肉をかじり水を飲むだけの食事もある。状況次第では水も飲めず、自身の身体に付着した塩と脂を舐めとる事しかできない場合もある。こうして落ち着いて余裕のある食事を摂れるのは恵まれている状況だ。


 スープの匂いで目が覚めたのか、幼生体が動く気配がした。


「状況は判るか? まぁ、とにかく食え。話はそれからだ」


 俺は煮込んで柔らかくなった肉を幼生体の口をこじ開けて放り込んだ。

 が、幼生体は咀嚼し、飲み込む力すら失われてるのか、口を動かそうともしない。

 『龍種族』は卵生のため、生まれ落ちて間もない頃から肉を食らうという。その為、食えない訳ではないと判断したが・・・・・・思った以上に衰弱してるようだ。


「無理をしてでも食え。でないと死ぬ事になるぞ?」

「クキュー・・・・・・」


 そう諭すが、力ない潤んだ瞳で俺を見返すだけだ。

 親が死んだという事は理解できるのか、後を追おうとしてるのか、俺は龍じゃねぇ。その心は判らなかった。


「はぁ、しゃ~ねぇなぁ・・・・・・」


 治癒魔法等を使えれば話は早いのだが、俺は魔法なるものが使えなかった。

 正確に言うならば、魔族の血を引く俺は、常人とは異なる尋常ならざる魔力を保有して居る。だが、その大半の魔力は、肉体を維持構築するために使用されてるらしい。正確には、身体強化系の魔法が常時発動してる状態とのこと。魔族と人族のハーフは本来ならば魔族ほどの寿命はなく、250年も生きれば尽き果てる。だが、その寿命をはるかに超越した俺の長寿命も、身体強化の効果の一つだ。

 各種魔法が使えなくとも、師匠譲りの技と、身体能力とで数多の敵を屠ってきた。これからもそうするし、そうなるだろう。だが、このような状況では自分の魔法の使えない体質が恨めしい。

 苦労して助けた命を、目の前で散らすのもなんだか悔しい気がしたのも確かだ。

 俺は腰のモノを引き抜くと、その凄まじい切れ味を誇る刃物で腕を斬り付けた。 たちまち溢れる赤い血液。その血の溢るる腕を、幼生体の口にねじ込んだ。


「食えないなら俺の血を飲め!」


 俺の突然の行動に幼生体は目を瞬かせた。


「折角助けた命、俺の前では散らさせん。この場は何としても助ける。そのあとで死にたいならば死ね。その場合は止めはせん」 


 射殺すような目で睨み付ける。

 その目に怯えたか、それとも諦めたのか、幼生体が俺の血を嚥下していく。


「良し、いい子だ」


 俺は空いた手で、スベスベした幼生体の鼻先を撫でてやった。


「ギュフッ!」


 血を飲み込みながら鳴き声で返そうとした為か、少しむせたような声をあげる幼生体。


「慌てるな。ゆっくりと飲め。感謝はお前が助かってからだ」


 血液が大量に失われて行く過程で、魔力も急速に消費していくのを感じる。

 馬鹿なことをしてるってぇ自覚はある。だが、俺は傭兵としての技をふるうと、性格が戦場寄りになってしまう。だが、こればかりは理屈じゃねぇ。


 やりてぇからやるんだ。


 さて、俺がくたばるのが早いか、コイツが回復するのが先か・・・・・・ま、一応スープは飲んでおくかね。


 俺は乾燥した布きれで鍋をつかみ、肉の無くなった野草だけのスープをチビチビとすすり始めた。


「アチッ!」


 俺、猫舌なんだよな・・・・・・。

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