エピローグ:集団戦の遺産

 集団戦により魔王が倒されたことは世界に衝撃を与えた。単純に魔王の脅威から解放された事実だけではなく、お互いに千人(千匹)近い規模で殺し合った結果に、人々は恐怖を覚えた。

 中でも戦場までついてきた王様は、累々と折り重なる死体に強いショックを受け――急いで他の王様も呼び出して惨状を見せつけた。

 これまで数人の集団に魔王との戦いを任せてきたこの世界の住民にとって、一カ所で大量の人間が死んでいる光景は相当インパクトがあったらしい。

 知識としては総力戦を知っている私の方が、うまく受け入れられたくらいだ。つい平和ボケした人々だとさえ思ってしまう。


 そもそも魔王退治に人々を送り込んで、目に付きにくいところで大量に野垂れ死にさせることだって罪深いではないか。ダンジョンで出会った物言わぬなきがらの一つ一つには必ずドラマがあるのだ。

 それを感じられなくなる神経は、戦場での大量死を数字としか思えなくなる神経と、どれほどの違いがあるのか。

 そんな皮肉な考えをもてあそんでは見たものの、王様たちがビビりまくって、集団戦に忌避感を覚えたことは幸いだった。


 なにせ、かつて「魔王テルシオ準備室」では、魔王が倒されれば今度は人間の国同士でテルシオを使った戦争がはじまると噂されていたのだから。

 テルシオの開発者として、そんなものは見たくない。あれはあくまでも安全に旅をするための陣形だった。

 まだ陥落していなかった魔王城は、人間同士の結束をたもつために、わざと残されることになった(らしい)。仲間を失った火の勇者は引退してしまい、雷の勇者も次の冒険を求めて他の大陸に渡ってしまったので、今となっては魔王城を攻め落としたくても攻め落とせない状況だ。

 討ち漏らしたボスクラスの魔物だけでも十分以上に手強い。あまりの苦戦に生き残りの勇者パーティーは、ほとんどが敵哨戒パーティーに対するトラウマを抱えていた。一部の連中に至っては、あっちに本物の魔王がいたのだと言い出す始末である。

 人間側は集団戦を半ば放棄したが、魔物の側がそれに合わせて集団戦を放棄する理由はなかった。むしろ、魔王の仇を取るために更に凶悪な陣形を編み出してくる恐れがある。


 その監視のため兼戦死した仲間を弔い、魔王の死骸がもたらす呪いを防ぐため、私は戦場のあった土地に建てられた「ほこら」に配属された。形だけの僧侶が、後から本物になってしまったのだった。それも痩せた領地付きの司教である。

 危険人物として左遷されたのかもしれないが、巡礼地が徐々に大きくなっていく様子を見守るのも悪くはない。戦死した仲間を弔いたい気持ちも本物だった。表立ってはできないが、戦いの反省点をまとめて、より良い陣形の理論を後世に残す仕事もある。

 まぁ、魔王城が怪しい動きをはじめるとしてもすぐさまとは行かないわけで、工事も一段落した最近は平穏すぎる日々を過ごしていた。


「うーん、うーん……」

 執務机に頬杖をついて、ため息を漏らす。

 そんな私を見かけた戦跡女子修道院院長のアリアさんが声を掛けてきた。助けを求められたら全力で助けるが、滅多に自分から声を掛けない彼女には珍しいことだった。

「どうしました?何かお困りのようですが」

「うーん……実は貴女に相談する困りごとがなくなって困っているんですよ」

「ああ、それは困りましたねえ」

「アリアさんは、何か困っていることはありませんか?」

 いまこそ日頃のお礼をするべき時と聞いてみた私に、彼女はいつもの仏頂面で返した。ただし、目は合わせてくれなかった。

「いまさっき、困りましたねえと言ったじゃないですか」

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勇者の活躍する世界では何故、集団戦が行われないのか 真名千 @sanasen

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