第2話 傭兵のお仕事

 

 ふぅ、今日も仕事の依頼だぜ。売れっ子の傭兵としては嬉しい限りだ。

 今日の依頼は、先日頼まれた木工所のドブさらいだ。

 だが・・・・・・たまには休みが欲しいな。ここ100年以上働き尽くしのような気もする。え? 社畜? 俺っちはフリーランス、そのため会社経営してねぇからその言葉は当てはまらないんじゃねぇかなぁ。


 

 今回の様に急ぎの依頼が入るのはそう珍しくない。自宅兼事務所から掃除用具とソレ用の衣服に着替え現場へ向かう。







「うっぷ! ひでぇにおいだ・・・・・・ま、見てても終わらねぇ。ちゃっちゃと終わらすかぁ~」


 独り生活が長いためか、独り言が多くなってしまった。ま、特に害はないので直しはしない。孤独な期間が長いと独りごとが増えるのは、もうそれは人としての仕様だから致し方ない。


 俺っちも熟練の傭兵、この手の仕事には慣れている。手早く円匙でヘドロをすくい木の皮を編んだ袋へ詰め込んでいく。ここのヘドロの元は木屑。こいつを天日で乾燥させて消毒させれば、良質の肥料へと生まれ変わる。ドブさらいのりょうき・・・・・・・契約料は安いが、このヘドロから生まれた肥料が副収入となる。臭い事さえ我慢したら、なかなか悪くない依頼なんだよなぁ、実際の話。



 数時間をかけてきれいにヘドロをさらい、手元の水筒から水を飲む。

 ・・・・・・ふぅ、仕事明けの水より旨いモノはない! と、断言できるな。


「あら、何でも屋さん、またうちの子達の子守をお願いできないかしら?」


 ヘドロにまみれた俺っちの姿を嫌悪する事も無く話しかけてきたのは、事務所の隣に住むユーカ・ホークウッドさん。俺っち好みのかなりの美人さんだ。だが残念なるかな、彼女はすでに人妻の身、仲良くなんて必要以上にはできない。

 なんでも彼女は、異世界人らしい。この世界には極々偶に『稀人まれびと』と呼ばれる異世界人が出現する。俺っちの今は亡き師匠もその一人であった。


「あ、お子さんたちですね? 承りました。ユーカさんに良く似て可愛いお子さんたちですもんね。また、ご主人とデートですか?」


 彼女たち夫婦は、子供ができてからも仲睦まじい。見てて胸やけがするほどだ。その為、子供を俺っちに預けて時たま数日外出したりする。ってか、幼子を置いて遊びに行くなよ! とは思うが、仕事は仕事なので俺っちの感情は黙殺する。


「あらやだもぅ! ・・・・・・何でも屋さんったら!」


 そう言いつつ、比較的汚れの少ない俺の背中を平手で叩く。鍛えられた身体が吹き飛ばされそうになるほどに力強い。だが俺っちも歴戦の傭兵、たたらを踏むことなく持ちこたえる。・・・・・・絶対手形が残ってるだろうなと、思うが顔には出さない。


「それで、今回の日程は?」


 仕事内容を聞くのは重要だ。また叩かれないように話を進めてるわけではない。

 そう、これは必要な事なのだ。


「そそ、今回は『浮空島』へ行くの! 前々から行きたいと思ってたけど、ようやく念願が叶うの!」


 『浮空島』とはその名の通り、空に浮かぶ島だ。原理は不明だが、太古の龍族が関わっているとかいないとか。そんな訳で、大昔よりこの世界の空を漂っている。当然ながら人はその上に都市を築き、一部の権力者がそこに住んで居る。俺っちたち平凡な地上民には、憧れの天空都市だ。


「浮空島ですか? となると、今回は行きと帰りで・・・・・・十日ほどでしょうかね?」


 簡単に道程を計算し、確認をとってみる。


「そうね。まぁ、大体それくらいかしら? 予定外の都合で多少変動するかも?」


 ユーカさんは結構アバウトな性格だ。同じ異世界人である師匠はやたらと厳格であったため、異世界人といえどもその性格は多種多様なようだ。ま、この世界の住人にもあてはまるがね。異世界といってもこっちの世界の様に、いろんな国に分かれてるんだろうしな。


「それでは、最少十日、最大で二十日としておきますか。仕事内容は要人警護・・・・・・それで、料金は基本料金と特殊警護料金と両方いただきますが宜しいでしょうか?」

「えぇ、良いわよ。あの子たちも何でも屋さんに懐いてるから、アタシとしても安心できるわぁ~」


 平気で幼い子供たちを他人に預ける、貴女の危機管理能力の無さには安心できませんけどね・・・・・・と、心の中で呟く。


「あ、アナタ~!」


 突然、ユーカさんが黄色い嬌声をあげる。普段の落ち着いた声とはうって変わり、見た目通りの若い娘の声だ。うん、あれだ、『キャピキャピとした声』って奴だな。俺っちは、この手の作り声は好きじゃないんだが、まぁ、こればかりは仕方がねぇ。

 ユーカさんの視線の先を追うと、この村の生まれでユーカさんの夫である『小人族』俗にいう『ドワーフ族』のアーカンサス・ホークウッドの姿が見えた。『ドワーフ族』とは小人族の総称で、住んでいる場所により体格やら何やらが違ったりする。山の小人族、大地の小人族、草原の小人族、森の小人族、海の小人族とその種類は様々だ。アーカンサスさんは草原の小人族だ。成人しても少年位の背丈で、細身で動きが素早く手先が器用。アーカンサスさんも種族の性質を生かした細工師として生計を立てている。

 何故か冬でも上が半袖のシャツで、下が短パンと言ういでだちで、なんでもユーカさんの趣味らしい。俺っちと同じくらいの身長のユーカさんと並ぶと、母親と息子くらいの背の高さの違いがある。見た感じは完全に親子だが、親子にはあり得ないイチャつき様だ。ユーカさんが一方的に弄んでるようにしか見えないが、当人たちはラブラブらしい。


 通常、『小人族』と『人族』の異種族間の伴侶と言えば、女性の『小人族』と男性の『人族』が一般的なんだが、目の前のバカップルは全くの逆だ。なんでも、ユーカさんの熱烈なアプローチの結果らしいが・・・・・・。俺っちも今までに何人かの異世界人を見てきたが、異世界人の文化はマジによく判らん。その辺りを一度聞いたことがあるが『合法ショタがどうのこうの・・・・・・』とか言っていた。俺っちにはよく分からん世界だぜ。

 あの夫婦がイチャつき出すと周囲は見えなくなる。砂糖を吐くというのはこういうことか!? ってぇのを、あの夫婦を見てから思い知らされた。依頼の用紙は後で家の方へ届けて置くとしよう。


 二人はもう自分たちの世界に入っちまったのか、周囲に構うことなくいちゃつき始めている。

 俺っちは二人の邪魔をしないように、そっとその場を後にした。

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