第4話:決戦1

 魔王軍が魔王城を出発した。魔法の光信号と健脚の伝令によるリレーで、その情報を受け取った人類連合軍は魔王城にもっとも近い町を出る。敵を警戒させないため、狼煙は使わなかった。

 魔王の進路がパターン通りなら、翌日の昼前には遭遇できるはずだった。完全にいつもと違うコースの場合、邀撃をやり直せばいいだけだが、微妙にコースがズレて側面から来られることが一番困る。

「ま、大丈夫よ。やっこさんの目的は散歩じゃろうし」

 丸っこい国王が、私の心配に答えた。王の心は王が知ると言いたげだ。それはいいとして、

「本当に来るんですか?」

「うむ。お主のおかげで物見遊山にハマっての。魔王を倒せばもっと自由に動き回れるが、そうなってからでは魔王を見る機会はないと思ったんじゃ」

「……戦いが始まったら、すぐ一番後ろのテルシオにまで下がってください。魔王は死体でお目に掛けますよ」

「期待しておるぞよ」

 王様の考えはいまいち理解しがたいが、彼が来てくれたおかげで、多少は責任感が分散されたのも確かだった。


 千人近くの行動には大量の食料と水が必要だった。トイレの問題もある。

 一度限りの作戦ということで物資はみんなで持ち寄って間に合わせていたが、巨大なテルシオを恒常的に運用すると国家財政が傾くと大臣に言われた。それもこの世界で集団戦が行われず、自活能力のある勇者パーティーに魔物退治が任されていた理由なのだろう。私掠船制度に似ているかもしれない。

 魔王軍も同じ問題を抱えていればいいのだが、人間よりも絶食に強い魔物、魔力で動く魔物なども多くて、補給問題は向こうの方が有利なはずだった。


 一日目の行軍は通常の遭遇戦だけで無事に終わった。周囲の魔物が魔王テルシオに吸い込まれているのか、遭遇率が通常よりも低かった。飛行モンスターが魔王に情報を届けないよう注意して徹底的に狩ったが、絶対に生き残りがいないとは言い切れない。

 念のため私たちは空飛ぶ影が現れるたび、上空へ向かって幻惑魔法カルサイトを唱えた。本来は戦う相手を直接目眩ましする魔法を煙幕代わりに使ったのだ。一日目に消費した魔力はキャンプで回復できることを見込んでの作戦だった。二日目は乱発を控えなければならない。

 とりあえず一緒に歩いたことでテルシオ全体のすり合わせになった。若干の怪我人はみんな回復魔法で戦線に復帰できた。補給部隊の一部は護衛をつけて送り返す。やっぱり王様は帰ってくれなかった。

 夜は恐怖の時間だった。もしも、予想外に魔王軍が進んできて夜襲を受けてしまったら、壊滅的被害は免れない。闇を愛する魔王軍と言えども、大集団を操るために日中の行動がメインであることは調べがついていた。それでも予想外のことは起こり得る。

 ともかく私は目を瞑って、睡眠と瞑想の中間状態で朝を迎えた。アリアさんに「睡眠魔法ノジュール」を掛けてもらうべきだったか。


 朝日が燦々と射す中、準備体操をして、野菜たっぷりの朝食をとったら行軍再開だ。周囲は緑が濃く、灌木がまばらに生えて、適度に見通しを遮っている。いまから世界の命運をかけた決戦が行われるとは信じられない。のどかな雰囲気だった。

 だがピクニック気分は唐突に打ち破られた。それまでも通常の魔物との戦闘で水は差されていたが、今度の爆炎と轟音は桁が違っていた。先頭を行く火の勇者パーティーが、最大級の攻撃魔法を放ったのだ。

「はじまったか」

 周囲が騒然とする中、王様はおっとりと呟いた。さすがに後方のテルシオに追い払う。


 私は笛で全軍を停止させ、陣形の維持につとめた。先頭以外の哨戒パーティーも敵の哨戒パーティーと接触を起こしたらしく、順次戦闘に突入していく。

 魔王テルシオはこちらの正面より、やや右よりからぶつかって来たようだ。斥候が報告する。

「火の勇者殿、ドラゴンと戦闘中の模様!」

「うん、ここからも見えた」

 さすがにドラゴンの巨体は目立つ。敵の本陣に動きがなければ、あれが倒されてから遊撃パーティーを投入しようと判断した。彼らはやる気まんまんで、早く出撃させろと突き上げてくる。

 乱戦ならどさくさに紛れて魔王にトドメを刺すチャンスがあると皮算用しているのだ。ムシのいい考えとはいえ、事実ではあるので私は否定しなかった。

 敵先峰のドラゴンは明らかにボスクラスの魔物だ。火の勇者たちをもってしても鎧袖一触では倒せない。他の哨戒パーティーも苦戦している。むしろ彼らの方が状況は悪いかもしれない。

 飛行部隊の一人が降りてきて、目撃した魔王本陣の方角を報告した。私は地面に矢印をかき込ませる。タイミング悪く、魔王軍の空飛ぶ魔物が襲来する。

 数は五十匹ばかり。威嚇の「集団弱火攻撃魔法フリント」をまき散らしながら、頭上に迫ってくる。こちらの魔法使いも「中光攻撃魔法ルチル」などを撃ち返した。

 私に報告した騎士が飛び立って飛行部隊が迎撃体制を整えたので、いったん対空射撃を中止させる。敵の注意を飛行部隊に向けさせるためだ。秘密兵器にされすぎた彼らはあまり強くない。正面から数にまさる敵とぶつかれば長くは保たない。

 だから逃げ出しても違和感はなかった。夢中で追撃に入った魔物の飛行部隊は地上に近づきすぎた。

集団中雷攻撃魔法エルバイト!!」

 地上に潜んでいた雷の勇者が力強く呪文を発動する。雷の直撃を受けた巨大なコウモリたちは煙を立てて地上に墜落していく。翼虎部隊も翼を返して、生き残った敵の頭上を押さえにかかる。圧迫されて地上に近づけば、また魔法で攻撃される。無理に上昇すれば悪い体勢で飛行部隊と戦うことになる。

 こうして飛行部隊は空中戦を互角に持ち込んだ。少なくとも地上部隊が一方的に集団攻撃魔法を連発される恐れはなくなった。


 同じ頃、前方では火の勇者パーティーが激闘の末にドラゴンを撃破していた。巨体が倒れる地響きがここまで伝わって来そうだった。私はすかさず遊撃隊を進発させる。他の哨戒パーティーは大苦戦中で、突入ルートは火の勇者周辺にしか確保できていない。むしろ遊撃パーティーの一部を救援に送る必要があった。一カ所は火の勇者が助けに入った。

 前線はだんだんと、こちらに近づいてくる。ゆっくり進む魔王テルシオ本陣のくろぐろとした影も視界に収まった。三百匹はいるだろう。そこに遊撃パーティーが突っ込んだ。

「よし!」

 次々と集団攻撃魔法が火を吹き、そのたびに敵本陣が震える。反撃の魔法が遊撃パーティーの方向に飛び交っていたが、新手が繰り返し現れるので、見るからに標的が分散している。一人あたりのダメージは低く抑えられているはずだ。距離をとって回復に専念できれば再突入も可能だろう。

 期待以上に有利な展開だった。うまく行けば私の本陣で魔王に集中攻撃してから、氷と雷の勇者に戦闘を引き継げるかもしれない。


 そんな希望は壊滅した遊撃パーティーの生き残りによる報告で打ち砕かれた。

「て、敵の後ろにもう一つの本陣があります!」

 一瞬、思考が停止した。いったい何が起きているのか。

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