第九十話 悲しき決断
虎徹との死闘にからくも打ち勝ち、傷が癒えないまま柚月達は、聖印京を脱出した。
迫りくる追ってから逃げ切り、靜美山の中へと入る。
九十九は、靜美山の事を把握している。逃げ隠れるにはうってつけの場所だ。
九十九の案内で人目につかない場所へと身を隠した。
その場所は、がけの近くだ。見晴らしのいい場所であり、追手をすぐに見つけられる。ここなら安全だろうと九十九はこの場所を選んだ。
しかし、その場所にたどり着いた途端九十九は、片膝をつき、息を繰り返している。
相当無理をしていたようだ。
それもそのはず、逃亡の最中、隊士達から攻撃を受け、さらに、虎徹の猛攻を受けている。重傷の状態だ。ここまで、逃げ切れたことも奇跡と言っても過言ではない。柚月も怪我を負っていたため、朧を抱えるだけで精一杯であった。
「大丈夫か?」
「なんとかな……」
息を整えた九十九は立ち上がる。
だが、立ち上がった途端、ふらつき、倒れそうになる。
相当無理をしているようだ。
柚月は、心配そうに九十九を見ていた。
「朧は?」
「眠ってるみたいだ」
「そうか……」
緊張の糸が解けたのか、呪いのせいなのか、朧はいつの間にか眠りについていた。
だが、それでいい。これ以上、朧につらい思いをさせたくない。
ゆっくり休んで、回復してほしいと二人はだた、願うばかりであった。
「……こいつを渡しておく」
柚月は、腰に下げていた明枇を九十九に差し出す。
「これは、明枇……お前、まさか!」
九十九は、明枇を渡されて気付かされた。
柚月も、相当無理をしていたことに。
人間は、明枇に触れただけで、妖気を放ち、傷を負ってしまう。
妖刀は、確かに、人間にとって危険だ。
だが、傷つけるからと言う理由ではない。本来、妖刀を手にしたものは、意識を乗っ取られ、命を吸われ続け、死ぬまで人斬りと化してしまう。
だが、明枇は違う。意識をのっとることはしないが、人を傷つける。
まるで、明枇が、人間に対して拒絶反応を起こしているようだ。
かつて、朧も明枇に触れただけで、手に傷を負っていた。巻かれた包帯が痛々しく見えるほどに。
それは、柚月も例外ではない。
明枇をつかんだ手や腰に傷を負っている。
九十九は、虎徹との戦いで動きが鈍ったのは、このためだったと気付いたのであった。
「無茶しやがって……」
「それ、お前が言えることなのか?」
「……そう、だよな」
柚月に言われ、九十九は何も言い返せないまま、明枇を受け取った。
明枇を腰に下げた九十九は、柚月の手を見る。
柚月の手は、斬り傷だらけだ。血は、止まっているものの痛々しく感じる。
自分の為に、無理をさせたのだと思うと歯がゆい気持ちであった。
「本当に、大丈夫なのか?」
「大丈夫だ」
「でも、ずっと、明枇を持ってたんだろ?」
「大丈夫だって言ってるだろ?俺より、自分の心配しろ」
「……」
またもや、柚月に言われ、何も言えない九十九。
全くもってその通りだと言えるほどに。
どちらかと言うと柚月よりも九十九の方が重傷だ。
それなのに、九十九は自分の怪我よりも、柚月の怪我を心配している。
まるで人間のように……。
「悪かったな。虎徹の事……」
「お前が、気にすることじゃない。俺が選んだことだ。師匠と戦ってでも、お前達を助けると」
九十九は、気にしていた。柚月と虎徹を戦わせてしまったことに。
師と戦うことは、辛く悲しいことだろう。
それでも、柚月は、覚悟を決めて、虎徹と死闘を繰り広げた。自分達のために。
柚月は、自分で選んだと言っても、残酷な選択をさせてしまったことに九十九は、ひどく自分を責めた。
「……けど」
「気にするなって言ってるだろ」
「……わかった」
柚月に言われ、九十九はうなずくしかできなかった。
柚月の優しさを感じる。
だが、余計に辛い。お前のせいだと責めてくれたらどんなに楽だろうか。前のように憎んでくれた方がまだいい。
そう、思う九十九であったが、柚月は、決して九十九を責めなかった。責めるはずがなかった。
「お前、これからどうするつもりだ?」
「華押街に行ってみる。牡丹さんに事情を話すつもりだ」
「そうか……」
牡丹は、九十九の事を知っている。
事情を話せば、かくまってもらえるだろう。
本当は、牡丹に迷惑をかけたくないが、朧の事が気がかりだ。
少しでも、体を休まさせなければならない。
九十九の治療も必要であろう。
それに、華押街なら、聖印京から遠く離れた場所にある。追手が来るには時間がかかるはずだと柚月は予想していた。
「行くぞ」
「え?」
「ここだと、いつ追いついてくるかわからない。華押街まで行けば、逃げ切れるはずだ」
「……」
隊士達は、血眼になって自分達を探しているはず。
靜美山に長居している場合ではない。追手がここのも時間の問題であろう。
朧を休ませ、九十九の手当ても必要だ。朧や九十九の為にも、少しでも遠く離れた場所へ行かなければならなかった。
「朧を牡丹さんに預けて、お前の治療をした後、綾姫達と合流する。そこで、考えよう。これから、どうするか……」
「俺は、行くつもりはない」
「何?」
柚月は、今後の事を説明し始めるが、九十九は遮る。
しかも、柚月達とは行動を共にしないと宣言したのだ。
状況が把握できない柚月は、戸惑った。
九十九は、真剣なまなざしで、柚月を見ている。今まで見たことない表情だ。
あの冷酷な目ではない。何かを決意したような目だ。それも、覚悟を決めたような……。
彼の目を見た柚月は、胸騒ぎがしていた。
「……俺は、やらねぇといけねぇことがある」
「やらなきゃいけないことって何だ?」
「それは、言えねぇ」
「なんでだ!」
柚月は、問いただすが九十九は黙ったままだ。
答える気がないのだろう。
柚月達には答えられないということは、言えば反対すると思っているのだろうか。
それくらい九十九にとって危険なことをするつもりなのだろうか。
柚月には、見当もつかなかった。
それに、九十九を一人で行かせるつもりはなかった。
重傷を負っているというのに、治療もせずに一人で行動するのは自殺行為だ。
そんなこと、させられるはずがなかった。
「第一、その体でどこに行くつもりだ!今は、体を休めたほうが……」
「これくらいすぐ治る」
「お前……」
柚月は、止めようとするが、九十九は、柚月に背を向け、走り始めた。
「おい、待て!」
柚月は、九十九を止めるために、手を伸ばすが、
九十九は、がけへと飛び降りてしまう。
柚月は、がけを覗き込むように、下を見るが、九十九は崖の上に立っている。
それも、穏やかな顔でだ。
その表情は、まるで別れを意味するかのように思えた。
「朧を、頼む。必ず、呪いは解くからって言っといてくれ」
「呪いって……解けたんじゃないのか?どういうことだ!?」
柚月は、驚愕して、九十九に尋ねる。
呪いが解けたと聞かされていたのに、解くというのはどういうことなのか。
九十九は、答えるのをためらった様子であったが、意を決して柚月の問いに答えた。
「呪いは、解けてなかったんだよ。けど、俺が必ず解く」
「だったら、一緒に来るべきだ!戻ってこい、九十九!」
柚月は、必死に訴えるが、九十九は戻ろうとはしない。
九十九は、少し寂しそうに語りかけた。
「悪かったな、巻き込んじまって。それに、椿の事、本当に悪かった。ちゃんと、謝らなきゃいけねぇのに……今まで謝れなくて……」
「そんなこと、言わなくていい!本当のことを言ってくれれば、それでよかったんだ!」
柚月は、制止するかのように叫ぶ。
椿の事は、許せなかったのは事実だが、それにもわけがあると悟っているから、九十九の事を受け入れてきた。
だが、九十九は、大事な姉を殺してしまったことを責め続け、謝ることができなかった。真っ先に謝らなければならなかったのに……。
柚月が九十九に求めていたのは、謝罪ではない。
なぜ、椿を殺してしまったのか、真実を知りたかっただけだ。
それでも、九十九は話すつもりはなかった。
「柚月。楽しかったぜ、お前と一緒に過ごせてさ」
「何を言っている……。お前、どうするつもりだ!何をするつもりなんだ!」
「……」
「答えろ!九十九!ちゃんと、話せ!一人で抱え込むな!仲間だろ!」
柚月は、叫んだ。
九十九に自分の気持ちをぶつけるかのように。
九十九に一人で抱え込んでほしくなかった。仲間だと思っているから、話してほしかった。力になりたかった。
「俺の事……仲間だと思ってくれてたのか?」
「当たり前だろ?」
九十九は驚愕していた。
まさか、柚月が自分のことを仲間だと思ってくれているとは思ってもみなかったのだろう。
どうして、妖である自分を受け入れてくれるのか、九十九は未だにわからない。柚月も、朧も、そして、椿も……。
「本当、変わった奴らだな。お前も、朧も、椿も。けど、居心地が良かった。お前らみたいな人間に会えてよかった。ありがとな」
「待て……」
「じゃあな」
九十九は、再び飛び降りた。
柚月から遠のいていく。
柚月は、懸命に九十九の姿を探したが、ついに見つけることはできなかった。
九十九は、再び、柚月達の前から姿を消してしまった。
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