第7話:決戦4

 魔王軍の五百匹を人類六百人で包囲殲滅できる形になったところで、そうはさせじと後方で様子見をしていた魔王が動き出した。

 私は呼ぼうとしていた遊撃パーティーを待機させた。だが、止めるまでもなく魔王軍に残った後ろ半分の哨戒パーティーが、こちらの側面を守る勇者たちに襲いかかる。

 対応は元々の哨戒パーティーに任せて、遊撃パーティーは下がるように命じたが、私の周りは味方の動きを確認するどころではなくなった。

 人類にとって不倶戴天の敵、魔王が接近しているのだから。もっとも魔王が魔王城から外出して天を仰ぐようになったのは、私が開発したテルシオ陣形を模倣したせいだったりする。

 その「失敗」を繕う時がやっと来た。私は魔物たちの向こうに見え隠れする魔王の青黒い影を睨みつけた。

「魔法使いは魔王への攻撃を用意!氷と雷の勇者に前進準備の連絡を」

 いまも仲間は魔物の群と取っ組み合いの最中だ。残念ながら戦力のすべてを魔王に振り向けることはできない。魔王の反撃を凌げても、うまく勇者たちにバトンタッチできなければ数百人の人間が返事のできない屍を晒す羽目になる。

 いやおうなく緊張する瞬間だった。


 ズズッズズッ


 何かを引きずる音を立てて魔王が近づいてくる。目前の大型魔物が倒されたことで、その姿を観察できた。

 魔王の姿は馬の代わりにサソリを胴体にしたケンタウロスに似ていた。尻尾は二股に分かれ、筋骨隆々の胴体に、角の生えた頭。するどい眼光を放つ目以外は、赤ぶどう色で染まっている。

 ツインテールのツリ目とは間違いなくツンデレである。

 肘が二つある腕に、虫の脚を六本もったツンデレ。お近づきになりたいとは、ちょっと思えない。

 体高は四メートルより少し低いくらいで、ほかの大型魔物と変わらなかったが、威圧感は半端ではなく彼を天敵とする人類なら誰でも一目で魔王だと分かるオーラを放っていた。

 嫌な意味で目が離せない。


 私を正気に戻してくれたのは集団回復魔法の義務だ。肉弾戦に傷つく仲間を癒す魔法を唱えた私は、攻撃魔法の使い手たちに命じる。

「攻撃魔法、魔王を撃て!」

「おおおおお……っ!」

 魔法使いたちが気勢を上げて、呪文を唱える。魔王は一歩一歩確かめるように進んで、私から百メートルの距離に迫っていた(前衛魔物の死体がとても役に立った)。向こうから攻撃しようとすれば、いつでも攻撃できる距離だ。

中光攻撃魔法ルチル」「弱光攻撃魔法アポフィライト」「中火攻撃魔法デマントイド

 魔王のイメージから光系攻撃魔法を多めに。次々と光弾が飛んでいき、魔王の身体に当たる。ところが、奴はそよ風程度にも感じていない態度で前進のペースを変えない。

 よくよく見ると「深淵のホヤ」がサソリ部分の背中に乗っている。ラスボスにあるまじき反則行為である。

 主演役者たちのためにホヤだけでも倒しておくべきか、さっきと同じく魔力切れをさせるべきか。私が迷っている間に魔王は五十メートルライン手前で停止し、魔法を唱えはじめた。耳を聾する禍々しい音響が風に乗って届く。それは微かにハモっていた。

「!?」

「アイツ、尻尾の先にも頭があります!」

 視力のいい兵が叫んだ。私は総毛立つ。

「全員防御!!!」

 私はアリアさんに駆け寄ると、激レアローブで彼女を包み込もうとした。少しでも防御力の足しになれば。

「ちょっと!」

「すぐに回復魔法をかけてください」

「……」

 彼女がうなづくかうなづかないかのうちに魔王の三発同時魔法が発動した。

集団強風攻撃魔法ジルコン集団強土攻撃魔法シュードタキ集団強闇攻撃魔法ジェット

 颶風が生き残った魔物をすり抜け、効果範囲に含まれる五百人以上に襲いかかった。

 私たちの身体は空中に跳ね上げられ、石くずまじりの暴風にもみくちゃにされ、重圧と振動で内蔵を激しくゆさぶられた。

 自分の中身が空っぽだと錯覚するほどの絶対的暴力。腕に抱きしめている身体の方が、自分自身よりまだしも存在感があった。

 後方に吹き飛ばされた私たちは激しく地面を転がった。そのおかげで危険から遠ざかることができた。運悪く前線付近で行動不能になった仲間は、復讐に餓えた魔物に虐殺されてしまう。

 埃にまみれた私は薄目をあけて、別世界の出来事みたいに肩を並べて戦った仲間が、青銅の足に踏みつぶされ、あるいは天狗の爪みたいな歯が並ぶ口に飲み込まれ、巨木をそのまま引き抜いた棍棒で打たれ、声もなく息絶えるところをただ見ていた。


「セレ……ナイト!」

 胸元から芯のある声がして、私の身体は微光に包まれた。知覚できていなかった痛みが引いていく。引いていく途中で痛みは知覚範囲に入ってきて私の意識をはっきりさせた。

 同胞の死をみせられたことに強い怒りがこみ上げてきた。私も「集団回復魔法セレナイト」を唱える。左手に杖をついて立ち上がる。右側はアリアが支えてくれた。

「生きている者は集まれ!最後まで立って戦うんだ!!」

 さらに距離を詰め、生き残りの魔物をしたがえた状態になった魔王の哄笑が響いた。力なき者たちをあざ笑いトドメの一撃を加えるつもりだ。いっそ「三撃」がいい。それだけ魔力を消耗させられる。

 奴を睨みつける私の視界を白い影がよぎった。その影は分裂し、石のように落ちてくる影から力強い声。

集団強氷攻撃魔法アデュラリア!!」


 魔王の笑い声が凍り付いた。魔物たちは物理的に凍った。

 術者は盛大に地面を転がってから、埃を払って起きあがった。

「君たちはよくやってくれた。後はオレたちに任せろ。急いで離れるんだ!」

 自分で造った氷原を背景に光る氷の勇者の姿が、とてつもなく頼もしかった。

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