砂時計

「面会室には何も入れられません、時計、筆記用具、テープレコーダー、

セルラーフォン、電子機器、それらすべてここに置いて行ってください」


看守とのいつものやり取り、一言一句変わる事はない。

ただただ彼らも仕事なのだ。

それを伝える事。

なにも持たずにあそこに入る事が私の命を守ることでもある。

私はこの矯正所のカウンセラーだ。


何処かの誰か達が決めた、

「囚人にも人権を」

それを順守するために私はここに配属された。


この矯正所は死刑囚と無期懲役犯しかいない。

ある種ホスピスとも言えるだろう。

ここから出ることは死を意味するからだ。

ただ、彼らが望んでここに来たわけではない事、

私たちの税金で運営されているという事は

大きな違いだが。


私は無表情に自分の持ち物を全てトレイに入れていく。

目の前の彼も無表情だ。

お互いに自分がここになぜいるのかを疑問に思いつつ、

「仕事」

と言う意味では「彼ら」と何が違うのだろうか?

という事を考えないようにしているのだと私が気づいたのは、

ここに配属されて2か月ほどだった。


ある時、私が時計を外すのを忘れて面会室に入った時、

目ざとく受刑者が言ったものだ

「ドク、それティファニーのダブルネームだろ。

懐かしいなあ。オレも昔は使ってたんだよ。とうに無くしちまったけどな」

私は驚きを隠せなかった。

コレは私が祖父から譲り受けたもので、ティファニーの文字は文字盤には

入っていない非常にシンプルなタイプなのだ。

一見してブランド物とも思えないが、新車が買える金額であることは確かだ。

それを何故知っているかと言えば、彼が実際に所有していたとしか思えない。

「なあ、それをくれれば、明日あんたの口座にまあ、そこそこの金額が入るんだが、どうだい?」

「そういう事が出来ないのは貴方が一番よく分かっているでしょう」

「そうだな。ドクがもう少し融通の利くタマだったら、今ここには居ないだろうな……」

私は目の前にいる人間が委託殺人で無期懲役を受けている事をかみしめていた。

彼らの眼は人を見る目ではない。

獲物かそうでないか。

そして彼がここにいる理由は少しだけ他の囚人とは違う。

「オレはここに居るのが一番安全なのさ」

そう呟いた時、彼の組織と敵対組織の抗争がニュースを賑わしていたのだった。

最終的にはどうなったのかは知りたくもないが、彼は不意に時計の話をする。

彼の組織が今も健在だと言わんばかりに。


話をもどそう。

私はいつもの様に無機質な面会室に入る。

間仕切りは無し。

机の上には呼び出しボタンが一つだけ。

コレを押せば、1分以内に看守が駆けつけてくれる。

無論、私がその60秒間を生き延びていればの話だが。


今日の囚人が反対側の扉から入ってくる。

一日1名、時間は30分。

その30分をいかに使うのかは囚人と私次第だ。

一言も話さず、ただ虚空を見つめる事もあれば、

30分間のスピーチを聞かされることもある。

「弁護士によるとオレの命はあと16か月から18か月なんだとよ……」


ただ、大概は無意味な会話が続く。

「やあ、C・Jお久しぶり、一月ぶりだね」

「ええ、生きていられました」

彼らの中でもある意味私を砂時計代わりにしているのだ。

私に合うと砂時計をひっくり返す。

そして、いつか彼との面談は無くなる。


「ドクはどんな犬を欲しいですか?」

「犬か。私は動物は飼えないんだ」

「どうして?」

「子供の頃に猫を飼っていたんだが、父親が車ではねたのさ」

「それは……かわいそうに……。ああ、ごめんなさい」

「いいんだ。昔の話さ」

「でも、飼えないんでしょう?」

「ああ、飼う気は……起きないな。ペットショップで子猫が寝ていてもね」

「たまにここにも猫が来ますよ」

「それは知らなかった」

「何人かでエサもやったり、看守も流石に猫は見知らぬふりですね」

「ああ、ひょっとしたら、私なんかよりもその子の方が君たちの為になりそうだね」

「ええ、そうでしょうね」

私は吹き出した。

「失礼、いや、そうだろう。多分そうなんだよ」

「すいません。ドク。この事は……」

「言わないよ。私は守秘義務がある。それはここの施設のルールの上位に有る」

彼は心底ほっとした様だ。自分の執行時期が早まる事か、ここの施設の秘密を喋った事かは分からないが。まるで気弱な青年に見える。

彼が扉の鍵が開いているというだけで、入り込んで殺害した女性は起訴されているだけで25人。正確な数字は未だ不明だ。

一人はFBIの女性捜査官でその頭部はラッピングされて建物裏で見つかった。

彼はそれまでただ運よく捕まらなかったのだ。


しかし、実際猫の方が私のようなカウンセラーよりもはるかに

囚人たちの癒しとなるのではないだろうか。

私よりも古株のあの宣教師よりも。


時間が来る。扉が開く。

私と彼は、別々の扉をくぐる。

彼は中へ、私は外へ。


本当に? 本当だ。そうでないと思わないと私は生きて行けそうにない。

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