7:24「最初の一歩」
『不審者・変質者に注意!』
ふと目に止まったのは、教室の掲示板にある張り紙だった。
そういえば、と思い返す。
先日、学校付近で露出狂が出たとかで学内でも注意喚起があったのだ。そのときは『神聖な学び舎になんて傍迷惑な!』 と、正義感に拳が震えた。だが、傍から見れば今の私の姿はまさにそれとそのものだった。これではまともに説教のひとつもできない。
いや、そもそも今の私の状況を鑑みれば、その目撃された『変質者』も自分と同じ状況だったのかもしれない。正体不明の何者かに身ぐるみを剥がされてどこかに放置された……つまり、加害者ではなくむしろ被害者だった可能性。
だれがなんの目的でこんなことをしたのか分からないが、許せない。許せるはずがない。どうしてもそいつの正体を突きとめて、捕まえて、ぶん殴ってやらなければ気が済まない。
だって、教室に裸体である。
まわりに衣類や肌を隠せそうなものもなかった。
昨日までこんなのことになるなんて想像もしてなかった。今でも信じられないのだから、当たり前といえば当たり前だが。……夢だったならどんなに良かったことか。
目の前には教室のドア。
さっきからずっと膝が笑っている。自然と物音に耳が敏感になってしまう。
教室を出たあとのことを想像する。いや、想像してしまう。
角部屋である3-D教室のとなりには階段をはさんで3-C、そして3-B、3-A、空き教室と続いて、突きあたりにまた階段がある。学年だけ違うだけで東棟はすべてのフロアが同じ構造だ。ただ、一階と二階には突きあたり部分に西棟へ行ける渡り廊下があり、三階にだけそれがない。
つまり、校舎内から西棟に行くには三階では不可能ということだ。しかし、一階へ下がるほど人通りが多くなるのは目に見えている。
本当に、保健室まで辿りつけるだろうか?
一歩踏み出そうとすると、どうしても脳裏によぎる光景、だれかと遭遇する場面。
どう逃げる? 本当に逃げきれる?
それとも言葉を尽くす? なんて言う? どう言い訳する?
そんな疑問ばかりが頭のなかでぐるぐると、ぐるぐると巡り巡る。
震える膝を平手で叩く。
犯人を許さないと、捕まえてぶん殴ってやると今言ったばかりなのに、弱気でどうする。歯を食いしばり自分のなかの勇気を振るいたたせる。
どうか、どうかお願いします。見つからないないで。
自分が消えてなくならないように祈りを拳に、ドアを開いた。
「あ」
目が、合った。目の前に、人がいた。
気配も足音もなかったのに、そこに男性が立っていた。
裸の、男性が。
面を食らうのも束の間。私たちは互いに指を差しあう。
「も、もしかして……」
「も、もしかして……」
互いの声がハモる。
「あなたは私と同じ……」
「あなたは俺と同じ……」
同じ言葉、同じ表現、同じ表情。
まさに私たちは……。
「……境遇の人!」
「……性癖の人!」
……ん?
目が瞬く私に、彼はなんとも爽やかな笑顔で手を差し伸べてくる。
「初めて会えた………俺と、同じ露出狂に! 本名はさすがに言えないが俺のことは気軽に『マッパーマン』とでも読んでくれ! さぁ君の名を聞かせてくれ!」
……あ、ごめんなさい。人違いでした。まさか
神聖な学び舎で裸の男女が二人、最低な出会いを果たした。
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