第八十九話 師と弟子
「柚月、お前さん、何してんだ?」
自分に刃を向けているのが信じられないのか、虎徹は柚月に尋ねた。
「朧と九十九を助けに来ました」
「それ、本気で言ってるのか?」
虎徹は、未だに信じられないようだ。眉をひそめて、柚月に問いかける。
柚月は、虎徹に刃を向けたままだ。
「俺は、本気です」
柚月は、答えた。
本当に、反逆者である朧と九十九を助けに来たのだと虎徹は確信した。
その瞬間、虎徹は、どこか悲しそうな目をみせる。
弟子が妖に肩入れしたなど信じたくはなかった。
だが、柚月の様子を見る限り、信じるしかなかった。
これほどまでに、悲しい気持ちになったのは、初めてだ。
これが、夢であってくれたらまだよかったのにと思うほどに。
「悲しいな。まさか、お前さんが、妖に味方するなんて思ってもみなかったよ。あんなに憎んでたのにな」
「……確かに、俺は妖を憎んでいました。でも、こいつは……九十九は……」
「いい妖だって言いたいのか?」
虎徹は柚月が言い終える前に、遮ってさらに問いかける。
虎徹にとって妖はすべて悪だ。理不尽なまでに人の命を奪う残虐で倒さなければならない相手。そうでなければ、自分達は、人間は妖によって滅ぼされてしまう。
そのはずなのに、柚月は九十九は違うと言わんばかりの様子だ。
虎徹には、到底理解できないことだった。
それでも、柚月は怖気づくことなく、答えた。
自分の気持ちを正直に虎徹に伝えた。
「はい」
「だが、そいつは、お前さんの部下を殺してるんだぞ?」
「わかっています。ですが、それも理由があると思うんです」
「何?」
虎徹は、さらに信じられない状況に陥っていた。
柚月は、九十九が春風を殺したのは理由があるはずだと答えたのだ。
妖が人を殺すのに理由があるわけがない。
あるのだとしたら、自分のためだ。自分の寿命や力を手に入れるため。
それだけの為に、人々は殺されたというのに、柚月は違うと言いたいようだ。
「俺は、九十九を信じています。だから、助けます」
「そのために、俺と戦うことになってもか?」
「はい。覚悟の上です」
柚月は、真月を構える。
師である虎徹と刃を交えるつもりだ。
たとえ、それで虎徹を傷つけることになったとしても、柚月は、虎徹と戦うことをやめないのだろう。
「ますます、悲しくなったよ。本当なら、成長したって褒めてやりたいが、そういうわけにもいかん」
これほどまでに強い意志を持つようになったのかと思うと師としてはうれしい反面、非常に悲しい。
なぜ、妖を守ろうとしているのかと、あれほど憎んでいた彼に何があったのかと思うほどに。
柚月が別人のように見え、今まで過ごしてきた時間が遠い思い出のように感じる。
「柚月、お前、虎徹と……」
「黙ってろ。お前は、黙って朧を守れ」
「……」
虎徹と戦うと宣言した柚月を心配する九十九。
自分のせいで、戦わせることになったことを嘆いているのだ。巻き込みたくなどなかったのに。
だが、柚月の意思は強い。九十九の意志を跳ね返すほどにであろう。
九十九は、何も言えず、ただ、黙るしかなかった。
虎徹も宝刀を構えた。
「行くぞ、柚月」
「はい」
二人は、同時に地面をけり、間合いを詰めた。
先ほどとは違って、刀がぶつかる音が鳴り響く。
師である虎徹相手に、柚月は、臆することなく戦いを繰り広げた。
刀捌はほぼ互角と言っていいほどであろう。
柚月は、自分の攻撃がはじき返されても、次なる攻撃を仕掛けてくる。その太刀筋は、美しく見えるほどだ。
らちが明かないと判断した虎徹は、異能・重鉄を発動し、柚月に殴り掛かる。
だが、柚月も異能・光刀を発動して、虎徹の攻撃を防ぐ。
それどころか、柚月は、手刀で虎徹の腕を切り裂く。虎徹の腕からは血が流れる。だが、虎徹はひるむことなく、続けてこぶしを放つ。柚月は、手で防ぐが、手がしびれるような痛みを感じ、距離をとる。
聖印一族同士が、いや、異能の力を持つ鳳城家同士がぶつかり合うということは、非常に激しい戦いであるということを九十九も朧も思い知らされた。
「強くなったなぁ、柚月。うれしいよ、正直な」
「師匠……」
本当は、うれしく思いたいのであろう。虎徹に褒められたのだから。
だが、今は、うれしさと悲しさが混ざり合ったような複雑な感情が柚月の心を絞めつけていた。
「だが、残念だ。自分の手で、弟子を……」
虎徹は、宝刀を振り上げる。
柚月は、構え、警戒した。
「殺さないといけないんだからな」
虎徹は、刀をたたきつけるように、振り下ろす。
柚月は、ギリギリのところをよけるが、宝刀が突き刺さった瓦は砕け散り、破片が飛んだ。
それは、鋭利な刀で突き刺したというよりも何か重いものでたたきつけたとい言ったほうが正解だろう。
九十九は、何が起こったのかと言わんばかりの顔で、見ている。
朧も同様にだ。
だが、現状を見た柚月は、虎徹が何をしたのかがわかった。
「これは、宝刀の……
「そう、これは、こいつの技だ。お前さんも知ってるだろ?」
虎徹が手にしている宝刀の名は、生里と言う。
そして、虎徹が発動した技は、
だが、警戒しなければいけないのは、生里はどんな武器さえも破壊してしまう威力だ。
柚月が持つ真月もその気になれば破壊されてしまうのであろう。
「なら、こちらも」
柚月も構え、真月の力を発動した。
真月の刀身がまっすぐ伸びる。
真月の技・真月輝浄だ。光の刃となった真月がどこまで生里に耐えれるかはわからない。
だが何もしないよりはいいだろう。
柚月は、真月の力にかけた。
「真月か。噂には聞いてたが、さすが矢代だな。まぁ、柚月だからこそ、渡したんだろうけどな」
真月の力を見るのは虎徹は初めての事だ。
矢代の才能が目に見えて分かるほどだ。
だが、それだけではない。宝刀は使い手を選ぶと言われている。真月の使い手となった柚月はそれほどの力量を持っていると言えるだろう。
やはり、柚月の力を改めて知れば知るほど悲しみが増す。
なぜ、戦わなければならないのか。答えは、見つかりそうにない。
虎徹は、生里を構え、地面をけり、柚月と間合いを詰めた。
激しい音が何度も鳴り響く、真月も砕かれることなく、耐えているようだ。
だが、真月とは反対に柚月の動きが前よりも遅くなっているように虎徹は、感じていた。
突きを放っても、はじき返した柚月がギリギリのところでよける。
少しでも遅かったら、顔に傷がついていただろう。
虎徹は、柚月の攻撃をはじき返すが、柚月は体制を崩しかける。
何とか、踏ん張ったが、明らかに柚月の体力が落ちているように感じた。
「動きが鈍ってきてるぞ。どうした?」
「……」
「まぁ、いい。そろそろ、本気を出すか!」
問いかけても、反応がない柚月に対して、ついに虎徹は本気を出し始める。
聖印能力と生里の力を掛け合わせた技・
体と刀が一体化となったと言ってもいいだろう。
続いて、柚月も、
彼も体と刃を一体化させた。
虎徹は、攻撃を仕掛ける。
柚月は、何とか防いだものの、体制を崩されそうだ。
「っ!」
柚月は、歯を食いしばり、虎徹の攻撃に備える。
虎徹は、連続して攻撃を仕掛けてくるが、柚月は防御ばかりで反撃してこない。
いや、反撃できないのだ。
それが、虎徹の本気なのであろう。
次第に、虎徹に押されてしまい、劣勢の状態となってしまった。
「柚月……虎徹……なんで、こんなことに……」
「兄さん……」
九十九も朧も二人の戦いを見守ってきたが、不安に駆られてしまう。このままでは、柚月の身に危険が迫ってきているのではないかと。
柚月は、何とか防御してきたが、劣勢を強いられたままだ。
しかも、隙まで生まれてしまっている。虎徹がその隙を見逃すはずがない。
隙をついて、虎徹が蹴りを放つ。
「ぐっ!」
あばらが折れる音が聞こえ、柚月は吹き飛ばされた。
虎徹は、柚月の前に立った。
「よくここまでついてこられたもんだ。さすが俺の弟子だな」
虎徹は、生里を振り上げる。
柚月を殺すつもりだ。
彼の眼に迷いはない。
九十九は、柚月を助ける為に、立ち上がろうとするが、立ち上がることすらできない。
柚月も、起き上がろうとするが、痛みで立ち上がることすらできなかった。
彼も、とうに限界を超えていたのであろう。
「終わりだ。柚月」
虎徹は、生里を振り下ろす。
虎徹の刀でこの戦いを終わらせるために。
だが、その時だった。
柚月は、一瞬にして姿を消してしまった。
「なっ!」
柚月が目の前で消えたことに虎徹は、驚愕し、動揺する。
だが、驚いたのは、それだけではない。柚月は、いつの間にか、自分の背後にいるのだ。
虎徹は、何が起こったのか把握できていない。こんなことは、初めてだ。
「この力……まさか!」
虎徹は、気付いた。
柚月は、再び、謎の力を発動したのだ。
虎徹は、謎の力をこの目で見たのは初めてであった。
なぜ、発動できたのかは、柚月にも分らない。
だが、発動する直前、柚月は、自分はここで死ぬわけにはいかない。二人を守るためにもと。強い想いを身の内に秘めていた。
だから発動で来たのだろうか。
柚月は、以前景時が言っていた言葉を思いだす。聖印能力の発動条件は、心の強さって言われてると。その強い想いが、発動したきっかけだったのかもしれない。
「すみません、師匠!」
「っ!」
謎の力を発動し、一瞬にして虎徹と間合いを詰めた柚月。
その速さについていけなかった虎徹は、反応することもままならなかった。
柚月は、謎の力を解除して、刃を振るう。
柚月が放ったのは、峰打ちだ。
虎徹を気絶させるために。この長く悲しい戦いを終わらせるために、放ったのであろう。
「峰打ちか……お前さんらしいな。だが、お前さんは優しすぎる。そんなことでは、殺されてしまう……ぞ……」
「……」
虎徹は、そう柚月に告げて、意識を失い、倒れた。
柚月は、何も言わず、真月を鞘に納め、九十九の元へ歩み寄った。
「行けるか?九十九」
「……ああ」
柚月は、九十九に手を差し伸べ、九十九は柚月の手を取って立ち上がる。
ふらつきはあったものの、なんとか動けそうだ。
柚月は、朧を抱え、立ち上がった。
「さようなら、虎徹師匠」
柚月達は、虎徹の元から姿を消した。
九十九と朧は、柚月のおかげで、聖印京を脱出することに成功したのであった。
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