第5話:決戦2

 作戦通り順調に魔王の本陣を叩いているつもりが、その後方にももう一つの本陣があった!?

 私は気を取り直して、遊撃パーティーの生き残りである武道家に質問した。

「本当なのか?敵の哨戒パーティーではないのか?」

 彼は、半分放心状態のせいで、かえって素直に答えられている様子だった。

「ええ、敵の本陣を攻撃した俺たちは、その真後ろに抜けようとしたんです。真後ろの哨戒パーティーは一番弱いから意表をつけば抜けるだろうって。そうしたら、物凄い数の魔物が現れて……中心に何というか禍々しい気配が」

 恐怖を思い出した武道家の言葉が震えてくる。アリアさんが彼の身体に毛布を掛けてやる。私は自分の気遣いのなさに気づいた。

「お、俺はヤバいと思ったんですが、うちの勇者はむしろ手柄をあげるチャンスだと思ったみたいで――仲間を連れて突っ込んじまいました。俺は足が動かなくて……」

「わかった」

 結果的に仲間を囮にする形で逃げられたのだろう。わざわざ本人にそれを言わせることもない。

「あなたが情報をもたらしてくれたことは非常に大きいし、勇者たちもその時間を稼いでくれたんだ。みんな良くやったよ」

 生き残りの肩に手をかけて後ろのテルシオに送ってやった。「魔王」が使った魔法の種類だけは知りたかったが、武道家はそれを見ていなかった。手下に任せて魔力の消費を抑えたのかもしれない。手強い相手だ。


「こいつは厄介なことになったぞ……」

 私は「魔王テルシオ対策室」の部下に命じて、地面に敵陣の形状を図示させた。正面からみれば普通のテルシオだが、本陣の背後、通常は哨戒パーティーがある部分に、もう一つの本陣がある。最後尾の哨戒パーティーはさらに後ろにあると思われる。いや、本陣が三連になっている可能性も排除できない。

 作戦には確実な情報が必要だ。

「空戦は?」

 空を監視していた部下に確認すると、

「だいたい落ち着いたようです」の答え。

「一騎呼んでください」

 信号代わりの魔法が打ちあがった。翼虎が降りてきたら、地面の図を使って、偵察の打ち合わせする。

 最初から航空偵察をしておけば良かった。そう考えてはみるが、たった十二騎しかいない空の守りを削った結果も未知数だ。現状を受け入れて手を打つしかない。


 斥候が来る間に考えをまとめる。おそらく魔王の狙いはダメージの分散、というよりは吸収だった。叩かれるための囮部隊を前方に送り出し、主力は後方に温存している。こちらの遊撃パーティーはまんまと囮に引っかかり、貴重な魔力を消費してしまった。

 だが、希望はある。敵の囮部隊は本来こちらのテルシオ本陣を削るために送り出されたはずだ。その囮部隊が予想外の遊撃パーティーによって半壊したため、こちらの本陣テルシオは敵の本陣に届く。遊撃パーティーも大半は無事なはずだ。

 いったん後退させて、敵本陣の攻撃に加わらせるか、それともまず囮部隊にトドメを刺させるか。私が迷っている間に現場が答えを出してしまった。

「火の勇者パーティーが敵本陣に向かいます!」

「っ!!遊撃パーティーを呼び戻してください」

 二つ目の敵哨戒パーティーを潰した火の勇者は、無謀にも敵の大軍に突っ込んでいった。あいつぐ連戦で余力に乏しいはずだし、たった四人で大軍と魔王を倒せると自惚れるほど愚かな人ではない。

 勇者の勘で目前の集団には魔王がいないことを察し、テルシオ本陣の露払いになるつもりなのだ。彼女に委ねた敵哨戒パーティー潰しの任務とも矛盾しなかった。敵の囮部隊は非常に巨大な哨戒パーティーとも言えるのだから。

 彼女の「集団強火攻撃魔法パイロープ」を持ってしても、炎耐性のある魔物は生き残る。そこからは接近戦の潰し合いになる。


 私は火の勇者たちが戦っている間に陣形を再編成した。左右斜め後ろのテルシオ本陣には合流を命じて、左右に長い三百六十人のテルシオにする。それに伴って生まれた手すきの哨戒パーティーをいまだに殴り合っている哨戒パーティー同士の戦場に送り込んだ。

 戻ってきた遊撃パーティーはテルシオ本陣の右手と左手に距離をもたせて配置する。側面警戒の哨戒パーティーと合流させたとも言える。彼らは信号があがり次第、今度は本物の敵本陣に突入する手はずだった。

 ただし、遊撃パーティーは期待はずれにも十二パーティーしか戻ってきていなかった。あの武道家のパーティーみたいに魔王に捕まったり、敵の哨戒パーティーとやりあったパーティー、方向を見失ったパーティーなどが出ているようだ。戦意喪失もあるかもしれないが、詮索している場合ではない。


 飛行斥候が戻ってきて、敵本陣が前後二集団に分かれていることを報告した。魔王がいそうな後方集団は五百匹程度……。

 さいわい手前の集団は火の勇者たちによって無茶苦茶にされ、すでに組織の形をなしていない。魔王の統制力が直接働いていないせいもあるようだ。

 だが、火の勇者パーティーも反撃で大ダメージを受けていた。最初から見ていた兵によれば、今も動いている味方は二人だけだ。

「彼らに撤退の指示を。空から回収できないかな?」

 またもや呼び出された天空の騎士は「人使いが荒いですなあ」と一言文句を言って、仲間と火の勇者パーティーの救出に向かった。飛道具の持ち主が優先的に倒されていたおかげで、翼虎による救助は成功する。

 虎はそのまま救護所がもうけられた最後尾のテルシオ本陣に飛んでいく。

 戦い続けていた哨戒パーティーは相討ちになり、私のテルシオ本陣と魔王軍の間に味方はいなくなった。

 私は僧侶の杖を掲げて、一世一代の大声を発した。


「戦闘準備!訓練どおり、距離二百五十メートルで補助魔法開始。二百メートルで集団攻撃魔法、百五十メートルで単体攻撃魔法、百メートルで弓隊の射撃を開始します。全員徹底してください!!」

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