第3話 『置き換え召喚』の次は勇者襲来……異世界は騒がしいな
「私、兄を『チカン』してやりましたのっ!」
まもうと ― 魔王の妹ディモニークの言葉を男は静かに受け止めた。裸のままで。
その内容について思考しているようだが、動揺は見られない。ディモニークは冷や汗をかき始めた。
「……確認だがその『チカン』とやらは『置き換えるの置換』で間違いないかな?」
「……そう、ですわ」
ディモニークはなんとかそれだけ返すと項垂れた。ダメだ。この男の心を折ることは出来ない。その自信の源は分からないが、目の前の裸身の男の精神は自分がどうにか出来る代物ではないようだ。
「そうか。となると、私はこの世界の魔王と入れ替えるカタチで呼び出された訳か。魔王はいま何処に?」
「貴方の世界の貴方の居た場所にいるはずですわ。置換召喚術はそういう魔法ですから」
命の根源と世界の在り方に干渉する大魔術。ディモニークが編み出したそれは途方もない偉業なのだが男はなるほどの一言で片づけてしまう。
「ところで魔王は向こうでどうしているのだろうか?」
「ああ……おそらくは何も出来ず右往左往してるでしょう」
「なぜだ?」
「貴方の世界に魔法は存在しまして? ないはずです。魔素がありませんもの。魔法が使えなければ兄は人畜無害です」
兄である魔王は他の追随を許さないほどの魔術の才能があった。ディモニークから見ても兄は圧倒的な天才であった。
しかし一方で兄にはそれしかない。魔素のない世界 ― つまり魔法の使えない世界であのシスコン暗君に出来ることなどないだろう。
「そうか。魔王氏は私のいた世界で異世界人をやっている、ということか……」
「ええ……それにしても貴方はどうしてそう冷静なのですか?」
「まもうとよ、それは勘違いだ」
「勘違い?」
男は指をピンと立てて語り始めた。
「私はいま、とても驚いている。夢物語の類の異世界に自分が呼び出されているのだから」
「……とてもそうには見えません」
「そこだ。私は驚いているが、だからこそ落ち着いて状況を把握しようと努めているんだ。まもうとは私の表面しか見ていないから、真実が見えんのだ」
「………」
いったいこの状況でそんな自律的な振る舞いが出来る者がどれだけいるというのだ。
ディモニークがショックを受けて呆然自失していると突然部屋の出入り口の扉が乱暴に開け放たれた。
「魔王!! 今日こそ討伐してくれるっ!!」
小ホールほどある部屋 ― 魔王の玉座の間に女の叫び声が響いた。
勇ましく玉座の間に踏み入ってきた者は勇者だ。女ながらに近代最強の勇者が攻めてきたのだ。
「ディモニーク! お前も魔王共々打ち滅ぼしてやるっ!」
勇者はディモニークの姿を認めると剣を突きつけて吼えた。その瞳にはピンと張りつめた闘志が漲っていた。そう、漲っていたのだが。
「きゃああああっ!?」
彼女はディモニークの傍に立つ全裸の男の姿を遅れて認めると途端に生娘のような叫び声をあげたのだった。
「……まもうとに異世界に召喚された次は女勇者の襲来か。イベントを詰め込み過ぎだな」
全裸男はやれやれと肩をすくめた。
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