第百五十三話 連携を止めるためには
柚月と九十九は、風塵と雷塵と激しい死闘を続けていた。風塵と雷塵の連携にほんろうされ、次第に追い詰められていく柚月と九十九。
だが、それでも、二人に必死に食らいつくように刀を振るう。風塵と雷塵を、そして、天鬼を倒して、聖印京へ戻るために。そう、朧と約束を交わしたのだから。
柚月は、その想いを胸に秘め、刀を振るい続けた。
「ちっ!」
「どうした?もう、限界か?」
「誰が!」
刀を振るっても、風塵は、いとも簡単に風を纏わせた手で、八雲と真月をはじき返す。
柚月も、風塵が放つ風の術を防いではいるものの、傷を負い始める。劣勢を強いられたも同然であった。
――あの術は、厄介だ。最初は、俺達にあの術を見せつけるために、発動したようだが、次は、操る可能性が高い。よけられたとしても、追ってくるはずだ。
風塵と雷塵の実力ならば、風も雷も操ることができるであろう。
ただ、飛ばすだけでなく、柚月と九十九を追い詰めていくであろう。よけたところで、追われる可能性が高い。
そうなった時、二人は確実に、あの術をまともに受けてしまう。
直撃したら、死ぬ可能性だってある。避けるという選択肢は、外さなければならなかった。
――だったら……。
柚月は、ある決意をしていた。
それは、九十九を守るための決意であった。
雷塵は、連続して、雷を落とし続ける。
九十九は、落雷を次々とよけてはいるものの、かすることもあるため、傷を負い始めていた。
雷塵は、容赦なく、九十九に向かって雷を落とし続けた。
「ほらほら、早く逃げなよ!」
「ふざけんな!」
「わっ!」
逃げることをやめた九十九は、突進するように雷塵に向かう。
雷塵は、九十九に向けて雷を落とし、九十九は、直撃するが、ひるむことなく、雷塵へと向かっていった。
九十九に迫られた雷塵は、とっさに、雷で防ごうとするが、それよりも早く、九十九が明枇を薙ぎ払うように振るう。
雷塵は、跳躍して、後退したが、右腕を斬られてしまい、血が流れた。
「いてて……。やっぱ、強いなぁ。天鬼が気に入るわけだ」
「怖気づいたか?」
「まさか」
たとえ、九十九が強い妖であっても、恐れを知らない雷塵。
それどころか、この状況を楽しんでいるようにも思えてならない。まるで、狂ったかのように。
雷塵は、九十九に向けて雷を放つ。それと同時に、風塵も柚月に向けて、風を放つ。
二人は、よけたものの、風と雷は、方向を変え、すぐにぶつかり合うように一つの塊へと変貌を遂げた。
やはり、柚月の思った通りだ。
彼らは、いとも簡単に術を操ってしまう。
一つの塊となった風と雷、いや、妖気の塊は、九十九へと突進するかの如く、向かっていった。
「九十九!よけろ!」
柚月に命じられた九十九は、とっさによける。
だが、それでも、なお、方向を変えて、妖気の塊は、九十九へと迫っていく。
だが、柚月が九十九の前に出た。九十九をかばうように。
「柚月!」
九十九は、柚月の身を案じて、叫ぶが、柚月は、光の刃を身にまとい始める。
柚月の聖印能力・異能・光刀だ。
大群の妖との死闘の時にでさえ、発動しなかった聖印能力を柚月は、初めて、発動させた。
光刀を身にまとわせた両腕で妖気の塊を防ぐ柚月。
だが、妖気の塊の勢いが止まらない。
防御態勢に入った柚月だが、押されていく。
このままでは、柚月の身が危険だ。
そう感じた九十九であったが、さらに、柚月は、真月輝浄・光刀と八雲聖浄・光刀を発動し、一気に、妖気の塊を切り裂いた。
「あいつ、聖印能力を!」
「なるほどな。さすがだな」
「けど、それでいいのかな?」
妖気の塊を切り裂かれたというのに、未だ余裕の笑みを見せる風塵と雷塵。
その理由は、もう一つ妖気の塊を発動していたからだ。
柚月が、妖気の塊を防いでいる間に。
なんと、彼らは、何発も発動できるようだ。
これには、柚月も予想外の様子で、目を見開いている。
だが、妖気の塊は、容赦なく、柚月達に迫ろうとしていた。
「ちっ!」
柚月は、もう一度、真月輝浄・光刀と八雲聖浄・光刀を発動し、切り裂こうとするが、斬ることすらも不可能になってしまった。
なぜなら、彼らが、術を発動し続けており、力が増幅していたからだ。
柚月は、その妖気の塊に圧倒されかけていた。
「おらっ!」
九十九も、明枇を妖気の塊に押し当て、さらに自身の妖気を発動して、切り裂こうとする。
だが、それでも、風塵と雷塵は、術を発動し続けているため、止められない。
ついに、
「ぐああああっ!」
「がああああっ!」
妖気の塊を押さえることすらも不可能となり、ついに、光刀と九十九の妖気が、破壊され、妖気の塊に直撃し、吹き飛ばされてしまった。
風で、身を切り裂かれ、雷で、身を焼かれた二人。
深手を負ってしまったと言っても過言ではない。たった一撃だけだというのに……。
「よく頑張ったよ。けど……」
「俺達に敵うはずがない。あきらめろ」
風塵と雷塵は、勝ち誇ったような表情を見せている。
今の状況で、自分達が、敗北するなど思っていないのだろう。
もう一度、妖気の塊が、二人に直撃すれば、確実に死に至る。
いや、発動するつもりなのだ。確実に息の根を止めるために。
「のやろう……」
九十九が、激痛を押し殺して、起き上がろうとする。
だが、その時であった。
「……九十九、俺に作戦がある」
「ん?なんだ?」
突然、柚月が小声で語りかける。
まるで、作戦を告げるかのようだ。
何か策があるのだろうか。
「……少しの間でいい。さっきのを防いでくれ」
「……おう」
柚月は、なんとあの妖気の塊を九十九に防いでほしいと頼む。
あの妖気の塊を防げなど、尋常ではない。
防ぎきれるかどうかもわからない状況の中で、柚月がそう告げたのだ。
だが、九十九は理由も聞かずに柚月の作戦を受け入れた。
柚月を信頼しての事だった。
「やってやろうじゃねぇか!」
九十九は、力を込めるように、うなずき、起き上がり始める。柚月も、激痛をこらえて、起き上がり始めた。
二人に、一つの失敗も許されない。
それでも、絶望していなかった。
「ふうん。まだ、戦うんだ」
「往生際が悪いんだな」
「まぁな」
九十九は、にっと笑ってみせる。
柚月も、追い詰められているというのに、なぜ、冷静だ。
風塵と雷塵は、気に入らなかった。
まだ、自分達が勝つと言っているかのように思えたのだろう。
「あっそ。それじゃあ」
「死んでもらうぞ」
風塵と雷塵は、再び、風と雷の術を発動し、妖気の塊へと変貌させる。
妖気の塊は、柚月と九十九に、迫り始めた。
「来るぞ!」
「わかってる!」
九十九が、地面をけり、駆けだしていく。妖気の塊に突っ込むように。
九十九は、明枇を前に出し、妖気の塊と衝突する。その間も、風塵と雷塵は、術を発動し続けていた。今度こそ、柚月と九十九を殺すために。
「おらあああっ!」
押されていく九十九であったが、雄たけびを上げ、力任せに妖気を発動する。
それでも、容赦なく、術を発動し続けている。余裕の笑みを浮かべて。
だが、その時だ。
風塵と雷塵の表情に異変が起こったのは。目を見開き、何かに驚いたような表情へと変わり果てた。
「なっ!」
「一人……いない!?」
そう、風塵と雷塵は、気付いたのだ。
柚月の姿が見えない事に。
九十九を追い詰めようとしていたばかりに気付かなかったのだろうか。
いや、先ほどまでいたはずだ。
だとしたら、どうやって、どこに消えたというのか。
それも、九十九を置き去りにして。
風塵と雷塵は、混乱し、術を弱めてしまう。
だが、柚月は、まだ、洞窟の中にいたのだ。二人の視界に入らない位置へと移動しただけで。
二人の術が弱まったのを確認した柚月は、すぐさま、雷塵の背後に回り込んだ。
「がっ!」
「雷塵!」
二人にとっては、一瞬の出来事だったであろう。
突然、雷塵が背中を斬られたのだ。 それも、柚月に。
雷塵が、斬られ、動揺し始めた風塵。
その隙を逃さず、柚月は、一瞬のうちに風塵の前に、移動した。
「ぐっ!」
風塵は、柚月に斬られ、うずくまった。
柚月は、すぐさま、後退する。
そう、柚月は、あの謎の力を発動して、二人を切り裂いたのだ。この戦いに勝利するために。
術が完全に弱まった事により、九十九も、難なく妖気の塊を切り裂いた。
「かかったな。もう、終わりだ」
「こいつ……」
「調子に……乗るな!」
風塵と雷塵は、怒りを露わにし、柚月に向けて術を発動する。
再び、あの妖気の塊を発動しようとしているのだろう。
だが、柚月は、すぐさま術を交わす。
なんと、その術は、ぶつかり合うことなく、すれ違うように向かっていく。風塵と雷塵の元へと。
連携攻撃に失敗した風塵と雷塵は、動揺し、身動きが取れなかった。
「ぐあっ!」
「うっ!」
互いの術を受けてしまった風塵と雷塵は、身もだえし、動きを止めてしまった。
「な、何してるんだ……雷塵……」
「そっちこそ!」
連携が取れず、互いを攻撃してしまった風塵と雷塵。
二人は、互いを責め始めた。
もう、二人には、余裕すらない。隙だらけだ。
柚月は、その隙を逃すことなく、真月を風塵に突き刺した。
九十九も、再び、駆けだしていき、雷塵の前に立ち、切り裂いた。
九十九に斬られた雷塵は、仰向けになって倒れ、真月に貫かれた風塵は、柚月の顔をにらみつけた。まるで、鬼のように。
それでも、柚月は、冷静であった。
「なぜ、お前達が、連携をとれなくなったか、教えてやろうか?」
「何?」
「お前達は、常に余裕だった。常に勝利を確信していた。だが、それは、過信だ。過信は、冷静さを鈍らせる。だから、簡単に連携を崩せる。お前達は、俺に斬られた時に、動揺して、互いを攻撃した。それが、敗因の一つだ」
「はは……なるほどな……。ちきしょう……」
敗因を聞かされた風塵は、ついに敗北を感じ、手を下げた。
柚月は、真月輝浄を発動し、ついに、風塵を殺した。
風塵は、目を開けたまま、前のめりになり、柚月は、すぐさま、真月を引き抜く。
風塵は、そのまま倒れた。
風塵が殺されるところを雷塵は、目撃してしまった。
「ふ、風塵……。がっ!」
風塵を求めるかのように、雷塵は手を伸ばすが、九十九は容赦なく、明枇を雷塵に突き刺した。
「てめぇの妖気と命、もらっていくぜ」
「……いいよ、でも、天鬼に勝てると思うな。お前達は、死ぬ。絶対にな!」
雷塵も、また敗北を察し、妖気と命を九十九に明け渡す。
だが、自分達を倒せても、天鬼を倒すことなどできるはずがない。
天鬼の勝利を確信したまま、雷塵も目を開けたまま、動かなくなり、息を引き取った。
「天鬼は確かに、つえぇ。けどな、最後まであがいてやる。絶対にな」
たとえ、雷塵に何を言われようとも、九十九は、絶望しなかった。
最後まで、生きぬくと決意し、明枇を鞘に納めた。
柚月も、八雲と真月を鞘に納め、九十九の元へ歩み寄った。
「何とか、倒したな」
「おう。でもよ。お前、聖印能力とか、あの力は、最後とっておくって言ってなかったっけ?」
九十九は、柚月に尋ねる。
柚月は、前から、九十九に告げていたことがあった。それは、聖印能力とあの謎の力は、天鬼と対峙するまで使用しないということであった。力を使い続ければ、いざという時に、使用できなくなるからだ。そのために、力を温存しておかなければならない。
だからこそ、柚月は、大群の妖との戦いでも、一度も使用しなかった。
だが、風塵と雷塵との戦いで一度だけではあるが、使用してしまった柚月。
九十九は、それが、不思議でならなかった。
「そうしたかったが、ここで、殺されるわけにはいかないだろ?」
「……違いねぇ」
生き抜くためには、使用するしかない。
柚月は、そう判断したようだ。
理由を聞いた九十九も納得した。
そして、互いに回復術が込められた石を発動させる。
傷は、再び、癒えたものの、その石は、見る見るうちに輝きを失っていく。まるで、使いきったように。
「これも、もう、使えないな」
「後は、自分が、生き延びるのを信じるしかねぇか」
「そうだな……」
柚月達は、あの大群の妖との戦闘で、何度も石を発動させ、そして、風塵と雷塵との戦闘で負った傷を癒すために、全て使いきってしまったのだ。
後は、自分達が、生き残ることを信じるしかない。
もう、後戻りなどできないのだから。
柚月と九十九は、進み始めた。天鬼の元へと。
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