10.
僕と
空気は湿り気を含んでいる。
神社を包む森は静かに寂寥を保っていた。
「あの……、
「ん、なに?」
「暮樫君ってさ、妹さんとすごく仲が好いよね」
はじめのうちは地図に目を落としたり、周囲の樹木を眺めたりしていた須奧さんだったが、いくらか経った後に、ふと間をもたせるふうにして話題を投げかけてきた。
「ああうん。そうなのかな」
それは須奧さんからすると何げない世間話のひとつだったのかもしれないが、僕にとっては最重要の関心事だった。
「高校生であんなに仲が好い兄妹もなかなかいないんじゃないかなって思うよ」
「そう言ってもらえると僕も嬉しいね」
*
僕と妹との仲が好さそうにように見えているのなら、それは至上の限りである。
僕もまさか兄妹仲が悪いとまでは思ってはいないが……、妹の態度は概してどうにも素っ気なく、どの程度「仲が好い」と言えるのかが、今ひとつ実感が持てないのであった。あるいは、僕が一方的に愛情を向けているだけなのではないかという思いに囚われることもしばしばなのだが――、
「そんなことないよ!」
須奧さんの声が、寂莫を破って響いた。
「そうかな?」
「そうだよ! だってあんなに、いつもあんなに側で――……とにかく、暮樫君はもっと自信持ってもいいと思うよ」
「ははは。そう言われるとなんだか不思議な感じがあるね」
*
思えば、僕たち兄妹の関係を誰かに評価されるような機会は過去に数えるほどもなかった。この世界で僕には妹しかいなかったし、それはおそらく妹にとっても同じだった。
「妹さんはお兄さんから本当に大切に想われてるんだね……。ちょっと羨ましいかな……なんて、えへへ」
須奧さんは苦笑交じりに言った。
*
僕の妹は怪異が視える。
あらゆる超自然的存在と隣り合って生きている。
それゆえ、他者との軋轢や衝突は日常的に絶えなかった。また妹自身も多くを語ることを良しとしない性格であったため、対人的齟齬は広がるばかりだった。
何をしてもどこにいても怪異をかかわらせてしまう妹は、何者からも気味悪がられ、どの場からも疎外され、特に中学時代においてはいじめに近い仕打ちを被ることも一度や二度ではなかった。
*
「いじめって……それはえっと、ご両親とかは何も言わなかったの?」
「ああ――……うちの親、なんかいつからか〈封印〉されているらしくてさ。もう長いこと家にはいないんだ」
「ふっ!? えっ、え、封印!?」
「僕もその辺の事情は叔父さんから聞いただけでよく知らないんだけど……気がついたらいなくなってたって言うか……まあでも、それも経って随分になるし、あんまり気にしないでよ」
「へ、へえ……、そうなんだ……」
僕の釈明を聞いて、須奧さんは当惑気味に顔を伏せた。
何かまた、会話の運び方を誤ったような気がする。
*
「ええっと……。暮樫君は怪談とかに詳しいんだよね……?」
またしばらくして、あらためて須奧さんが話しかけてきた。友人や妹から鈍感の代名詞のように称される僕だが、さすがに気を遣われているのをひしひしと感じる。
「ああうん、まあ人より少しは」
「じゃあ、高校の校庭の桜の樹に名前を書くと恋人同士になれるっていうおまじないの話も知ってたり……?」
「そういう話もあるみたいだね」
校庭の桜の樹のうわさ。恋のおまじないの伝説。
以前、言鳥もその話をしていた。やはり女子人気のある話なのだろうか――僕は言鳥から聞くまで存在を気に留めていなかったので、なんとも言えないが。
*
「それじゃあ――『一番後ろのリリーさん』の話も?」
「リリーさん?」
「うん。〝教室の一番後ろの席には幽霊の女の子がいて、だからその席は空けとかなきゃいけない〟っていう話なんだけど……」
「ああ――。それならうん、知っているよ」
忘れもしない今週の月曜日――そう、須奧さんが相談に来たその日だった――、それは僕が
「そっか、知ってるんだ……」
そう呟く須奧さんは何か嬉しそうで、そのさまは今にも溢れ出しそうな笑みを堪えて押し止めているようにも見えた。
*
「……? それがどうかしたの?」
「えっ。ううん! ただ聞いてみただけ! それだけだから! 気にしないで!」
須奧さんはぶんぶんと手を振って強調する。
まあ、怪談に詳しいかどうかを尋ねられるのは僕にはままあることだった。
須奧さんは心霊スポット巡りで気分を高揚させるくらいには幽霊心霊関係の話に興味があるようでもあるし、変に勘繰るようなことでもないだろう。
…………違う。それでは問題解決に向けて何も進展しないままだ。
これではいけない。
*
「須奧さん」
「なあに、暮樫君?」
「そのリリーさんの話なんだけど、よければもう少し詳しく教えてくれない?」
「え、うん」
そもそも僕が怪異譚を蒐集したり、他人の怪異観を検討したりしていたのは何のためだったか。
答えは探すまでもない、妹のためだ。
そうだ。すべては妹のためなのだ。
誰のために何ができるかなど、迷う理由はないはずだった。
*
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