第拾話:「死」への恐怖
大鯰の咆哮にと共に下水道内が激しく揺れる。揺れによって下水が跳ね、私達にかかる。
「ちょっとちょっと、こんなのこの町にいたの?」
「わ、分かんない……。前まではいなかったと、思うけど……」
「……これ、新しい」
大鯰は下水の中へ潜ると泳ぎ始め、見えなくなった。とはいえ、この下水道から完全にいなくなった訳ではなく、姿を隠しただけの様だった。
「どうするの?ユカリちゃん?」
「ん、そうだね。無視したいところだけど、ここに住み着かれて地震を起こされるのも困るし……」
「……倒す、最適」
「で、でも……どうする?か、隠れたよ?」
「……私、潜る、追う、皆、倒す」
ミズキさんの立案した作戦により、私、ユカリちゃん、ハラエさんの三人が鯰に攻撃することになった。
ミズキさんは下水に飛び込むと、鯰を追い始めた。下水は汚れているために、すぐに彼女の姿は見えなくなったが、かろうじて、水面の飛沫でどこにいるか判別出来た。
「私達はここで待ってた方が良さそうだね」
「ん。……ハラエ、ちょっと落ち着いて」
「で、でも……ミズキちゃん……あの子、一人じゃ……危ないよ……?」
「でも、これしか方法はない。あの子にしか出来ないこと。あの子を信じて」
ミズキさんが鯰をこちらに誘導するまで、私達は待っていた。
すると、大きな揺れと共に大量の飛沫がこちらに迫ってきていた。
「……来るよ」
「ミズキちゃん……」
飛沫と共にミズキさんが飛び出し、それに続くようにして鯰が飛び出してきた。鯰は大きな口を開けており、今にもミズキさんを食べようとしていた。
「……!」
ハラエさんが突然飛び出したかと思うと、懐に手を入れ、包丁を取り出した。その目は大きく見開き、赤い瞳と相まって凄い威圧感だった。かつてハラエさんが暗殺者だったということを思い出し、少し私の体は硬直した。
飛び出してきたミズキさんを受け止めながら、ハラエさんは包丁を横薙ぎに払った。
「サエ!」
ユカリちゃんの声に合わせ、私は鯰に腕を伸ばす。この手さえ当たれば、倒すことが出来る筈だ。だが、揺れの影響が大きく体のバランスが上手くとれなかったため、少し触れることしか出来なかった。
鯰はそのまま壁に激突した。その影響で下水道内が大きく揺れた。
「っ……駄目……!?」
「いや……今ので良かったみたいだよ」
鯰は生気が抜けたように、そのまま動かなくなっていた。私は恐る恐る近づくと鯰に手を伸ばし、指先で軽く触ってみることにした。
鯰の体は冷たくなっており、生きている感じが全く無かった。先程まであんなに猛々しく吼えたり、動き回っていたというのに、今ではピクリともしない。
私は、自分の能力の恐ろしさに改めて戦慄した。先程まで確かにそこにあった魂が、今では無くなってしまっている。普通は死んですぐはまだ体温が残っているはずだというのに、何故か既に冷たくなっていた。まるで、生きていたという事実そのものを消してしまったかの様だった。
「倒せたの……?」
「は、はい。何とかなったみたいです……」
「……やったー、わーい」
「サエ。倒せたんなら先を急ごう。どうも、どんどんマズイ状況になってきてるみたいだ」
私達は由紀さんが研究所にいなかった場合も考え、手分けするためにハラエさん達と別れ、先を急ぐことにした。
「うっ……臭い……」
そういえばさっき下水を思いっきり被ってしまったんだった。戦っている最中はそれどころじゃなかったということもあってすっかり忘れてしまっていた。
「多分だけど、研究所内に除菌室とかシャワールームとかそういうのがあるはずだから、そこまでは我慢した方がいいかもね」
私は研究室というのがどういう構造をしていて、どんな部屋があるのかはよく分からなかったが、そういう部屋があることを信じて先に進むことにした。
進んでいくと、やがて一つの扉の前に私達は辿り着いた。扉の横には何やら見たことのない機械が付いていた。
「参ったな。カードキーがいるのか……」
「カードキー?」
「うん。この機械に専用のカードを通さないと、鍵が開かないって仕組みだよ」
今まで私はそんなハイテクな物があるとは知らなかった。鍵といえば、鍵穴に挿し込んで回して開ける、というのが当たり前だと思っていたからだ。
「さて、どうしようか」
私は悩んでいるユカリちゃんの横で、扉を色々見てみることにした。確かに扉横の機械には、カードを通せるような窪みがある。私は扉を色々と触ってみることにした。扉自体には変わった所は見当たらない。普通によくある扉だ。
「んー……またナオコを呼ぶにしても、一旦地上に上がらなきゃだしなぁ……」
「あっ、開いた」
「えっ」
適当に扉に触っていていたら、押した拍子に開いてしまった。予想していなかった事態にユカリちゃんも驚いていた。
扉の向こうは長い廊下が続いており、他の扉は見当たらなかった。
「何か……拍子抜けだなぁ……。真面目に悩んでいた自分がアホらしい……」
「だ、大丈夫だよ!ユカリちゃんはアホじゃないよ!」
後で指摘され知ったことだが、「アホらしい」というのはそういう意味ではないらしく、ユカリちゃんから少し笑われてしまった。
ともかく、私達は扉の先へと進んでいくことになった。
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