7:28「服とは人の原罪」
人類がなぜ服を着るようになったのか?
文献で読んだことがあるが、実際のところ定かではない。ただ旧約聖書によれば、アダムとイヴが神の言いつけを破り、善悪を識る果実を食べたことに由来する。それによって、人は羞恥を覚え、神によって楽園を追放された。
つまり、服とは人が初めて知った善悪の形であり、一種の原罪とも呼べるかもしれない。
「さぁキミの名を聞かせてくれ! キミが許すなら、包み隠さぬ付き合い……裸の付き合いがしたい!」
なら、目の前にいる男はなんだろう。なんなんだろう。
産まれたままの血色のいい肌色、流線型を崩さずに引き締まった彫刻のような肉体、成人はしているだろうかというくらいの背格好、さわやかな笑顔でその手を差し伸べてくる。マッパーマンと名乗った男は微塵も隠そうとしない。
……カツン……
瞬間、心臓が飛び跳ねた。それは小さくて遠い物音。普段なら気にならない程度の音。でも、今はどうしようもなく嫌な寒気が心臓を貫いた。
直感的に足音だと思った。まだ目前の事態をうまく呑みこめていないのに、時間は歩みを止めてくれない。
……カツンカツン……
自然と耳が澄んでいく。足音が、階段を上ってくる。ここの階段は2-Cか2-D教室、または3-Cか3-D教室のどちらかに向かう用途にほとんどが使われている。
どうか向かう先が二学年の教室であってほしい。
そう願わずにはいられない。
しかし。
「ふむ。だれかが登校してきたか……ちょっと見てこよう」
マッパーマンは階段のほうへ体を向けた。
待て、待て待て待て待て?
私はマッパーマンを引き留める。引き留めざるをえない。
「なに、ただちょっと挨拶するだけだ。登校してきた生徒、そしてこの学校に!」
バカヤロウ! 今、騒ぎになってみろ! お前と一緒に、私も見つかってしまう。万が一その場はなんとかなったとしても、学内に露出狂がいるなんて噂にでもなったら私は絶体絶命だ。
「止めないでくれ………俺は! 見られたいのだ!」
お前の性癖なんて知らない! 見せたいなら鏡の前にでも行け! 私を、学校を巻きこむな!
……カツンカツン、カツ……
まずい。
まずいまずいまずい。
……カツ、カツ、カツン……
二階まで上りおえた足音が近付いてきて、止まってくれない。足音は、さらに上ってくる。時間は待ってくれない。死神のカウントダウンはすぐそこまで近付いている。今動かなくては、終わる。
……カツン、カツン……
もう考えている余裕はない。
こっちだ!
彼の手を引いて、階段のほうへ向かった。
……カツン、カツン、カツン……
マッパーマンを押さえつけ、息を殺す。
……カツン、カツ、カツ、カツ……ガラララ……
上りきった足音は教室に入っていった。
安堵のため息が口から零れる。
咄嗟の判断だったが、どうやら階段を上がって正解だった。この学校は三階までしかない建物だが、もうひとつだけ上に繋がる階段がある。そう、私たちは屋上の踊り場に逃げたのだった。
「……なぜ隠れるのだ? せっかく我が肉体美を見せびらかすチャンスだったのに」
マッパーマンは、本当に意味が分からないといった感じで首を傾げてくる。
ああ、いちはやく警察に突き出したい。けど、できれば関わりたくない。でも、知ってしまった以上は…………ああ、もう! こういうとき、自分の融通の利かなさに嫌気が差す。
分かっているのは、私が裸の状態という今、この見せたがり全裸男がだれかに見つかったらまずいということだった。
私は頭を抱えるしかなかった。
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