拝啓、神様。 ゴブリンが倒せません。

卯堂 成隆

とある異世界転移者と運命神様の書簡

 拝啓、神様。

 ゴブリンが倒せません。

 異世界にトリップしたはいいけど、チート要素が一つもないっておかしくないですか?

 あと、怪我か病気で死に掛かっている有能で可愛い奴隷の女の子がほしいので、治癒魔法スキルもおねがいします。


***side 神様***


 そんな手紙が届いたのは、今日の朝のことでした。

 え? ワタシ? 神様ですよ。

 この世界の運命の神様。

 貴方の世界の神様じゃないですけどね。


 なぜ神様のところに手紙が届くのかって?

 そういう宗教なんですよ。

 願いがあったら、神様に願い事を書いた手紙を送るのが、私の世界の特徴なんです。

 もちろん、お願いじゃなくてもいいんですよ?

 感謝の気持ちを綴ったファンレターとか大好物です!

 そんなのもらったら、一日中ニコニコしていられますね!


 さて、彼のお願いはチートスキルと言うことですか。

 残念ながらそれは出来ない相談ですね。

 だって、個人にそんな強い力を与えたら不平等じゃないですか。

 そんな理不尽な願いを叶えて、可愛い私の世界の人間達が虐められるのを見るのは嫌です。

 えこひいき? そもそも、彼は私の管轄じゃないし他所の人だしね。

 そりゃ自分の世界の人間を贔屓もしますよ。


 じゃあ、困った人は助けなくてもいいのかですって?

 助けますよ。

 全員は無理だけど。


 たまにはそういう状況を解決するために強い力を人に与えることもあります。

 ただし……それは彼にじゃないです。

 そんな力を与えるのなら、あまり信心の無い異世界の迷い人よりも、普段から自分を敬ってくれる優しい信者に上げるに決まっているじゃないですか。

 彼が善行を積んでも、私の評価にはなりませんし、よく知らない相手に強い力を与えるほど無責任でもないんです。


 あと、神様だって褒められたいんです。 私の手柄を横から持ってゆかないでください。


 それに、怪我か病気で死に掛かっている有能で可愛い奴隷の女の子がいたら、私の神官が救うように仕向けますよ。

 その子が私の信者になってくれたら嬉しいですしね。

 誰も貴方にそんな似非英雄じみた事は求めてませんし、そんな下心満載なお願いはダメですよ?


 さて、とりあえずお願いを無視するというのも私の評価に響くので、とりあえずゴブリンを倒せるぐらいの力は差し上げることにしましょう。

 そーれっと。


***from 神様***


 拝啓、異世界人殿。

 貴方がゴブリンを倒せるように、とても有能な師匠とめぐり合う運命を用意してあげました。

 ちょっと厳しい人なので、たぶん文字通り血反吐を吐くような修行になると思います。

 強く生きてください。

 なお、苦情は受け付けません。


****三日後****


 拝啓、へっぽこ神様。

 バツキャロー! なんだよあの鬼師匠は!?

 死ぬ! マジで死ぬ! あと、むさい。

 我慢できないので逃げてきた。

 今度はもっと優しくて、美人で、胸が大きくて、時々デレて可愛い女性の師匠が欲しいです。

 お願いします!


***side 神様***


 あぁ、誰からの文句かと思ったら彼ですか。

 苦情は受け付けないってあらかじめ言っておいたでしょうに。


 そもそも、運命を司る私にそういうお願いをするなら、そういう展開になることぐらい予想してください。


 さて、彼も少しは成長したのでしょうか?

 ふむ、残念ですがまだゴブリンと戦うには力が足りていませんね。


 仕方がありません。

 彼のために、条件に合う人がいないか探してみましょう……


 ん? おお、おお、奇跡的に条件に一致する人材がいましたよ!

 では、彼女とめぐり合う運命を彼に授けるとしますか。


 そーれっと。


 これで彼も救われて、私をちゃんと信仰するようになればよいのですがね。


***from 神様***


 拝啓、わがままな異世界人殿。

 貴方の要望どおりの女性と巡り合うよう、運命を修正しました。

 しっかりと愛を育んでください。


 返品は不可です。


****翌日****


 拝啓、マジダメゲロゲロ丸神様。

 ちょっとまて! 願いは叶ったが、こりゃどういうことだ!


 優しくて、美人で、胸が大きくて、時々デレて可愛い女性の師匠なのかもしれないが、『オーク基準で』という一文が追加されているぞ!

 しかも奴は俺の子種を狙って……あっ、いやっ! ダメ!

 初めては愛し合っている相手とがいいの!

 あぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁ!!


 ……汚されちゃいました。

 慰謝料を要求します。


 もうチートスキルはいいです。

 師匠なんていりません。


 かわりに、チートアイテムを所望します。

 呪われたアイテムとかは絶対にダメだからな!


***side 神様***


 おや、あれでもお気にめしませんでしたか。

 うまく運命を調整できたと思ったんですがねぇ。


 そもそも私に人間基準の美的感覚とか理解できると思っているのが間違いなのです!

 私はちーっとも悪くないですよ?


 おっと、今度は感謝の手紙がきましたよ。

 嬉しいですねぇ。


 なになに、奴隷にされた上に病気になってもうだめかと思いました。

 神様の遣わして下さった神官様によって、私は命を永らえました。

 さらにその神官様に奴隷から解放していただき、今はとても幸せです。

 助けていただいてありがとうございました。


 あぁ、すばらしい。

 この素直な感謝、神様冥利につきますね!


 さて、このようなすばらしい体験が出来たのも、あの異世界人のアイディアがあったからでしょう。

 少々度を越えたお願いではありますが、彼に良い道具を与えるとしましょうか。


 そーれっと。


 これで今度こそ彼も満足してくれたらよいのですがね。


***from 神様***


 拝啓、救いようの無いダメ異世界人殿。

 お願いの件、確かに承りました。

 貴方にこの世に二つと無い、勇者のために作られた聖剣を与えましょう。

 ただし、ちゃんと正しいことのために力を使うのですよ?


****一週間後****


 拝啓、神様。

 例のチートアイテム、確かに届いた。

 朝起きたら枕元にあったよ。


 けど、そっこうで領主に巻き上げられちまっただろうが!


 おまけに、聖都にて厳重に保管されていた剣がなぜここにあるのかって話になって、今、俺は牢屋の中にいるよ!

 え? どうやって盗んだのか白状しなければ拷問にかけるって……はわわわわわ!

 たっ、助けて! 今すぐ助けてっ!!


 こんなアイテムいらない!!


***side 神様***


 おやおや、難儀なことになってますねぇ。

 ちゃんと願ったとおりの幸運を授けてあげたというのに。


 まぁ、聖剣が要らないというのなら、ちゃんとそれにふさわしい相手の手に渡るよう運命を調整しましょう。

 おや、これは……ふふふ、なかなか面白いですね。

 聖剣が聖都から離れたのも、世界の大いなる流れの中では必然だったのかもしれません。

 これは目を離せませんよ?


 私に大切なことを気付かせてくれたお礼です。

 ついでにではありますが、彼が助かるようにもしてあげましょうかね。


 そーれっと。

 願わくば、これが最後のお願いになればよいのですが。


 最近、私が彼に肩入れし過ぎだって神様の中でもうわさになっているんですよね。

 実際、なぜか彼の願いが私に届きやすくなっていますし。

 あ、このままでは彼が私の使徒になってしまうかも?


 私は嫌ですよ、あんな我侭な使徒。

 ほんと、どうしましょう?


***from 神様***

 

 拝啓、異世界人殿。

 もうすぐ貴方の元に勇者が訪れます。

 辛いことがあるかもしれませんが、もう少し辛抱しなさい。

 必ず助けはやってきます。


****三日後****


 拝啓、神様。

 俺、がんばって耐えたよ。

 心が折れそうになったけど、ちゃんと勇者が助けにきてくれた。


 ありがとう。


 なんでも、俺を捕らえた領主は裏で色々とヤバい事をしていたらしい。

 俺もこのまま罪人としての烙印を押した挙句に、違法な手続きで奴隷商人として売り飛ばされるところだったのだとか。

 ……考えるだけで寒気がするよ。


 で、勇者が悪徳領主を退治したどさくさで逃げることにも成功したよ。

 お礼にあの聖剣は勇者に上げることにしたけど、怒らないでくれよな。


 けど、あんなちっさい女の子が勇者って、酷くないか?

 しかも、少し前まで奴隷で、おまけに病気で死に掛かっていたって。

 ギリギリのタイミングで神官に助けともらったって笑っていたけど、それで終わらせていい話じゃないだろ!

 こんなの、こんな事が平気でまかり通る世の中、絶対に間違ってる。

 ただの綺麗事かもしれないけど、汚い現実に頭までドップリつかっている奴よりは遥かにマシだ。


 神様、彼女を幸せにして欲しい。

 俺の事はどうでもいいから彼女を幸せにしてくれ!


***side 神様***


 ふむ、彼、少し変りましたね。

 神様的には非常に好ましい話です。


 ですが、彼女を幸せにするのはとても難しい話ですね。

 彼女には大きな運命が待っているのですよ。

 魔王を倒すという運命がね。


 貴方はその運命に関わるべきではない。

 異世界人である貴方には関係の無い話ですから。


 貴方の願いは、確かに聞き届けました。

 彼女については私も出来る限りの祝福は行いますが、貴方は別の運命を歩むべきだ。


 なぜなら、貴方は勇者ではない。

 ただの、平凡な少年なのだから。


 さぁ、祝福をあげましょう。

 たぶん、これが最後です。


***from 神様***

 

 拝啓、愛すべき平凡な異世界人殿。


 貴方のために元の世界へと戻る運命を手繰り寄せました。

 これを逃せば、二度と帰れなくなるかもしれません。

 

 この世界の災いに、貴方が巻き込まれる必要はありません。

 帰りなさい。

 そして、自らの在るべき運命に従うのです。


 貴方は勇者でも英雄でもない。

 ただの平凡な男です。


 けど、それでよいのです。

 平穏と何気ない日常がいかに尊いものかは理解したでしょう?


 貴方が、貴方の世界で、自らに相応しい夢と幸せを持つことが出来るよう祈っております。


****一ヶ月後****


 拝啓、神様。

 ごめん。 俺、帰らなかった。


 ううん、帰れなかった。

 確かに俺はゴブリンも倒せないほど非力だけど、知識だけはたくさん持ってる。

 ずっと異世界に行きたくて、いろいろと妄想しながら溜め込んだ知識があるんだ。


 勇者と知り合ってから、初めてその知識を使う機会に恵まれたよ。

 すごく感動した。

 自分の力が、他の誰かのためになるって、すごく嬉しい。


 あと、俺、勇者のことが好きみたい。

 だから、帰れない。

 傍にいることすらできなくても、彼女のために何かをしたいんだ。

 本当はこの世界にあってはならない知識なのかもしれないけど、俺はその知識を使って勇者を助ける。


 ごめん。 本当にごめん。

 こんな馬鹿なことばっかりしている俺だけど、本当に感謝している。


****二年後****


 拝啓、神様。

 俺の声はまだ届いているだろうか。

 この二年、貴方の声が聞こえないところを見ると、たぶん見捨てられたんだろうなとは思っている。

 それだけの馬鹿をやった自覚もあるしな。

 許して欲しいともいえないし、許されるとも思っていない。


 ただ、どうしても聞いて欲しいことがあるんだ。


 俺たちは、ようやく魔王を見つけて追い詰めることに成功した。

 もうすぐこの戦いも終わる……けど、そうしたら、あいつはどうなるのだろう?


 魔王がいなくなったら、その後は?

 今まであいつを勇者として祭り上げてきた王や貴族達が掌を返したりしないだろうか?

 あいつを利用しようと囲いこんで、どこかに閉じ込めてしまったりはしないだろうか?

 すごく心配だ……


 だって、魔王と戦う力はもっていても、17歳の女の子だぞ?

 人の心と戦う力なんてあるはずないだろ。


 もし、俺の声が届いているなら、俺はどうなっても構わない。

 あいつを助けて欲しい。


 どうか、貴方の慈悲と導きを……


****一年後****


 拝啓、神様。

 予想通り、権力者達の囲い込みが始まった。

 あいつはとても苦しんでいる。


 そして先日、助けて欲しいと泣きながら俺にすがり付いてきた。

 けど、俺に何が出来るだろうか?


 いや、やらなくちゃいけないんだ。

 この世界に残ったとき、俺は何があっても勇者を助けるって決めたんだ。


 最近聞いた話では、この国のある大陸のほかに、もう一つの大陸があると言う。

 大陸西部の海岸に、この大陸のものでは無い漂着物があったというのが、その論拠だ。


 俺は勇者を連れてその大陸に行こうと思う。

 まだ眉唾モノの話だが、この国の連中から逃げるにはそれしかないだろう。


 もしも貴方に慈悲があるなら、どうか俺たちに導きを。


 P.S

 俺たち、結婚しました。


****三ヵ月後****


 拝啓、神様。

 ありがとう。

 俺たちは賭けに勝ったよ。


 三日前に陸地が見えたときは、涙が止まらなかった。

 さっそく上陸して土地を切り開き、今新居を作っているところ。


 ついでに、俺たちの新居予定地を荒らしに来たゴブリンを、初めて一人で退治した!

 いまさらだけど、これで俺の願いは全て叶ったことになるね。

 本当に感謝してる。


 何も無いけど、自然だけは豊かな場所だ。

 俺たちはこの土地で暮らしてゆくよ。


 そして、いつか貴方を祭る神殿を立てるよ。

 俺たちの子孫が、いつまでも貴方への感謝を忘れないように。


***from 神様***

 

 拝啓、平凡ではなくなってしまった異世界人殿。

 ゴブリン退治おめでとうございます。

 ついにやりましたね!

 私もずっとその事が心残りでした。


 ここまでの道のりはさぞ辛いことも多かったでしょう。

 ですが、私はあえて貴方達に導きを与えませんでした。


 私が導きを与え続ければ、貴方達は確かに何事も苦労なく成し遂げることが出来たでしょう。

 けど、それは決して最上の運命ではない。


 私が何もかも用意する事は容易いでしょう。

 けれど、それによってなしえたことを、貴方達は誇りに思うことが出来るでしょうか?


 まぁ、横からこっそり手を出したとは何度もありましたけどね。

 ほんの少しですよ?

 あなた方が気づかないぐらいささやかな事だから、ちーっとも気にしなくていいことです。


 そして今、貴方達は自分の力で道を切り開くことに成功しました。

 誇りに思いなさい。

 貴方達は、最上の運命を手に入れた。


 私は、貴方とその子孫の運命をずっと見守ってゆきます。


 親愛なる『大賢者と呼ばれた異世界人』へ。

 運命神より、祝福をこめて。


 P.S お供え物は肉マンがいいです!

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