第壱拾壱話:夜半に沈んだ黄昏

扉の先には長い廊下が続いていた。左右に扉などは見られず、驚くほど殺風景だった。

 ある程度進むと、ガラス製の自動ドアがあり、そこを通ると上下左右から風が出ている通路になっていた。一体、どういう場所なんだろうか?

「……ここ、生物でも作ってるのか……?」

 ユカリちゃんは何か分かっている様だったが、私には何が何だか分からなかった。

 その道を抜けると、再び廊下が続いていた。先程とは違い、左右には所々部屋があり、どの部屋も開いているようだった。

 ユカリちゃんはどんどん前へと進んでいき、ある部屋の前で立ち止まった。その部屋の扉の横には「監視室」と書いてあった。私達はその部屋へと入っていった。

「……サエ、多分だけど全部の監視カメラがまだ機能してると思う。何か映ったら教えて」

「う、うん。分かったよ」

 私達は監視カメラの映像を確認することにした。


 監視カメラは20個は設置されている様で、様々な場所を映していた。映像の中には、食堂と思しき場所や試験管が並んでいる場所、人間一人は入れそうな大きな機械が大量に置いてある部屋などが映っていた。

「ここ、どんな場所なのかな?」

「……ハナコみたいな子を作ってるんでしょ。目的は知らないけど……」

「……ハナコさんは、何があったの?」

「私も分からない。だけど、私達も…もしかしたら……」

 そんなことを話していると、私が見ていた映像の一つに一人の女性が映った。黒髪を後ろで小さく結んでおり、フードの付いた服を着ていた。

「ユカリちゃん!これ!もしかして……!」

「うん……これだ……!急ごう!」

 そう言うとユカリちゃんは私の手を掴んで部屋の外へ飛び出した。ユカリちゃんのもう片方の手には地図が握られており、どうやらあの場所がどこにあるのか、もう分かっているようだった。

「ユカリちゃん、それっ…どうしたの?」

「あの部屋の中に置いてあったんだ。それより急ごう!」


 私はユカリちゃんに引っ張られるまま、一つの扉の前に辿り着いた。その扉は、今までこの研究所内で見た中で最も大きく、そして厳重だった。

 だが意外にも、扉は簡単に開き、私達は中へ入ることが出来た。部屋の中はベッドや机、椅子などが置いてはあったものの、非常に殺風景だった。そして、その部屋の真ん中にはあの映像に映っていた女性が立っていた。

「由紀!!」

 ユカリちゃんがそう叫ぶと、女性はゆっくりと振り返った。どうやら彼女が、私達が探していた由紀さんらしい。

「縁……何でここが……」

「由紀、何してるの?いつもなら帰ってる時間でしょ?皆探してるよ」

「……ごめんね。私には、やらなきゃいけないことがあるんだ」

「……この写真と関係してるの?」

「……そう。見つけたんだね。…………縁。この町の名前、知ってる?」

「夜半町でしょ?」

「それは今の名前……。この町は本当は『黄昏街』って名前なんだよ」

「……言いたい意味が分からないよ」

「縁の隣にいる子。三瀬川 賽ちゃんだよね?この町の正体は聞いてる?」

「え…?確か、夜ノ見町の裏の姿?みたいな感じって……」

「違うんだよ。この町はね、この研究所の人間達が作ったんだ」

「ん……由紀、分かりやすくはっきり言ってくれない?……この町が作られた?」

 由紀さんは後ろを向くと再び話し始めた。

「ここはね、皆から忘れられそうになっているものが集まる場所として作られたの」

「…何?」

「忘れられるっていうのは、つまり、最初からいなかったのと同じ。その救済のために、この町は作られた」

「ちょっと待って。それじゃあ、私達は……?」

「何人かは外から忘れられて入ってきた。縁、あなたもね」

「でも、全員じゃない。この町を維持するには力が必要だった。……私はその力の維持のために造られた」

「え、あ、あの?私には由紀さんは人間に見えるんですが……」

 私がそう言うと、由紀さんはこちらを振り返り、二コリと笑った。

「そうだね。賽ちゃんの目は正しいよ。私は限りなく人間なんだ。でも、縁からしたら、そうは見えないんじゃない?今までも何度かおかしいと思ったことあるんじゃない?」

「……無いと言えば嘘になる。由紀が近くにいる時は、何故か怪異に襲われなかったりとか……でも、あれはあくまで偶然だと……」

「そう。偶然なんだよ。……私は偶然そのものなんだ。言い方を変えれば、『奇跡』」

「私はこの町を完全な状態で維持するために、『奇跡の神』として造られたんだ。私がいる限りは大丈夫な様にね」

「神がいる限りは大丈夫。研究者達はそう考えたんだろうね。そして彼らはあれを造った。忘却によって救済をもたらす神様、ヒツケさまを」

 最早、私の理解が及ばない話だった。神様を造る?そんなことが出来るのだろうか?

「でも、それがいけなかった。彼らがヒツケさまの起動条件として設定した言葉は、あまりにも簡単すぎた」

「まさか……あの神社の……」

「そう。『もういやだ』の後に『大丈夫』と付け加える。それだけなんだ。それだけで、ヒツケさまは行動を開始する」

「あの…もしヒツケさまが動き出したら、どうなるんですか?」

「……対象が何であるかに関わらず、この町に転移させる。元の世界でのあらゆる人物の記憶から抹消してね」

「じゃあ、まさか……サエや私も……?」

「うん。縁はホントは10年前に学校の屋上から飛び降りて死んだんだよ。覚えてないんだろうけど」

「嘘だよ……私は今、ここに生きてる」

「ここにいる時点で、死んだ様なものなんだよ。……それでも、本来ならこの町はもっと平和な筈だった」

 由紀さんは眉間に皺を寄せ、続きを話した。

「ヒツケさまが暴走したんだ。あの簡単な起動条件のせいで、多くの人間や物をこの世界に転移させた。……そこに現実世界の人間が目を付けた。自分にとって都合の悪いものを、こっちの世界に送り始めたんだ」

「ちょっと待って。火ノ神神社はこっちの世界にだけあるんじゃないの……?」

「勿論、神社はこっちの世界だけ。でも、研究員の誰かがヒツケさまの話をあっちの世界で広めたんだよ……!沢山のものがこっちの世界に送られた。悪意と共に……」

「私には分かるんだよ。ヒツケさまは人間の悪意に穢された。かつては救済を行っていたのに、今では火を使って焼き尽くす怪異に成り下がった」

「じゃあ、あの時、ヒツケさまが私に襲い掛かってきたのも……」

「賽ちゃんを消そうとしてたんだろうね……完全に忘却させるために」

「……信じ難い話ではあるけど、とりあえず由紀を信じるよ。…それで?何をしようとしてたの?」

「……この町を消す」

 由紀さんの口から出たのは信じられない言葉だった。

「どうやって消すのさ?他の皆の意見は?」

「皆の賛成はもらってない。でも、消す方法は分かってる」

「…何で独断でやろうとしたの?」

「皆……優しいから…私がホントのこと言ったら、絶対に協力するでしょ?もし仮に協力しなくても、私は奇跡の神。絶対に出来てしまう」

「何にしても、止められないってことか。…じゃ、私も協力しようかな」

「……ありがとう」

「ただし、一個だけ条件がある。サエがちゃんと元の世界に帰れるようにすること」

「それは分かってる……大丈夫」

 私達は由紀さんの作戦を聞くことになった。

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