廃棄
「なあ、ドク、本当にこの世に必要だと思われてる人間がどれだけいると思う?」
「それは、難しい話だね。どう言っても君の望むような答えしか私には出せない」
今日の面会者は饒舌だ。こちらからの挨拶も無し。
自論を投げかけて、ただ私を敗者にする。
逆に言えば、楽な囚人だ。
私は彼を認めていればいいだけの話なのだ。
彼は常に強者でありたい。
そう思い込むことが重要なのだ。
私のプライドなどこういう場所ではあまり役に立つことは無い。
「囚人の精神状態を安定させること」
それがカウンセラーである私の仕事の一つでもある以上、
しかたのない話だ。
「別にオレのやった事なんてのは、ここに来るような事じゃねえはずなんだよ。
慈善事業みたいなもんだ」
そう、彼は生活困窮者、重度のアルカホリック、痴呆老人、薬物中毒者、エトセトラ。
出来うることなら社会保護制度がもっと機能していれば治療可能だった人々達。
親族が受け入れて社会復帰させるべき人達。
彼はそういった人たちを格安で受け入れ、驚くような程貧相な「施設」とも呼べない建物で「飼育」していた。
「なあ、アンタも思うだろ、ここにいる連中とオレが殺した連中の違いなんて何一つないてことをさ」
「君のやったことは法に反している。彼らは法を犯したわけではない」
「ハ、ソレはあんたらの”決め事”なだけだろ。感謝してた奴だって多いんだぜ。
コレでうちの家計が回るようになりました。ってな」
彼のやったことは、最初は身寄りのない老人達からの年金の搾取であり、ただの寸借詐欺のようなものだった。
それが、改築した古いホテルへ、どこにも置いておけない人々を安価であずかり始めた。
安価と言えども、国営の老人ホームに入れられるレベルなのだが、もはやこの社会ではそういった施設は飽和状態だった。
そして、どこからか聞きつけた人々が彼の「施設」へと自分の家族を廃棄し始めたのだ。
そう、それは正しく廃棄だった。
「な、そりゃ毎日の様に爺さん婆さんは訳も分からず、うろつくから、ベッドに固定するしかねえ。アル中がその辺にクソをまき散らすから動けなくする。ソレの何が悪いんだ? 躾けのなってない奴にはお仕置きが必要だろ。
そりゃ、文句言って来る奴らもいたよ。こんな場所にってな。だから、オレはいつも言ってやるんだよ。
「じゃあ、お返しいたしましょうか?」って!」
彼は爆笑する。
その施設の裏から出てきた死体は20~30体。いまだ未知数が多い。
彼の「施設」へ入居させた事を家族が認めないのだ。
あの火災さえなければ、彼はここには来なかっただろう。
全焼した施設から出てきた遺体は50人を優に超えていた。
その全員と施設に保険がかかっていなければ、警察も消防も動かなかったのだ。
そして、彼自身も矯正所に来るほどの罪では無かったのかもしれない。
「なあ、アンタ本当にココと、オレの施設の違いがあると思うかい?
オレ、知ってるんだぜ。ここで使う薬液もさ。アレ、結構便利だよな。注射一本でこう…」
彼は呼吸のまねごとを始める。
小刻みに呼吸をし、一息大きく吸い込んで止める。
その顔は事実私も見慣れた反応だ。
「コレでもうおしまい。あとはまあ、身の回りの物を片付けて、新しい住人を入れられる」
「個人的に認めたくはないが、共通点はある……」
「ほらな、そういう事なんだって!! オレは別にしたくてやったわけじゃなくって、ただちょっとした金儲けと、慈善事業を行っただけなんだよ」
「それはこの社会では認められていないし、まず人道的に……」
「人道的? 家族を捨てる連中の方がよっぽど人の道から外れてるっつーの!
オレは受け入れ先をやってただけなんだよ」
「そこで行っていた事は私からは何も言えないな」
「いやいや、ドク、この話はそうじゃねえんだ。オレはここに居るべき人間じゃない。そういう書類を書いてほしいんだよ」
「残念だが、私にその権限はないんだ。君も上申書を書き給え」
「上申書だって?!。あんなくだらねえ紙切れ何枚書いても……」
「誰か、他の囚人たちに教えてもらうんだね」
「そうだよ。オレがやる必要はねえんだ。うん、そうだな。アイツらに書かせりゃいいんだ。サンキュードク!! そうだな。今度はもっと上手くやるよ。もっとでかい建物でさ!」
彼はスキップするような足取りで扉をくぐって行った。
彼は自分の頭の中だけに居る仲間たちになにかを書かせるのだろう。
実際には建物の中で働いていたのは、彼だけだった。
彼は一人で、24時間何十人もの廃棄された人々の世話をしていたのだ。
どこにも行き場のない、家族からも社会からも廃棄された行くあてのない人々の。
火災についても彼が火をつけたのか、建物の老朽化だったのか不明だが、
彼の放火によるものと判断された。
計画的殺人21人、放火による殺害52人。終身刑だ。
しかし、建物の一部にしか暖房が無かったことも判明している。
私も扉をくぐり外へと出ていく。
実の所、私は本当にうんざりしていた。
自分と彼のしていることの何が違うのか……。
この収容所と彼の「施設」
ここに居る囚人たちと家族と社会から廃棄された人々。
私と彼。
タバコに火をつけ、ベンチに座り込む。
吐き出す煙はため息とともに上にあがっていく。
吸い終えた吸い殻を、バケツに放り込むのを一瞬躊躇する。
「バカバカしい……」
私はバケツに浮かぶ吸い殻たちを眺めて、自分の吸い殻を放り込んだ。
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