第6話:決戦3
「前進!」
全員が戦闘への覚悟を固めなおしたことを確認した私は、魔王軍に向かってテルシオ本陣を進めた。完全に受け身でいると勢いがつかない。
もう一つ狙いがあった。敵前衛の死体を距離の測定用に使うことだ。補助魔法詠唱開始の二百五十メートルまで死体に接近すれば、魔王軍本陣が死体の上を通過した瞬間を合図に行動を開始できる。
火の勇者の猛威から辛うじて生き残った魔物たちは、三百六十人の隊列に威圧され、後方へ向かって逃げていった。実際、本陣との合流が賢明だ。
ところが魔王軍は傷つき戻ってきた仲間に魔法を撃ち込んだ。すでに弱っていた魔物たちはバタバタと倒れていく。
「むごいことを……魔王らしい魔王だな」
進退窮まった魔物たちは自暴自棄になって、こちらに突っ込んできた。彼らを倒すのはあまり気分のいいことではないが、他に何ができるだろう。横に逃げてくれればいいのに。
私はテルシオ随一の腕利き狩人を呼んだ。
「五十メートルごとに魔物を倒せますか?」
スナイパーは太鼓判を押した。
「なんなら十メートルごとに目盛りを刻んでみせますよ」
会話中にも敵は接近している。狩人は一見無造作にコンポジットボウを半月型に引き絞ると二百メートル先の魔物を狙い撃った。
接近中の敵に私の知る限り魔法や飛道具をもった魔物はいない。狩人以外には敵が五十メートルに近づくまで攻撃を許さなかった。そして、目当ての距離で弓兵に一斉射撃させる。
魔王のため打撃の吸収役をつとめてきた魔物たちは、私の本陣に一指も触れることなく全滅した。
「来るぞ……」
誰ともなく呟く。魔王テルシオ本陣を構成する巨体の魔物たちが、仲間の死骸を踏みつける。少しは士気を損ねていればいいのだが、魔物の気持ちは分からない。
「補助魔法開始!」
私の命令一下、補助魔法の使える連中が口々に呪文を唱える。「
魔物側に動きはなく、さらに距離を縮めてくる。魔王は奴らの向こうに隠れているようだ。安心すると同時にいつ出てくるか分からないプレッシャーを感じる。
きっとテルシオの仲間は魔王の「集団攻撃魔法」に一撃か二撃しか耐えられない。もし魔王が撃ってきたら即座に反撃して、一流の勇者たちと交代する作戦だった。二百人以上の集中攻撃を受ければ魔王とて無傷では済まず、氷と雷の勇者の助けとなるだろう。
距離二百メートル。
「攻撃開始!!」
「
五百匹の魔物に一度にダメージを与える集団攻撃魔法がいくつも発動する。最初のテルシオ構想では高位の魔法使いは哨戒パーティーに配置するのがセオリーだったが、私は集団戦を優位に進めるために一部を本陣に取り込んでいた。
だが、敵も考えることは同じである。集団攻撃魔法を使える魔物が大量に紛れ込んでいた。
「ぐあっ!」
「痛ぇ!!」
次々と飛んでくる火や氷や土、その他もろもろに撃たれて仲間は悲鳴を上げる。私は一度きりの大冒険で痛みに慣れていたので思考を途切らせずに済んだ。むしろ目が冴えてくる。
アリアさんたちが「集団回復魔法」でみんなを癒す。足を止めての撃ち合いにはならない。魔物はさらに迫ってくる。
私は敵の集団攻撃魔法使いを優先的に攻撃させる。相手も同じことをしてきた。
「ぎゃああああっ!」
「ひぃいいいいいいい!」
無惨にも集団攻撃魔法使いたちは集中砲火でたいまつになった。あるいは氷の彫像に、闇の沁みに。想定以上の攻撃に回復が追いつかない。彼らがここまで「必死」の任務とは思っていなかった。自分の見通しの甘さを呪う。次はおそらく回復役が狙われる。
「ヒーラーを守れ!」
回復魔法使いが自分たちの生命線であることは誰もが理解していた。みんなが射線上に自分の身体を押し込んで個人攻撃魔法や投石の盾となる。魔王軍も集団攻撃魔法使いは全滅したようだ。
「魔王は停止しました!」
翼虎が危険を冒して降下し、重要な情報を告げた。そうなれば集団同士の殴り合いになる。
「動いたらすぐ教えてくれ。後ろのテルシオを前へ!」
斜め後ろに控える四つ目と五つ目のテルシオ本陣には近接戦闘向きの兵が多い。魔法の撃ち合いでは無闇に苦痛を受けるだけなので下げていたが、正面衝突となれば必要不可欠だ。
魔王軍先頭との距離は五十メートルを切った。
巨大な猿、動く石像、あるいは鎧などデカくて堅そうな魔物が揃っている。あと、ジャイアント蟹が横を向けてダッシュしてくる姿が気持ち悪い。正面を向けて来てもらいたいものだ。
「来るぞ!槍を構えろ。しっかりだ」
「石突を地面に刺しこめ!!」
口々にベテラン兵士や戦士が呼びかけて、槍衾を形成する。大型魔物の質量と速度は人間の突撃を超えている。実績のある一匹、二匹はともかく、五百匹を受け止められるものか、確証はなかった。
ただし、私たちの装備は高級品で統一されている。以前であれば大量生産の難しかった装備も、商人たちがテルシオを組んで原材料をまとめて輸送したことで、一部は量産と値下げが可能となった。この場にほとんどいない商人も魔王との戦いに貢献しているのだ。
戦列の後ろにいる私ですら地響きと視覚情報がもたらす圧迫感に身体が震える。前列の歩兵が武器を放り出して逃げないのは奇跡だった。
激突の瞬間は目を瞑ってしまいそうだった。衝突の轟音に、魔物の雄叫び、何かが弾けて吹き飛ぶ音。それが全戦線に渡って響く。人間が紙細工のようにひしゃげ、何本もの槍が突き刺さった赤鬼が血を吹き出して倒れる。
へし折れて使い物にならなくなった槍を捨てた戦士が、あわただしく長剣を引き抜いた。
その間も敵味方の魔法攻撃、飛道具攻撃は止んでいない。至近距離から光の塊を叩きつけ、毒液に冒し、顎下から矢で脳髄を射抜く。オバケトカゲの尻尾が兵士を吹き飛ばし、後列の魔法使いを巻き添えにする。
右を見ても左を見ても戦闘戦闘戦闘。人類と魔王軍が現出させた地獄に果てはないかと思われた。
だが、そんな錯覚に囚われ、戦局を見失ってはならない。私は飛んでくる攻撃を、王様たちにもらった防具の性能に任せて凌ぎつつ、戦況を観察した。
人も魔物も頭に血が上ると、ついつい自分を攻撃してきた相手に攻撃を返しがちだ。おかげで接近戦が始まってから回復役への攻撃は下火になっていた。
しかし、理性のあるこちらが本能任せの戦いに付き合ってやる義理はない。リーダー格の魔法使いや弓使いたちには攻撃目標を決めて、魔物を一体ずつ倒すことを依頼する。
味方の「
心優しい聖職者たちには酷な指示だった。やはり私が泥を被るしかない。
「一度「
抗議するアリアさんの目をまっすぐ見据えて、私は言った。細かく回復できる仲間をもっと編入しておくべきだった。無数の後悔を、目まぐるしい現実が押し流す。
「不死身か、こいつら!」
「いや違う。回復魔法だ!」
そんな叫び声が聞こえてくる。私が目を凝らすと、魔王軍の一部は「
「あいつか!?」
ジャイアント蟹の甲羅にはりついた「深淵のホヤ」と呼ばれる魔物が「
「あいつの魔力は「
戦いは苦しさを増した。敵は思うように数を減らしてくれず、味方は体力と気力の限界に追い込まれていく。戦列が突破される箇所が現れ、本陣付の勇者パーティーが穴埋めに走る。
そもそもが三百六十対五百の戦いだ。
敵は魔王が指揮をせず、味方は私が指揮をしている。そこで数の差を埋めるつもりだったが、ちょっとムシが良すぎた。うぬぼれていた。
痛感した時になって、やっと朗報がもたらされた。魔物たちの右が、ついで左が大きく動揺する。
「後ろのテルシオが参戦しました!」
報告する兵の声も明るい。後方に待機させていた二つの白兵戦重視テルシオ本陣が、ついに敵の側面を衝く形で戦闘に加入したのだ。接近中の味方はあえて魔法を放っていなかったので、大局の見えていない魔王軍には強烈な奇襲となった。
これぞまさにカンネー会戦の再現!このまま両翼からの包囲攻撃で、魔王軍を殲滅する!!魔物の大軍にトドメを刺すため、私は遊撃パーティーにこちらへ向けての出撃を命じた。
だがそこに飛行部隊が墜落寸前の勢いで飛び降りてきた。
「魔王が動いた!」
あぁ、そりゃそうか……戦闘参加していない魔王の方が全体を見れている。
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