9.


 病院の門扉を開いた先は簡素なホールになっていた。そこは格別広くとも狭いとも感じなかったが、学校の教室で換算すれば二部屋ほどの空間になるだろうか。

 照明は落ちている。ただ全体が暗く、湿っぽい。

 外から見た限りでは病院は四階建てであるらしく、ホール奥の突き当たりに上階への階段が続いているのが窺えた。


「えっと……確認しておきたいのだけど、本当に入ってよいのだよね?」

「うん。だから、許可は取ってあるよって言ったじゃない」

「……本当に?」

「本当に大丈夫だって!」

「あとは……もう日が暮れかけてるけど、須奧すおうさんは時間とかは――……」

「それも大丈夫だよ。今日はちゃんと家にも遅くなるって連絡入れてあるから」

「ああ、そうだったね……」



                  *



 昨日一昨日は行き当たりばったりな部分があった僕たちの心霊スポット巡りだったが、今日はあらかじめ時程を整え行動に臨んでいた。心霊スポットというのは、夜に訪れてこそ真価を発揮するような面がある。ゆえに、今日は時間帯が日没後に及ぶことも示し合わせのうちであり、須奧さんもそれを承知でこの場に来ているのだった。


「どうしたの暮樫くれがし君。そんなに心配?」


 須奧さんが首を傾げて僕を見る。ふわっとした前髪から覗く彼女の瞳には、この期に至り優柔不断な姿勢を見せる僕への猜疑が含まれているようでもあった。


「いやあ……実はこういう如何にもな廃墟だとか、心霊スポットの定番、みたいなところに入るのってあまり経験がなくて。ははっ……」

「そうなの? なんか意外だね」

「まあ、うん」

「私はてっきり、暮樫君はそういうの慣れっこだと思ってたよ」

「僕はどっちかっていうと、モノよりハナシを聞き集めるほうが向いてるかなと自負しているよ」



                  *



 弁解しながら僕は、小学校の頃にクラスで肝試し会を催したときのことを思い出していた。記憶に残るのは、宵闇の墓地と浴衣姿のクラスメイトたち。確かあのときは、どうしてだったか会の最中に参加者全員混乱状態に陥ってしまい、結局中途半端なままに解散してしまったのだった。

 あの日以来、僕が自分から夜の廃墟やいわくつきの建物に立ち入ったことはない。それよりまず、集団での催しに誘ったり誘われたりということがなく、それは肝試し云々以前の問題でもあった。


「そう思ってるのは兄さんだけなのじゃないかな……」


 漠とした回想に耽る僕の傍らで、言鳥ことりが不満げな声を漏らした。


「うん? 言鳥、何か言ったかい?」

「……別に何でもないし」


 先のデパートの屋上でのやり取りを経て、多少なりとも妹の本音と向き合うことができたのではないかとも思ったが、それで簡単に彼女が素直になることも、どうやらないようである。



                  *







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