準備

私は処刑に立ち会う事もある。

この為、囚人達からは

「あのネズミ野郎はオレたちを処刑するために話を聞き出している」

と思いこまれている事も承知している。

この事が私のカウンセリングを難しくしていることは言うまでも無い。

確かに彼らの考えはある意味で正しく、ある意味で間違っている。


私の守秘義務はこの施設のルールの上位に位置している。

例え、囚人たちが脱獄計画を私に話したとしても、それをこの施設の管理者へ

伝える事は出来ない。

私が囚人達のカルテを管理者に提示した事で彼らの守秘義務を破ったこと、

さらに人権侵害で私を訴える事が出来る。

無論、私は敗訴するだろう。


そして、私がそれとなく看守たちに囚人たちのそういう動きがあることを伝えるかと言うとそれは私のポリシーに反する。


彼らがここに居る事。

もはや彼らが短期的に、長期的に死ぬ事は決まっているからだ。

この矯正所から出る方法は3つある。

2つは死に関している。

処刑されるか、無期懲役期間中に死亡するか。

生きて出ることは判決の破棄、または減刑だ。

残念ながらこの可能性は限りなく低い。

しかし、0では無い。

故に囚人たちはありとあらゆる法的書籍を読み、理解し、自分が生きてここから

出る方法を模索する。

施設に関する人権侵害、看守から受ける人権侵害、死刑に対する人道的な問題点等々。

これらを彼らは関係機関へと送り続ける。


少なくとも、看守たちは1年に200件以上の起訴をされているが、いっこうに気にしない。

「壁に穴をあけるよりも建設的ですよね」

以前、食事した時に話をした看守の言葉だ。

もちろん私も例外ではない。


話を戻そう。

私はこの施設の処刑装置の保守管理官

E・Dと待ち合わせをしていた。

きっかり13時。お互いに昼食は済ませている。

食事前にしたいことではない。

特に明日の処刑の準備などというものは。


「ドク、お待たせしました」

「私も今来たところだ。今日と明日はよろしく頼むよ」

「こちらこそ、じゃあ、早速施設へ行きましょう」


「A-23」

他に意味することのないルームナンバー。

それが、この矯正所の処刑施設室。


この矯正所での処刑は致死薬注射で行われる。

囚人は大きめのベッドに寝かされる。

普段使用しているベッドよりも若干大きく、頑丈にできている。

そのベッドに寝かされると、胸、腰、膝、足首に

4本の太いナイロンベルトがまかれて、完全に固定される。

囚人はその後シーツに覆われて、顔以外は見えなくなる。

E・Dがベルトの留め金を確認し終えた。

「じゃあ、私の機械に行きましょう」

「ああ」

そう、この処刑装置の保守管理だけでなく彼はあと3か所の施設の

保守管理を受け持っている。

まさに「彼の機械」だ


E・Dが致死薬注射機の点検を始める。

6本のパイプと先につながる注射針をトレイに入れると、食塩水に付ける。

「前回のパイプと素材を変えたんです。以前の物は強度に不安がありましたからね。

それに空気が入りやすいことが分かったんです」

E・Dは念を入れるように言った。

「空気が入ると、死刑が始まる前に死にますから」


この6本の内3本の薬液が囚人に流れ込むと

15分もたたずに彼の生命活動は止まる。

3種類の薬液を正確に説明する事は私の守秘義務に反する。


「どの管を通って薬液が流れるかは私にも分からないですよ。

スイッチを押すのが、誰かわからないようにする人道的な配慮です」

どこかE・Dの口調は誇らしげである。

「スイッチはいつもの場所に?」

「ええ、責任者達のボックスとつながっています。今、助手に連絡をしますね」

E・Dは古いセルラーフォンのボタンを押していく。

「ああ、オレだ。スイッチを押してくれ」

「1,2,3,4,5,6、全部導通確認した」


E・Dは3か所鍵の付いた冷蔵庫のカギを手際よく開けていく。

中にはパッケージされた薬液が並んでいた。

スーパーの牛乳パックのごとく、消費期限が近いものから順に並んでいる。


「明日の薬液は全て揃っています」

「私がサインをし、君が注入する」

「ええ、私の機械の用意は万全です」

生理用食塩水を再度機械にかけながら、E・Dは満足げにうなずく。


「明日の7時半、処刑が開始されます。くれぐれも遅れないでくださいね。ドク」

「今夜、私は宿直だ。看守に起こしてもらうよ」

「ああ、それは安全だ」

「安全、そう、確かに安全だね」

「ええ、全てベストの状態で準備が整っています。偶然の入る余地は限りなく排除しています」

「他の施設でもこうやっているのかい?」

E・Dは首を振った。悲痛な表情だった。

「他の施設ではここまで完璧には出来ません……。

いつの間にかに汚れや、部品が無くなってる。

この間は薬液自体が盗まれていました……」

「それは……問題だろう」

「死刑反対論者だけではないんです。職員の怠惰なんですよ。

ここほど他の施設は予算が出てませんから……。

ある所では、囚人が手伝いに来てましたよ!!」

E・Dは憤慨していた。はっきりとした内なる怒り。

愚痴などではない。

できれば私からも何らかの手助けを求めている表情だった。

「所長に言うべきだろうね。それとも告発をするか」

「電気椅子に戻るだけですよ……あんな、非人道的な……」

私は彼がどれほどの真摯さで囚人たちの命を絶って来たのか、その人数も

考えて身震いした。

彼はこの施設の囚人と比べても、上から数えた方が早い数の人間を殺している。

そして、これからもだ。


「明日も早いですからドクも休んでおいてください。仮眠室でも休息は必要です」

まるで、私も彼の機械の一部になったような気になる。

あるべき形に整理整頓された、清潔、無個性、無痛、無常。

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