第6話 『くっ殺!』よりも『覚えてろっ!』の精神で明日に挑め

 バキャァァンッ!!


「ば、ばかなっ!? つ、強すぎる……」


 剣を折られ腹に一撃を受けた女勇者の身体が吹き飛び床をごろごろと転がる。

 相手の強さに半ば放心していたのが幸いしてか衝突によるダメージは軽い。


「ふむ……所謂チート能力というやつか」

「きゃあああ♪ 凄いですわっ! お兄様っ! お兄様ぁ♪」


 重傷こそ負ってはいないが勝敗は既に明らかだ。目の前の全裸男 ― 魔王の力はケタ違いだ。

 ヤツは魔法も武具の類も一切使わずに勇者である自分を圧倒した。盾はむしり取られ、剣は拳でへし折られた。おまけにそれらの戦いをこの男はウォーミングアップのような調子でこなした。魔王は己の力を確認していくついでに自分を撃破したのだ。

魔王がゆっくりと迫ってくる。


「くっ! 殺せっ!!」

「………」


 勇者は気がつけば叫んでいた。圧倒的な敵を前にしても命乞いなどしてなるかという彼女の想いが突き動かした。

 しかしその言葉に魔王は足を止め、踵を返してディモニークの元へと向かっていってしまった。勇者は困惑した。


「……おい、まもうと」

「どうしたのです? 勝者に相応しくないコソコソ話など始めて」

「ここからどうする? 相手は『くっ殺!』状態だぞ?」

「ああ……なんとなく察しましたわ」


 全裸男は殺し殺されとは無縁の世界の住民でまもうとにしても女勇者がボコボコにされて留飲は下がったので、これ以上の追い打ちは必要がない。しかし勇者だけが一人で覚悟を決めてしまっているのだ。


「貴様らぁっ!! なにを企てているのだ!?」


 どうしたものかと相談している二人に勇者は叫ぶ。その表情には不安と恐れが交り始めている。


「……涙目になり始めてるぞ、勇者が」

「こーゆーものは一思いにスパッとやられた方が楽なモノですもの。可哀そうに……」

「そう思うのなら案を早く出したらどうだ? それとニヤけるな、まもうとよ」

「そんな……私、笑ってなど……くくくっ!」


 背を向けている魔王の表情は窺えないが妹のディモニークは愉快そうに笑っている。勇者は戦いの前に彼女が怒っていたことを思い出して戦慄した。


「ま、まさか……貴様、私を凌辱りょうじょくする……つもり、なのか?」


 その気になればすぐにでも殺せる自分にまだ手をかけていない理由。自分が女であることを考慮すれば十分あり得る。


「………」

「お兄様、物凄く表情が不細工ですわよ?」

「それは……そうだろうとも。あと、まもうとが笑ったのが引き金だと私は思うのだが?」

「ごめんあそばせ♪ それよりもお兄様。早くなんとかしないと彼女、自刃じじんしかねませんわよ?」

「……策はあるか?」

「はい。お兄様、彼女を奮い立たせたうえで追い返してください」


 なんとも面倒な注文だと思っていると勇者が床に転がった折れた剣を見つめていた。これはまずいと感じた瞬間、勇者がソレ目指して走り始めた。


「お兄様っ!」

「ちっ……!!」


 間一髪のところで全裸男は切っ先だけになった剣を蹴り飛ばした。全力で蹴り飛ばされた剣の残骸は壁に突き刺さるが肉体は無傷だ。男が嘆息すると勇者は虚ろな瞳で彼を見上げていた。


「き、きさっ、ま……? なんの、つもり……だ」


 光を亡くしかけた瞳で勇者は男の姿を追う。男はやれやれだと肩をすくめた。


「まったく、誰も彼も話をろくに聞きもしない。こちらはお前を殺す気はないし、お前に死ねとも言っていないんだがな」

「なん、だと……?」

「わからないか? お前ごときは敵にならないということだ」


 勇者がギリリと歯がみした。同時に瞳に憎しみの火が灯った。

 そうだ。それでいいと男は内心安堵しながら女勇者をさらにあおる。


「おまけに殺しても犯しても、なんの見せしめにもならない」

「貴様……!」


 それとなく殺害する気も凌辱する気もないことを伝えつつ次なる爆弾を投下する。


「何故なら、貴様は勇者などではないからな」

「なっ……!?」

「貴様は私に勝てないと悟った瞬間、どう振舞った?」

「………」


 男の言葉に瞳を見開いた後に沈黙する勇者。どうやらこちらの言葉に対して思考できる程度には冷静になったようだ。


「貴様は私にただ、殺せとだけ言った。それは勇者の振る舞いではない」

「………」

「敗北を認めるでもなく一方的に諦め、命を投げ出そうとした。己の戦いの結果の一切を背負おうとしなかった。それは臆病で卑怯な振る舞いではないか?」

「ぐっ! ぐぅぅ……!」


 勇者は獣のような唸り声をあげながら涙を流した。図星だった。恐怖に負けて涙を流すことが嫌だった。あまりの力の差に魔王に命乞いしてしまいそうになるのが恐ろしかった。だからそうはならないように退路を断ったのだ。

 しかしそんな無様な足掻きを目の前の男は見抜いていた。自分の負けだ。完全な敗北だ。


「ああ……私の、負けだ。あとは貴様の好きにしてくれ」


 勇者は静かに敗北宣言した。その表情はとても穏やかなものだった。いまならどんな仕打ちも受け入れてしまえそうだ。そんな彼女に魔王は頷いた。


「よろしい。では逃げ帰るのだ」

「はっ?」

「いまの貴様には手を下す価値がない。だから逃げ帰って再び挑みに来るのだ」

「………」

「今後は敗北することがあっても殺されることなど願わずに再戦を望むことだ。覚えてろと闘志を燃やしながらな」

「……わかった」


 勇者は複雑な表情を浮かべていたが最後は首肯してよろよろと歩き出した。男がディモニークを見ると彼女は大丈夫だという感じに頷いた。部屋から出ていこうとする勇者の背中に男は声をかける。


「次は手を下すだけの価値のある相手になってこい。女勇者よ」


 勇者はポカンとして、そしてそれから少し笑ってまた歩き出した。

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