第百五十四話 狂気が生まれた場所

 柚月と九十九は、先へと進む。

 黒い妖達は、どこにもいない。

 やはり、待ち構えているのは、天鬼だけのようだ。

 柚月と九十九が、ふと立ち止まる。たどり着いたのは、地獄の門であった。

 門は、天鬼によって完全に砕かれ、消滅している。その奥は、まがまがしい気配しか感じ取れない。何も見えず、真っ暗な闇のようだ。


「……ここが、地獄の門か」


「けど。天鬼は、いなさそうだな」


「待つなら、地獄だろう。あの石もそこにあるからな」


「確かにな。で、行くのか?」


「当たり前だ。なぜ、そんなことを聞く」


 地獄の先に天鬼がいることは間違いない。ならば、先へ進むのみだ。

 だが、九十九は、確認している。

 なぜ、聞いたか、柚月には、わからなかった。


「いや、行くの地獄だぜ?どうなるか、わかんねぇだろ?」


 これから、行く先は地獄だ。

 だが、九十九は、赤い月の日に天鬼が話していた事を思いだす。溶岩のように燃え盛る炎、凍り付くような水、全てを切り刻む風、貫かれる大地は、容赦なく柚月へと襲い掛かり、柚月は、何度も死を繰り返してしまうかもしれない。

 自分は、耐えられるが、柚月は、どうだろうかと彼の身を案じた九十九であった。


「覚悟は、とうに決まっている。この先へ行かなければ、天鬼を殺すことはできない」


「……そりゃ、そうだな。腹、くくるか」


 たとえ、この身がどうなろうとも、行くしかない。天鬼を殺すためには。

 柚月の覚悟を聞いた九十九も、覚悟を決めた。

 この地獄の奥で待つ天鬼を殺すために、柚月と共に先へ進むことを。


「行くぞ」


「おう」


 柚月と九十九は、ついに、地獄の門を潜り抜け、地獄へと入っていく。

 彼らが、地獄と言うのは、本当に地獄だった。

 あれほど、見えなかった地獄がうそのように見えて始めた。地面も壁も天井も真っ赤に染まっている。まるで、赤の世界。あの赤い月の日と同じ光景が浮かび上がってくるようだ。

 柚月達は、先へと進む。地獄の地水火風が柚月と九十九に迫りかかるが、柚月は、聖印に守られ、九十九は、妖気で圧倒する。どうやら、彼らも地獄の影響を受けないようだ。黒い妖達もいない。

 彼らは、先へと進んだ。

 そして、最深部。その最深部で、ついに、天鬼と再会を果たした。

 天鬼は、すでに、鞘から妖刀・煉獄丸を抜いている。

 柚月達を殺したくてたまらなかったのだろう。

 彼らを見るなり、天鬼は狂気の笑みを浮かべていた。今まで以上に狂った様子で。


「待っていたぞ。柚月、九十九」


「天鬼……」


 柚月は、天鬼をにらみつける。

 この男に、椿を、譲鴛を殺されたのだと思うと、憎悪が抑えられなくなりそうだ。

 反対に、九十九は、笑みを浮かべている。

 この時を待ちわびていたかのように。


「やっとだ。やっと、てめぇを殺せる。椿の仇をとれる」


「……ああ、やっとだ。やっと、お前達と殺し合いができる。この地獄でな!」


 天鬼は、妖気を放ち、殺気を帯びた目で、柚月と九十九を見ている。

 妖気に反応するかのように、大地が揺れる。今にも崩れそうなほどだ。

 それほど、天鬼が感情を抑えられないということなのだろう。

 天鬼は、喜んでいるようにも思えたのだから。


「ここは、素晴らしいところだろう?何度見ても」


「何度見ても?」


 柚月は、天鬼に問いただす。

 何度という事は、一度や二度というわけではなさそうだ。

 天鬼は、今と妖刀・煉獄丸を手に入れた時以外に、ここを訪れたことになる。いつだというのであろうか。

 そうそう、あの地獄の門を開けられるはずがない。

 その度に、天鬼は、命を削ったということになるのだから。

 浮かび上がった疑問を天鬼は、答えるように語り始めた。


「そうだ。私は、この地獄に来たのは、三度目になる」


 そう、天鬼は、今と妖刀・煉獄丸を手に入れた時以外にここを訪れたようだ。

 だが、何のために、訪れたのだというのだろうか。あの血霞を手に入れるためであろうか。

 柚月と九十九は、思考を巡らせるが、天鬼から意外な事実を聞かされることになろうとは、思いもよらなかった。


「二度目は、この煉獄丸を手に入れるため。そして、最初は……両親に放り出された時だ」


「え?」


 柚月と九十九は、驚愕し、目を見開く。

 天鬼は、両親に捨てられたのだ。 

 しかも、地獄に放り込まれて。

 これは、九十九でさえも、知らなかった話のようだ。


「私が生まれたのは、五百年前だ。その時から、私は強大な力を宿していた。だが、その力を恐れた両親は、私を地獄に放り込んだのさ。殺されると思ったんだろうな。よほど、妖王の座を守りたかったらしい。息子よりもな」


 天鬼の父親は、妖王であった。

 派閥争いで、幾度となく、戦いを強いられてきたが、その強力な力ゆえに、圧倒し、妖王の座を守り抜いてきた。

 だが、天鬼が生まれた時、両親は、感じ取ったようだ。天鬼の強大すぎる力を。

 天鬼の父親は、彼が生まれた瞬間、恐怖に陥ったのだという。

 このままにしておけば、天鬼は、必ず、自分を殺して、妖王の座に就こうとするのではないかと、混乱するほどに。

 だから、天鬼の父親は、天鬼を地獄に放り込んだ。母親の制止も聞かず……。


「私は、地獄で生きながらえた。まぁ、強大な力を持っていたから、私も地獄の影響を受けなかった。お前達のようにな」


 強すぎる力は、地獄の影響を受けなかった。

 そのため、天鬼は、地獄で、たった一人で生きてきたのだ。誰からの愛情を受けることなく、孤独に。

 強すぎる力の影響により、天鬼は、生まれた時からの記憶を覚えていた。自分が、生まれてすぐ、父親は、恐怖で発狂し、自分を地獄に放り込んだ時の事を。

 だが、あまりにも理不尽であった。強大な力を持っているだけで、なぜ、地獄に放り込まれなければならないのか。

 答えは、至極簡単なことだ。息子よりも、自分を守りたかった。ただ、それだけの事。

 その答えにたどり着いた瞬間、天鬼は、地獄に放り込んだ父親も、止められなかった母親も憎んだ。

 彼は、憎悪を抑えることができなかった。


「私は、復讐を決意した。理由もなくこの地獄へ放り込んだ両親への復讐をな。そのために、あの血霞を手に入れた」


「ま、それは、俺が燃やしてやったがな」


「そうだったな」


 復讐を果たすべく、血霞を手に入れた天鬼。あの血霞は、元々、人間が使っていた刀らしい。

 だが、地獄の影響により、妖刀へと変貌したそうだ。

 それは、天鬼にとって最大の武器となった。

 九十九の九尾の炎で燃やされてしまったが、今となっては、どうでもいいことのようだ。

 煉獄丸を手に入れられたのだから。


「親父によって、放り込まれた妖共を殺し続け、私は、力をつけた。そして、私の命を削って、この門を一瞬だけ破壊して、外に出た」


 天鬼の父親は、命を狙ってきた他の派閥の妖を殺し、その頂点に立つ妖のみを地獄に放り込んだという。

 放り込まれた妖は、彼の恨みを果たすべく、息子である天鬼に怒りを向けたが、返り討ちにしたらしい。

 だが、天鬼にとっては、都合がよかった。妖を殺せば、妖気が手に入るのだから。

 そして、妖との殺し合いを続けた天鬼は、門を破壊する方法を聞きだした。

 天鬼は、すぐさま実行に移し、自分の命を差し出して、一瞬だけ、門を破壊して、外に出た。

 ここまで、聞かされた柚月達は、予想していた。外を出た後、天鬼は、両親を殺したのだろうと。


「出た後は、お前達の予想通りだ。両親を殺してやった。まぁ、妹がいたみたいだが、あいつは、逃がしてやった。殺す価値もなかったからな」


 柚月達の予想通りであった。天鬼は、すぐさま、両親を殺したらしい。命乞いをしようとも、容赦なく。

 その時だ。天鬼は、初めて、兄弟がいる事を知ったのは。

 妹は、天鬼を見るなり、怯えたそうだ。

 だが、天鬼は、妹を殺さず、逃がしたようだ。彼女の行方は、天鬼さえも、知らない。彼女が、どこで、何をしていようと天鬼には、どうでもよかったのだから。


「私は、妖王となり、力で、支配してやった。まぁ、向かってくる奴は、殺してやったがな。だが、何か足りない気がした」


 妖王となった天鬼は、力で全ての妖達を統一させた。

 といっても、刃向う妖達もいた。

 聖印寮の隊士達にも命を狙われるようになった天鬼は、誰彼構わず、返り討ちにしたらしい。 

 だが、天鬼にとって、虚無のような気分だったのだろう。あの地獄でのような死闘を外に出てからはできなかった。向かってくる妖や人間が天鬼にとっては弱すぎて。


「そんな時に現れたのが、お前だ、九十九。お前は、強かった。そこで私は、気付いた。強い者同士の殺し合いこそ、私が求めていたものだと!」


「狂ってる……」


 天鬼が、求めていたものは、聖印京を滅ぼし、強い者と殺し合いができることだった。

 柚月は、わかってはいたものの、やはり、理解できそうにない。天鬼の過去を聞かされても。


「そうだろうな。だが、貴様は、裏切った。人間の娘に心を奪われたからな。残念だったぞ」


「裏切ったつもりはねぇ。はなから、部下になったつもりもねぇからな」


「……まぁ、いい。貴様が、裏切ってくれたおかげで、柚月とも殺し合いができるわけだしな!この地獄で!」


 天鬼は、再び、妖気を放つ。

 彼との死闘が、始まろうとしていた。


「さあ、殺し合いを始めようぞ!」

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