第九十二話 真実はとても残酷で

「姉上が牡丹さんの……」


 柚月は、姉の椿が、牡丹の子であると知り、戸惑う。

 当然だろう。共に育ってきた姉が実は、母親が違っていたなど思ってもみなかったことだ。

 柚月は、今まさに、半信半疑の状態であった。


「ということは、姉上は俺達と……」


 柚月は、牡丹に問いかける。

 椿は、自分達とは、血がつながっていないのではないかと。

 彼の問いに対して、牡丹は首を横に振って答えた。


「違うんや。血はつながってる。半分ね。あの子の父親は、鳳城勝吏や」


 柚月は、驚愕していた。 

 椿とは、異母兄弟であったのだ。


「あたしと勝吏は、恋人やったんや。任務の時に訪れてな。一目ぼれしたんやって。あては、興味なかったんやけどな。なのに、あの人見とったら、いつの間にか惹かれてたわ」


 牡丹は、勝吏とのなれそめを語り始める。

 牡丹の表情はとても穏やかだ。その時の想いがよみがえったかのように。

 牡丹も思いだしていた。勝吏と始めて会った事、それ以来、勝吏に何度も告白された事、勝吏の情熱に押され、ついに、降参し、勝吏のつき合うことになった事。様々な出来事が、牡丹の脳裏に思い浮かぶ。まるで、昨日の事のように。

 しかし、幸せな日々は長くは続かなかった。


「やけど、縁談が持ちあがってな。別れたんや。……勝吏は、知らんかったんや。あたしのおなかの中に、勝吏の子がおることに」


 牡丹は、悲しそうな表情で語りだす。

 勝吏との別れやおなかの中に椿を身ごもったことは、今でも鮮明に覚えている。

 椿を身ごもったと知った牡丹は、椿を一人で育てようと決意したらしい。

 だが、この時の牡丹は何も知らなかった。牡丹、勝吏、月読の複雑な関係に。


「やけど、知られてしもたんや。月読にな」


「……なぜ、ですか?」


「偶然やったんやけどな。あの子、あたしの親友やったんや」


「母上とですか!?」


 柚月は、驚愕する。あの月読と牡丹が親友だったことに。

 想像もできないであろう。あの冷酷な月読に親友がいたなどと。

 今の月読では考えられないことだ。

 柚月の様子を見て牡丹は、苦笑していた。


「そうや、なんでも、道具の材料を探してここに来たんやと。矢代はんも、あの子に紹介されて、この店に来たんやで」


「そう、だったんですか……」


「そうや。……やけど、知らんかったんや。あても、月読も。愛した人が同じ人やったなんて。偶然、月読はあの子が聖印持ちやったことを知ってな。問い詰められたんや。なんも知らんあては、全て話してもうた。聞いた後は、血相変えて出ていったわ」


 何とも、残酷な真実であろうか。縁談とは言え、月読も勝吏を愛していた。牡丹と同じくらいに。

 あの日、いつものように、材料を調達しに来た月読は、赤ん坊を目撃してしまう。

 牡丹に、子供ができていたとは知らされていないため驚愕した。

 だが、事実はそれだけではなかった。その赤ん坊は、なんと聖印が体に刻まれていた。それも、鳳城家の。

 月読は、牡丹に問い詰め、牡丹は正直に話してしまった。

 お互い何も知らなかったとはいえ、月読は、裏切られた気持ちになったのだろう。全てを聞かされた途端、月読は何も言わず、店から出ていったという。


「その次の日やったな。月読が来たのは。突然、椿を鳳城家として迎え入れるっていわはったんや。一族には掟があるらしいな。聖印を持っていない人間とは結婚は許されないって。ましてや、結婚もしてないのに、聖印を持つ子供がおったなんて知れたら、大問題になるんやと」


 あの後、月読は勝吏に牡丹との関係を問いただし、軍師に聖印持ちの子供がいることを報告したようだ。

 月読は、隊士とともに店を訪れた。 

 その時の月読の眼は、冷酷で冷たい目をしていたそうだ。まさに、氷の女帝と言ったところであろう。

 彼女は、淡々と説明し、牡丹から椿を奪い取ってしまった。

 自分の娘として育てると……。


「せやから、椿は、鳳城家の人間になったんや。あては、会うことは許されても、母親と名乗ることは許されへんかった……」


「なぜ、母上は、そのような事を……」


 いくらなんでも残酷すぎる。

 これほどまでに、月読が冷酷で残忍だったとは思いもよらず、愕然としていた。

 自分の母親がそのような事をしたと思うと柚月は牡丹に対して、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 なんといって謝ればいいのか、柚月は、言葉が見つからなかった。

 月読が、なぜ、そのような事をしてしまったのかも、理解できなかった。


「軍師様が下した決断やっていわはったよ。信じてへんけど。それ以降は、あの人には一度もおうてないんや。顔も見たくないわ……」


 牡丹は、月読に対して、憎しみを抱いているように柚月は思えた。

 当然だ。大事な娘を奪われたのだから。聖印を持っているという理由だけで……。


「あの……」


「謝らんでええ。あんたら、子供に罪はない」


 柚月は、謝罪しようとするも、牡丹は、微笑んで制止する。

 牡丹は、決して柚月達を責めているわけではなかった。


「やけど、椿とは会うことはできたんや。矢代はんが紹介してくれたんよ。あの子、矢代はんとは、仲良かったから。ええ、相談相手がおるってな。ほんま、ええ人や」


「……」


 椿は、月読から冷たくされていたのは、柚月も知っている。なぜ、あのようなことができるのかと思うほどに。

 だが、その理由も牡丹の話を聞いて理解できた。

 そう思うと椿は、どれほどつらい思いをしてきたのだろうか。実の母親と思っていた人物から冷たくされていたのだから。それも、何も知らずに……。

 そんな椿と牡丹を救ってくれたのは矢代のようだ。

 椿は、矢代の事を姉のように接していたらしく、矢代も椿の相談相手になっていた。

 牡丹と椿の心情を察した矢代は、二人を引き合わせてくれた。

 矢代のおかげで牡丹は、椿と再会できたのだ。


「あの子、聖印一族の人間として立派に育ってたわ。やけど、無理してたみたいや。せやろうな。あない若いおなごが命かけて戦うなんて……。だから、せめて、相談相手になろう思うたんや」


「そう、だったんですね……」


「大変やったみたいやな。いろんな話してくれたわ。戦いの事も月読の事も、あんたらの事も……」


 実際、椿は相当無理をしていたようだ。

 妖との戦いに明け暮れ、月読には冷たくされてきたのだから。

 そして、柚月と朧の前では、立派な姉になろうと背伸びをしていたのだろう。

 椿の事を思い返すと、柚月は、後悔ばかりが募っていく。

 椿がどれだけ耐えてきたのかと思うと……。自分が強かったら、少しでも椿の支えになれたのではないかと……。


「やけど、あの子、嬉しそうな顔してここに来た時があってな。理由を、話してくれたんや。好きな人ができたってな」


「そうなんですか!?」


「知らんかったやろ?誰やと思う?」


「……わかりません」


「九十九はんや」


「え?」


 柚月は、驚いていた。

 九十九と椿は恋人同士だったのだ。

 柚月は、気付いていなかった。まさか、姉に恋人がいて、しかも、その恋人が九十九だったとは。


「って言うても、聞いたわけやないで。誰なんかは教えもらえんかった。矢代はんからあとで聞いたんや。まぁ、会わせられないいわはったから、そやろうとは思うてたけど」


「あの、九十九の事は……」


「全部、知ってるよ。あの子を殺したんは、九十九はんやってことも……。矢代はんが教えてくれたんや。その櫛を持ってな」


 椿は思い返す。

 矢代から、櫛を渡され、椿が九十九に殺された事を知った時は、どれほど泣いたか。

 もう、二度と椿に会えないと思うと後悔ばかりが募っていた。

 自分が母親であることを名乗ればよかったと。無理やり連れ戻せばよかったと。聖印一族になってしまったばかりに、悲劇は起こってしまったのだから。

 そう思うと奪っていった月読の事も、最後まで反対せずに承諾した勝吏の事も、椿を殺した九十九の事も憎まずにはいられなかった。


「けど、憎められへん。九十九はんのおかげで、幸せになれたんや、あの子は……」


 落ち着きを取り戻した牡丹は、矢代に聞いたらしい。

 なぜ、椿が殺されたのか。

 矢代は、全て話してくれたという。

 九十九は椿の恋人だったということ、そうであるにもかかわらず、九十九が椿を殺した理由も。

 全てを聞いた牡丹は、九十九と椿の心情を理解し、九十九に対する憎悪は消え去り、感謝していたそうだ。

 九十九と出会えたから椿は幸せになれたことに気付いて……。


「せやから、あても、九十九はんを信じる。何があってもな」



 牡丹の話を聞き終えた柚月は、部屋に戻ろうとする。

 その時だった。

 朧が部屋からそっと出てきたのは。


「兄さん?」


「朧、どうした?」


「……兄さんが、いなくなってたから。心配になって」


「そうか、すまなかったな。牡丹さんと話してたんだ。姉上の事で」


「姉さんの?」


 椿の話と聞いて、朧は不思議そうに尋ねた。

 なぜ、椿の事を話していたのかと。


 

 柚月は、ゆっくり語り始めた。

 牡丹とのやり取りを……。

 全てを聞き終えた朧は、真実を受け止めたかのように穏やかであった。


「そっか。姉さんは、牡丹さんの……。お店の名前が、姉さんの名前と同じだったのは、偶然じゃないんだね」


「そうだな」


 二人は、思い返していた。

 この店を初めて訪れた時、店の名前を見て、違和感を覚えた事を。

 だが、偶然ではないかと、考えていたが、やはり、そうではなかった。

 牡丹は、自分の娘の名前から付けたのだと気付かされたのであった。


「九十九は、姉さんの恋人だったんだね」


「みたいだな……」


「……九十九の事、悪く思わないであげてね。僕、九十九のおかげで、生きることができて、うれしかったんだ。九十九がいなかったら、僕は死んでたかもしれない」


「……わかってる」


 柚月は、朧の頭を撫でた。

 柚月は、もう、九十九を憎んでいない。憎めるはずがない。柚月も九十九を信じているのだから。


「九十九、早く見つけてあげないとね」


「そうだな……」


 朧はやはり、気付いていたようだ。

 九十九が再び姿を消したことに。


「見つけたら、怒らないとね」


「ああ。けど、その前にゆっくり休まないとな」


「うん」


 朧は、静かにうなずいた。

 柚月は、朧と共に部屋に入った。



 朧との話を終えた柚月は、再び布団の中に入る。

 柚月は、考えていた。

 九十九と椿、そして、朧の事を……。

 眠りにつこうとするが、彼らのことが頭から離れられない。彼らの事が知りたいと思えば思うほど……。


――九十九は、なぜ、姉上を……。何があったんだろうな……。


 柚月は、殺された椿の最後の顔を思いだす。

 あの時、椿は、微笑んでいたようだ。自分が九十九に刺されているにもかかわらず……。


――あの時の姉上は、笑ってたな。姉上、なぜ、笑ってたんだ?九十九、なぜ、殺さなければならなかったんだ?なぜ、朧を助けた?


 彼らのことについて思考を巡らせ、中々眠れなかった柚月であったが、いつの間にか眠りについていた。

 そして、その日の夜、柚月は長い夢を見ることとなる。

 その夢は、幸せなひと時であり、切なく、残酷な夢であった。

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