5.霊感少女

1.



 不躾ぶしつけな問いで申し訳ないが、幽霊を見たことはあるだろうか。

 僕はない。

 もしくは、亡くなった人間が夢枕に立ったことはあるだろうか。

 僕はない。

 いや、どうか少し待ってほしい。



                  *



 誰もいないはずの部屋で覚えのない人の声を聞いたことがあるだろうか。

 僕はない。

 何も見えない暗闇で何ものとも知れない何かに手を引かれたことはあるだろうか。

 僕はない。


 霊的な現象の一切に僕は行き逢ったことはない。

 怪異を体験したことがない。

 だが、僕の妹は違う。



                  *



 怪異とはある種の共同幻想なのだという。


 たとえば、怪しい音を聞いた。

 たとえば、あり得ないものを見た――。


 一個一個の事例は、その時点では個人のいち体験に過ぎないのかもしれない。

 しかしそれらがいくつも集まれば、ひとたびそこには共通の心意が起こる。

 共通の心意があると看做される。

 同じグループや共同体に属する者のあいだには、しばしばそういった理屈では説明つけ難い怪談や怪異体験談が発生しやすいともいう。



                  *



 同じ人間関係、同じ組織、同じ生活、同じ記憶――限定された条件下で形づくられる似通った感情や価値観、あるいは想像力が、ときに超常的な不可思議を現出せしめるのだ。


 共同幻覚。共同幻聴。それらはあくまで時間や場所を同じくする者同士の心意の重なり合いの結果なのであり、無数の同一した体験の、そのほんの一部分でしかないとも考えられるわけである。



                  *



 人間は社会を成す生き物だ。

 人は一人では生きられない。

 同じものを見て、同じものを聞いて――、

 そうして寄り集まって、役割を分担し、互いに支え合って生きる。

 特に学校という場にいると際立って実感することだ。

 閉鎖的なコミュニティにおいて、集団性はより色濃く作用しよう。



                  *



 しかし僕は思う。

 ともに生きるとはどういうことなのだろうかと。

 記憶や体験を共有しなければ、同じ道を歩むことはできないのだろうか。

 ものの見方や思い出が違えば、互いを想い合うことは難しいのだろうか。



                  *



 僕の妹は怪異が見える。

 あらゆる怪異、妖怪、霊的な存在の類を見て、聞いて、感じ取ることができる。

 少なくとも、本人はそのように主張している。



                  *



 僕と妹とは見ている世界が違う。

 日常的に見ているものも、聞こえている音も、幼い頃の思い出さえも、同じようには共有していない。

 怪異が僕らの関係をつなぐなら、また怪異が僕らを分け隔てている。


 それはきっと交わることのない――――



                  *



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