第七章 九十九と椿の恋歌

第九十三話 悲しみに耐える憧れの華

――ずっと、一人だった。そんな気がした。家族も仲間も友達もいたけど。自分のことを知った時、孤独に感じた。わかってくれる人がいない気がして……。彼に、会うまでは……。


 もう、過去の事、五年前の事だ。聖印一族と妖の戦いは激しさを増していった。

 いつか、この戦いに終わりが来るはずだ。必ず聖印一族が勝つ。そう信じて一族は戦い続けてきた。

 だが、いつかとはいつの事なのか……。本当に、自分達が勝利するのか。千年も前から続く戦いに終わりなど見えない。永遠に続くように思えた。

 聖印を持つ者は誰であっても、妖と戦わなければならない。女であっても子供であってもだ。聖印をその身に刻んでいる限り一族の宿命からは逃れられない。

 彼女もそうであった。

 彼女の名は、鳳城椿。年は、二十歳。長い黒髪を頭上で一つに束ねている美しい女性である。聖印一族を取りまとめる鳳城家の娘であり、討伐隊・第一部隊・第一班に所属している隊長だ。

 聖印寮初の女隊長である。彼女はそれほどまでに聡明で強い。まさに才色兼備と言ったところであろう。そんな彼女に憧れ、彼女を目標とした者もいた。柚月も朧も……。

 だが、彼らは知らない。彼女は、何を思って戦ってきたのか。なぜ、強くあろうとしたのか……。気付くものはいなかった。

 そう、”彼”以外は……。

 椿は、部下達と共に妖の討伐任務へと励んでいた。

 妖の数は多かったが、倒せない数ではない。

 椿が指示を出し、部下達は指示通りに、妖を討伐していく。

 こうして、椿達は、課せられた任務をこなしていった。


「今日も、任務完了ね。みんな、怪我はない?」


「はい、ありません!」


「椿様のおかげっす!」


「よかったわ」


 彼女の元へ駆け寄ったのは、二人の少年少女。籠野目遼かごのめりょう籠野目椎奈かごのめしいなだ。遼と椎奈は双子であり、共に忍びである。

 双子のためか、共に元気で明るい。

 他の隊士達も椿の元へ集まった。

 彼らは、無事に怪我なく討伐できたようだ。

 彼らの様子を見た椿は、内心ほっとしていたが、表情には出さない。

 あくまでも、隊長らしく務めるために。


「さあ、戻るわよ」


「はい」


 椿は、部下を連れて聖印京へ戻ってくる。

 聖印京はいつも通りだ。街は賑やかで、活気に満ちている。

 それもそのはず、都は、聖印寮が守ってきたからだ。

 彼らが、いなければ、この都はとうの昔に滅んでいただろう。

 都の様子を見るたびに椿は、安堵していた。また、戻ってこれてよかったと。


「戻ってこれてよかったね~。あ、皆であんみつ食べにいこよ~」


「あんた、本当にあんみつが好きね。男のくせに」


「いいじゃん。あんみつは、甘いし、美味しいし。僕、だぁい好き。隊長も好きですよね~?」


「ええ、美味しいものね」


「ほら」


 隊士達にあんみつを食べに行こうと誘ったのは、秋穂志麻あいおしま。かわいらしい少年であり、あんみつが大好き。どちらかと言うと少女のようにも見える。だが、こう見えて体術には自信がある。見た目だけでは判断してはならないと気付かされるほどに。

 そんな彼に対して、話しかけていたのは、時任五十鈴ときとういすず。冷静沈着であるのだが、その言動はどこか嫌味のように聞こえてしまう。本人は、決して、そんなつもりはない。

 志麻に誘われ、他の隊士達も行く気満々だ。

 もちろん、椿もあんみつは好きだ。だが、椿は、やらなければならないことがあった。


「でも、私は、やめておくわ。月読様に報告しないといけないし」


「大丈夫?椿」


「大丈夫よ、心配しないで」


「そう……」


 彼女を心配そうに見つめる女性は、箭原三美やはらみみと言う名の陰陽師だ。

 彼女を常に支えている。いわば右腕的存在だ。

 三美は心配そうに尋ねるのだが、椿は、気丈に振る舞う。まるで、本音を隠すかのように。


「じゃあ、行ってくるわね」


「行ってらっしゃい」


 椿は、部下たちに別れを告げ、歩き始めた。

 その後姿はとても美しい。部下達や街の人々が見とれてしまうほどに。

 彼女の美しさは、聖印京一と言っても過言ではないだろう。


「さっすが、椿様だよね~。美人だし、かっこいいし、強いし。憧れるなぁ~」


「あんた、男なのに、椿様に憧れるの?」


「そりゃあ、憧れるよ~。当然!」


 五十鈴に尋ねられても、堂々と答える志麻。

 彼は本当に椿に憧れているようだ。


「でも、私も憧れる!椿様の部下でよかったって思うもの!」


「ね~」


「ま、それもそうね」


 椎奈も彼に便乗する形で語りだす。

 やはり、同じ女として椿は憧れの的なのであろう。

 それは、五十鈴も同じだ。

 彼女のおかげで無事に都に戻ってこれたのだから。

 だが、三美だけは様子が違った。彼女を心配していたようであった。


「大丈夫かな、本当に……」


「どうしたんっすか?心配事でもあるんっすか?」


「うん。ちょっとね……」


 三美は椿と同期の仲だ。そのため、椿の様子には気付いているつもりだ。それでも、彼女は、弱音を言わず、気丈に振る舞う。三美は心配でならなかった。

 遼は、何かあったのかと尋ねるが、三美は答えられなかった。



 椿は、月読に任務のことを報告しに行くため、本堂へ向かっていた。

 だが、椿にとって、南堂は長い道のりのように思える。

 月読に会わなければならないと思うと気が進まない。それでも、隊長としての務めは果たさなければならない。それが自分に課せられた運命なのだと言い聞かせて。

 椿は、南堂へ向かっていく途中で南堂から出てきた少年を発見した。

 その少年は、少女のような顔立ちをしている。かわいいというよりも美しいといったほうがいいのだろう。まるで、人形のようだ。

 だが、少年はひどく落ち込んだ様子でとぼとぼと歩いている。

 椿が心配していしまうほどに……。

 少年の様子を見た椿は、少年の元へ駆け寄った。


「柚月!」


「姉上……」


 椿に声をかけられた少年・鳳城柚月は見上げる。

 椿の顔を見ても、明るさを取り戻せないようだ。

 何か、あったのだろうか。

 柚月の様子を見た椿は、不安に駆られていた。


「どうしたの?」


「うん、銀月、使えなくて……。聖印も思うようにできなかった……」


「そう……」


「母上、怒ってた。頑張らないといけないのに……」


 ここのところ、月読は柚月に対して、厳しい修行をさせている。

 月読の姉・天城矢代の最高傑作と言える銀月を使いこなせるように。また、彼の聖印能力は、最強とも言われている。彼に多大な期待を抱いているのであろう。

 だが、肝心の柚月はどちらも使いこなせていない。その度に、月読から厳しい言葉を浴びせられている。

 十二歳の少年にとっては、耐えられないほどであろう。

 柚月が落ち込むのも無理はない。柚月も必死になって修行しているのだが、成果が見られないようだ。

 そんな柚月に対して、椿は優しく声をかけた。


「柚月、焦っちゃ駄目よ?聖印は、心の強さに反応するんだから。焦るとできるものもできなくなっちゃうわ」


「うん」


「お母様に報告したら、一緒に修行しましょう。私と一緒ならうまくやれそうでしょ?」


「うん!ありがとう、姉上!」


「じゃあね」


 やっとの事で明るさを取り戻した柚月。

 柚月は、椿との修行を楽しみにしているようだ。

 彼の様子をうかがっていた椿は、内心ほっとしていた。

 椿は、柚月が手を振り、屋敷へと駆けだしていくのを見守るように見ていた。

 だが、彼がいなくなった瞬間、眉をひそめる。怒りが満ちたかのように……。


「また、柚月に厳しい修行をさせたのね……」


 椿はため息をつく。

 月読は冷酷だ。自分や朧には冷たく、柚月に対しては厳しい。柚月を鳳城家の跡取りにしたいのだろう。だが、椿は、やり過ぎなのではないかと思うほど厳しい。

 もう少し、母親らしいところを見せてほしいと思うのだが、それすらも叶わないのであろう。

 柚月や朧がとても不憫に思えてきた。


「失礼します」


 椿は、怒りでどうにかなりそうであったが、少し心を落ち着かせ、冷静さを取り戻し、南堂へと入った。

 椿が入ってきた途端、月読はじろりと椿を見やる。

 鬼のように冷たい目が椿の目をとらえた。

 それでも、椿は平然として、月読の目を見つめていた。隊長として、柚月と朧の姉として。


「戻ってきたのか、椿」


「はい」


 椿は、月読の元へと歩み寄る。 

 それでも、月読は何も言わない。椿に関して関心がないようにも思える。

 椿は、静けさに耐え、話し始めた。


「報告申し上げます」


 椿は、任務の報告を始める。

 月読はただ、黙って報告を聞いている。

 椿は、何度も月読の顔を見るが、月読は目を合わそうとしない。椿は、そのまま報告を続けた。

 話し終えた後でも、月読は黙ったままであった。


「……」


「あの、月読様?」


「もう、よい。下がれ」


「……」


 何も言わない月読に対して、不安に駆られる椿。

 何か言ってほしいと願うのだが、やはり、月読は黙ったままだ。

 沈黙に耐えられず、椿は問いかけたが、ようやく月読の口から出てきた言葉は冷たい言葉だ。

 「ごくろうだった」などと言った言葉はかけられない。いつもの事だ。

 妖を討伐して当たり前なのだろう。

 椿は、黙ってしまったのだが、下がるつもりはなかった。 

 どうしても言わなければならないことがあったのだから。


「あの、お母様、お話したいことが」


「なんだ?私は忙しいんだが?」


「……柚月の事です」


「柚月がどうした?」


「少し、厳しすぎるのではないかと。あの子、落ち込んでいました」


「それは、お前が言うことではない。それに、こんなことで落ち込んでいたら当主は務まらないだろう」


「ですが、あの子はまだ、十二歳です」


 柚月は、次期当主候補であり、そのために、強くならなければならないのであろう。だが、限度というものがある。厳しすぎる修行は柚月のためになっていない。

 柚月の教育に対して、椿は何度も月読と衝突してきた。それが姉の務めなのだと自分に言い聞かせて。


「お母様、もう少し見守ってあげてください。あの子なら、きっと……」


「お前は口出しすることではない!」


 月読が声を上げる。

 こうなってしまっては何も言い返せない。

 椿は黙ってしまい、月読はため息をついた。


「報告は終了した。ここから出ていきなさい」


「……失礼します」


 椿は、南堂を出た。月読の眼を合わそうとせずに……。



 南堂を出た椿はため息をついた。

 とても、深いため息だ。

 悔しさと悲しみを吐きだしたかのようであった。


――やっぱり、お母様は私の話なんて聞かないわよね……。だって、私は……。


 椿の眼は悲しみを滲ませていた。

 泣きたい気持ちになるが、泣くことはしない。ここで、弱音を吐くわけにはいかないのだから。


「帰ろう……」


 椿は、少しあきらめたかのように屋敷へと戻っていった。

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