第九十六話 血を浴びて
九十九は、聖印京へと侵入する。
今日はいつにも増して隊士達が多い。
それもそうであろう。一週間で、何人もの人間の命が奪われたのだ。それも妖狐の手によって。しかも、その妖狐は結界をすり抜けてしまうと言われている。
警戒するのも無理はない。
彼らの様子を見ていた九十九は、不敵な笑みを浮かべている。
窮地に陥るかもしれないというのに嬉しそうだった。
「増えてやがるな。退屈せずに済みそうだぜ」
九十九は、妖刀を抜き、肩にかける。
九十九の眼は殺気に満ちていた。隊士達を殺すつもりなのであろう。
九十九の目的は聖印一族の殺害。そのためなら、隊士達を皆殺しする気だ。
まさに、残虐な妖と言ったところだ。本来の妖の姿なのであろう。
九十九は、警戒している隊士達の目の前に立ちふさがった。
「き、貴様は!妖狐!」
「そうだ。なんだ?俺を知ってるのか?」
突然、九十九が現れ、隊士達は、驚愕していた。
まさか、堂々と正面から現れるとは誰が予想していたであろうか。背後や横から狙われるかもしれないと警戒していたのだ。
九十九は余裕の笑みで、隊士達を見ている。
多数の隊士達を相手にたった一人で立ちはだかるというのだが、それほど自信があるのだろう。
彼らに負けるはずがないと。
隊士達は、おびえながらも宝刀や宝器を手にしていた。
「当たり前だ!お前は、平和を脅かした凶暴な妖だ!この手で殺してやる!」
隊士達は、九十九に向かって斬りかかるのだが、九十九は動こうとしない。
隊士達を待ち受けているかのようだ。
隊士の一人が、九十九に向かって斬りかかるのだが、九十九はいとも簡単によける。隊士は、驚愕し、動揺した隙を狙って、九十九は隊士の背中を突き刺した。
続けて他の隊士が、斬りかかるが、九十九は一気に隊士の首を斬り落とし、他の隊士達も次々と切り裂かれ、刺殺された。
何とも残虐な殺し方なのだろう。これが妖かと思うほどに。
最後の一人になった、隊士は、怯えていた。
九十九は容赦なく、隊士に襲い掛かった。
「ぐああああっ!」
最後の隊士が、絶叫を上げる。
九十九は、最後の隊士を妖刀で貫いた。
隊士の命を吸い取り、容赦なく妖刀を抜く。
隊士は、目を開けたまま、倒れ込んだ。
「よえぇんだよ。てめぇらは」
九十九は全身に血を浴び、妖刀を振り落として、血をぬぐった。
血に染められた九十九は、美しく残酷に見える。
彼の周りで横たわる無数の死体は、まさに地獄絵のように感じるだろう。
「あっけなかったぜ。聖印一族ってのはこんなもんか」
九十九は、妖刀を肩に担ぐ。
隊士達がこれほどまでに弱いと思ってもみなかったのだろう。
天鬼が言うほどではないと。
これなら、聖印一族の命を奪えるかもしれない。
そう、九十九は確信していた。
だが、その時であった。
「!」
一瞬の出来事だった。
九十九は、気付かないうちに背中を刀で斬られていたのだ。
しかも、宝刀の力を発動されている。
これは、かなりの痛手だ。
九十九は、激痛のあまり、うめき声をあげ、片膝をついた。
――な、なんだ?なんで、斬られてんだ?何が起こってやがる?
自分の身に何が起こったのか九十九も理解できていない。
油断していたとは思えない。
だが、実際には斬られている。
九十九は、背後に迫られていたとしても、気配を察知することができる。
ならば、なぜ、斬られてしまったのか。それもいとも簡単に。
答えが出ないままの九十九であったが、何人もの人間が九十九の周りを取り囲むように集まっていた。
「妖め。まさか、こんなにも簡単に引っ掛かってくれるとはな」
「なっ!」
九十九は、この時気付いた。
罠にはめられたのだと。まさか、自分が罠にはまってしまったとは思ってもみなかったであろう。
動揺が隠せない様子だった。
「奴は、まさか……おとりか?」
「ああ、自分がおとりにされているとは気付いていなかったがな」
なんとも非道であろうか。
殺された彼らは、自分達がおとりにされているとは、聞かされていないようだ。
人間にも自分たちと同じ非道なことをする奴らがいたのかと思うと呆気にとられてしまう。
人間も妖も同じだと。殺すためなら手段を選ばない。人間の本性が垣間見えた瞬間であった。
九十九は、ふと疑問に思ったことがある。
自分が斬られたのは、明らかに人間業ではない。となれば、答えた一つに絞られていた。
「今のは、聖印の力ってやつか?」
「その通りだ。私は万城家の者だ。万城家の聖印は時を操る力を授かっている」
「厄介だな。そりゃ。けど、楽しめそうだぜ!」
九十九は、立ち上がり、構える。
聖印一族の力がこれほどまでに厄介なものだとは思ってなかったのであろう。天鬼が聖印一族が自分達にとって危険だと語ったのもうなずける。
だからと言って、逃げるつもりはない。
厄介な一族だからこそ、殺しがいがある。聖印一族の魂は極上だ。寿命をいくらでも伸ばすことができるであろう。これは、九十九にとって絶好の機会だ。逃せるはずがない。
九十九は、地面をけり、一族に斬りかかった。
だが、一族は何もしてこない。挑発しているのだろうか。そう考えた九十九であったが、逆に挑発に乗ってやろうと斬りかかった。
だが、彼らに迫る直前、何者かが九十九の眼の前に立ちはだかる。
なんと、妖だ。自分と同じ妖が、目の前にいた。
「!」
九十九は、急に足を止める。
妖は、九十九に攻撃を仕掛けてきた。
九十九は、とっさによけ、後退した。
――妖が、俺を攻撃しただと!?
九十九は理解できなかった。
なぜ、妖が聖印京にいるのか。なぜ、妖が自分を攻撃してくるのか。妖が人間に味方したとでもいうのだろうか。九十九は思考を巡らせるが、答えは出てこない。
すると、聖印一族は冷静に説明し始めた。
「驚いているな。私は蓮城家の者だ。蓮城家の聖印は、妖を操る力を授かっている。私の手で殺さなくても妖が勝手にお前を殺してくれるということだ」
「胸糞わりぃぜ」
「お前に言われたくないな」
九十九は、動揺を隠せずにいる。まさか、妖を操ることができるとは予想外のようだ。これほどまでに、聖印一族の能力は厄介だったというのであろうか。
この状態でどうも分が悪い。
九十九は、初めて自分が追詰められていることを思い知らされたのであった。
「さあ、もう、逃げ場はないぞ」
「ちっ。さすがに、やべぇな」
九十九は危機感を感じていた。
だが、聖印一族達は、容赦なく九十九に斬りかかる。
数々の刃が九十九をとらえようとしていた。
だが、九十九は妖気を放ち、聖印一族を吹き飛ばした。
聖印一族は四方八方の吹き飛ばされ、地面に倒れ込む。
この状態では起き上がり、攻撃を仕掛けるのに時間がかかるであろう。
九十九は、その隙を狙って、攻撃することなく、逃げ始めた。
「逃がすな!追え!」
聖印一族が叫ぶと、次々と隊士達が九十九を追いかけ始める。
なんと、他の隊士達を待機させていたようだ。
予想外の展開に、九十九は動揺し、ただひたすらに逃げていたのであった。
聖印京がそんな状況であると知らされていない椿は、一人、部屋にいた。
華押街から戻ってきた椿は、柚月や朧に会いに行こうとするが、奉公人や女房に止められてしまう。それも強くだ。
思った以上に困難を極めている。彼らに会うには時間がかかりそうであった。
「柚月、朧、大丈夫かな……」
椿は、彼らのことが気がかりで仕方がない。お互い、一人にさせられ心細く思っているのだろう。縛られた状態と言っても過言であろう。
椿は、ため息をついて櫛を手に取る。それは、紅の櫛だ。かつて、自分の誕生日の時に柚月が自分にくれたものだ。椿にとっては宝物である。
何か辛いことがあっても、櫛を見るだけで勇気づけられている気がするのだ。
どんな宝刀や宝器よりも心強いものなのであろう。
「大丈夫よね、きっと。明日になったら、会ってみよう」
椿は、明日、柚月と朧に会うことを決意した。
誰が何と言おうとも彼らの側にいるべきだ。自分は二人の姉なのだから。
そう思っていた矢先であった。
いきなり、足音が聞こえてくる。
それも、急いでいるようだ。
何かあったのではないかと不安に駆られる椿。
その直後、勢いよく御簾があげられ、一人の奉公人が現れた。
「椿様、大変です!」
「どうしたの!?」
「はい、申し上げます!妖狐が北聖地区に侵入!逃亡を続けているようです!」
「!」
妖狐が北聖地区に侵入したと聞かされた椿は、宝刀を手に持ち、廊下を走る。
この事はおそらく、三美達にも知らされているだろう。急いで彼女達と合流しなければならない。
妖狐はどこに逃げ込んでいるかわからない。早く見つけて仕留めなければ。そうでなければ、柚月と朧の身にも危険が迫るかもしれない。
焦燥にかられた椿は、急いで屋敷を出ようとした。
だが、その時であった。
「きゃああああっ!」
女房の悲鳴が聞こえ、椿は、方向を変えて、女房の元へ向かう。
椿が女房を発見すると、女房は、腰を抜かし、体を震わせていた。
「どうしたの!?」
「あ、妖が、向こうのほうへ……」
女房は震えながらも指をさす。
よほど怖かったのだろう、目から涙をこぼしていた。
「鳳城家に侵入してたのね。怪我はない?」
「は、はい」
「よかった。あなたは、柚月と朧を安全な場所へ連れていって」
「つ、椿様は……」
「私は、妖狐を追うわ。大丈夫、安心して」
「お、お待ちください、椿様!」
女房に制止させられたが、椿は構わず、走り始めた。
侵入した妖狐を追って。
――妖狐……どこにいるの!
椿は、汗をぬぐいながらも走り続ける。
妖狐を見つけるために。
「どこにもいないみたいね……」
鳳城家の敷地内をくまなく探したが、妖狐は見つけられない。
柚月と朧は無事であろうか。屋敷の者たちは逃げられたであろうか。不安と焦燥が椿を覆い尽くしそうだ。
万が一の事も考えると恐怖に締め付けられそうになる。
椿は、必死に耐え、あたりを見回した。
その時、多数の足音が近づいてくるのが聞こえてきた。
椿は振り返ると、多数の隊士達が椿の元へと駆け付けていた。
「椿!」
「あなた達は、討伐隊の……」
「ああ、出動命令が出てな」
「そう。妖狐は見つかった?」
「いや、まだだ。探してみたんだけどな。もう、ここにはいないのかもしれないな」
「そうね……」
――けど、本当に、ここにはいないのかしら……。
椿は、うなずいてはいたが、どこか納得していない様子だ。
妖狐は、本当に鳳城家の屋敷から出たのであろうか。あの包囲網から抜けられるとは思えない。まだ、この敷地内潜んでいる気がする。
これは、椿の経験ではなく勘だ。あてになるわけではないが、この時は、そうとしか思えなかった。
すると、椿は、ふとあることが頭をよぎった。
「もしかしたら……あそこにいるんじゃ……」
椿は、何か気付いたらしい。彼女はすぐに駆けだしてしまった。
「椿!待て、一人で行くな!」
突然、走り始めた椿に対して、隊士達は驚愕し、追いかけようとしたが、すでに椿の姿は見当たらなかった。
隊士達は、椿を探し始めた。
椿はとある場所に来ていた。
そこは、離れだ。
かつて、柚月や朧、三人で蛍を見に行った場所だ。また三人で見に来ようと約束したのだが、今の状況では難しい。もう約束は果たせないのではないかと思うほどに。
だが、今は、感傷に浸っている場合ではない。妖狐を探さなければならない。
ここなら、誰にも見られることはないため、隠れやすい。椿は、可能性にかけ、探し始めた。
だが、妖狐の姿はどこにも見当たらなかった。
「いない……。いるはず、ないか……」
やはり、いるはずない。そうあきらめかけていた椿であった。
だが、突然、どこからか物音がした。
「誰!?誰かいるの!?」
椿は、宝刀を手に持ち、構える。
すると、誰かが倒れる姿が目に映った。
「!」
椿は、驚愕して、身が硬直してしまう。
なんと、椿が目撃したのは怪我を負った九十九であった。
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