第八十七話 それでも抗い、進み続ける

 柚月達は、地下牢へとたどり着く。

 その地下牢は、薄暗く、不気味な雰囲気だ。

 密偵隊の人間が、柚月達を待ち受けていたが、全員気絶させ、宝刀や宝器を探すため、進み続けた。

 そして、ついに柚月達は、見つけ出すことに成功した。

 宝刀や宝器は、箱の中に入っていた。


「見つけた」


 柚月達は、ふたを開け、中身を確かめる。

 柚月の宝刀も綾姫達の宝器もあったようだ。

 柚月達は自分の宝刀や宝器を手にし、安堵していた。


「よかったわ。皆の宝器がここに収められてたのね」


「天次君もここにいたみたいだしね。よかったよ。寂しかったね」


 景時は、天次が入っている石を眺めて大事そうに触れていた。

 今ここでは天次を出してあげることはできないのが残念だが、彼も無事だったことに安堵していた。

 皆、宝器を大事そうに手にしている。 

 だが、柚月はあたりを見回していた。

 何かを探しているかのように。


「いや、まだ一つ足りない」


「え?」


「誰のがだ?」


 透馬は、柚月に尋ねる。

 全員、手にしているため、見つかったはずだ。何が足りないというのであろうか。

 不思議そうに見る綾姫達に対して、柚月は答えた。


「九十九だ。九十九の妖刀だ」


 柚月は、思いだしていた。

 春風を殺した後、九十九は明枇を鞘に納めたが、その後、密偵隊が来てしまった。

 あの時、九十九は、石には、収めていないはずだ。

 だとしたら、明枇は、取り上げられ、この地下牢のどこかにあるはずだと柚月は考えていた。

 いや、たとえ、石に収めていたとしても取り上げられているであろう。

 明枇がなければ、九十九も対抗手段を失っているようなものだ。

 柚月は明枇を見つけ出さなければならないと考えていた。


「確かにそうですね。ですが、どこにあるのでしょうか?」


 宝刀や宝器が置いてある箱はこれしかない。

 他に隠せる場所などありそうもない。

 どこにあるのか、綾姫達には見当もつかなかったが、柚月は一つだけ、心当たりがあった。


「おそらく、祠だ」


「祠……そんなのあったっけ?」


 柚月達は、宝刀や宝器がありそうな場所を探したが、祠を見かけてはいない。

 第一、この地下牢に祠があるとは到底思えなかった。


「どうだろうな。だが、九十九の妖刀・明枇は、前に祠の中に封印されていた。九十九が妖狐に戻るまでな」


 九十九は妖狐に戻るまで、明枇は、鳳城家の離れの近くにある祠に封印されていたのだ。

 明枇は、妖刀。それも、九十九しか持つことができない代物だ。

 聖印一族なら、その妖刀を危険視しているはず。

 箱に隠していないというのであれば、祠で厳重に封印されているはずだ。


「なるほどね。それだったら九十九君の妖刀もそこにある可能性の方が高いね」


「では、そこへ急ぐ必要がありますね。まだ、行ってない場所もありますし、行ってみましょう」


「そうだな」


 柚月達は、明枇を探すため、再び動き始めた。

 再び密偵隊が立ちはだかったが、宝刀や宝器を手にしているため、先ほどとは違って、難なく気絶させることができた。

 そして、とある場所にたどり着いた柚月達。

 そこには、祠がたっていた。

 それも、札が幾重にも張られてある。明らかに何かを封印してあるようだ。


「札が張られてあるってことは、ここにありそうね」


「ああ」


「俺が、封印を解除する。ここは、任せろよ」


「頼む」


 透馬は、幾重にも張られた札をいとも簡単に解除する。

 さすがは、天城家の一族だ。いや、天城矢代の息子だといったほうがいいだろう。

 彼らは陰陽術の使い手だ。高度な陰陽術も習得してある。二重や三重に張られた結界を解除することはたやすいことなのだろう。

 全ての結界を解いた透馬は、戸を開けた。

 そこには妖刀・明枇が置かれてあった。

 それもいくつもの札が張られたままで。

 透馬は、それすらもいとも簡単に解いた。


「封印は全部解いたぜ」


「ありがとう」


 柚月は、明枇に手を伸ばし、つかんだ。

 しかし、妖気は柚月の手を覆い、柚月の手は痛みが走った。

 まるで、明枇が、柚月を拒絶しているようにも感じた。


「っ!」


「柚月?」


 柚月はかすかに苦悶の表情を浮かべる。

 綾姫達には気付かれていなかったが、柚月がピクリと震えたことには気付いていた。

 何かあったのかと不安に駆られたが、柚月は平然を装って振り向いた。


「なんでもない」


 柚月は何事もなかったかのように、明枇を腰に下げた。

 だが、今度は腰に痛みが走る。妖気が襲っているかのようだ。

 それでも、柚月は綾姫達に気付かれないように痛みを押し殺した。


「行こう」


 柚月達は、朧と九十九の元へと急いだ。彼らをこれで救えると信じて。

 しかし、朧達がいるはずの牢には誰もいなかった。

 朧も九十九も、そして、密偵隊も。

 牢はもぬけの殻となっていた。


「い、いない……」


「どうなってるんだ?」


 柚月達は、驚愕して周辺を見回す。

 密偵隊がいないというのもおかしい。彼らは常にこの牢にいなければならないはずだ。

 看守を任されている彼らがなぜいないのか気がかりであった。


「ねぇ、どうして、密偵隊の人間がいないの?何かあったってことなのよね?」


「その可能性は高いですね」


「もしかしたら、裁判はすでに始まってるのかもしれない。そこで何かあったのかも」


 彼らは気付き始めた。

 自分達がここにたどり着く前に、裁判が始まってしまったことに。

 そして、何かあって、密偵隊も地上へ出たのではないかと。

 つまり、九十九と朧の身に危険が迫っている可能性があると感づいていた。

 そう考えた時、柚月達は焦燥を感じた。


「……このまま、本堂へ向かおう!」


 柚月達は、真実を確かめるために、地上へと向かった。



 柚月達は、地上へたどり着く。

 やはりと言ったところであろうか、密偵隊はいない。それどころか、警護隊さえもいなかった。


「やっぱり、密偵隊はいませんね」


「警護隊もいないわ。やっぱり何かあったのね」


 本堂は静けさを感じる。

 それは今では異様な雰囲気だ。

 自分達が侵入しているにもかかわらず、誰一人いないというのはおかしい。

 裁判が始まったとしても、声も音もしないというのは、何かがあったという証拠であろう。

 柚月達は、人々に気付かれないように注意を払って進んだ。

 その時、足音が聞こえる。

 柚月達は、立ち止まり、その足音が聞こえなくなるまで、やり過ごすことにした。

 その足音の主は、なんと巧與と逢琵であった。


「怖かったわ……。急に妖狐が炎を放ったんだもの」


「父さん、焼かれたかと思った」


「本当よね。火傷は全然してなかったみたいだけど。とにかく、早く捕まえてもらわないと。あんなのが聖印京にいたと思うとぞっとするわ」


「でも、あいつらを陥れる材料にはなった」


「まぁ、確かにね。逃げ出しちゃったけど」


「大丈夫。総動員で探させてるから、すぐに捕まる」


「捕まえたら、即処刑にしてやるわ!朧と一緒にね!」


「そしたら、父さんが大将、鳳城家の当主。僕達も次期当主候補だ」


「楽しみよね」


 巧與と逢琵は、そう言って立ち去る。

 まさか、柚月達が二人のやり取りを、いや、野望を聞いているとは気付かずに……。

 彼らの姿が見えなくなったのを確認した柚月は、すぐに動き始めた。


「あれって……」


「巧與と逢琵だ」


「柚月の従妹……よね?」


「ああ。あいつら、そういうことだったのか……」


 柚月は、こぶしを握りしめる。 

 奈鬼を討伐の命が下された時、密偵隊と陰陽隊を放ったのは二人だ。その時から、自分達を不信に思い、陥れるために命じたのであろう。

 そう思うと柚月は、怒りが込み上げてきた。

 彼らは、あの事件を利用したのだと思うと許せなかった。

 今すぐに、問いただしたいほどに。


「落ち着いて、柚月。この件が落ち着いたら彼らの悪行を広めればいいのよ」


「その通りです!まずは、朧様達をお助けしないと」


「……そうだったな」


 綾姫と夏乃は、なだめるように諭す。 

 確かに、彼女達も二人に対して、憤りを感じている。 

 このような卑劣なやり方は許せるはずがない。 

 だが、今、ここで見つかるわけにはいかない。

 朧と九十九を見つけ出すことが先決だ。

 柚月も十分承知しているため、何とかして怒りを抑え込んだ。

 いつか、必ず、二人の悪事を暴くと心に誓って。


 

 柚月達は、誰にも気付かれることなく、本堂から外に出ることに成功した。 

 いつもなら、警護隊が近くにいるのだが、本堂周辺ももぬけの殻だ。

 おそらく、九十九をとらえるために、動いているのだろう。


「外に出れたけど、どうやって逃げたんだろうな」


「ここを脱出するのは、難しいと思う。総動員で探させてるって言ってたしね」


「あいつなら、回りくどいことはしないはずだ。門に向かってるだろう」


 九十九の事だ。裏門から出ようとは考えず、聖印門から出ようと考えているだろう。

 それに、総動員で探させているということは、裏門も隊士達が出口をふさいでいるはずだ。

 そう考えると、九十九は聖印門から突破するに違いない。


「そうね。聖印寮が何人邪魔したってね」


「ああ。俺達も行くぞ!」


 柚月達も聖印門を目指して走り始めた。



 柚月達は、南聖地区に入った。

 だが、いつもにぎわっている南聖地区には街の人々がおらず、隊士だけしかいない。

 当然であろう、妖狐が逃亡を図っている。緊急事態だと言って、避難させたに違いない。

 柚月達にとって、今や四面楚歌状態と言っていいだろう。

 それでも、柚月達は隠れることなく堂々と入った。 

 一刻も早く朧と九十九を見つけ出すために。

 彼らを見た途端、隊士達は、警戒するように柚月達をにらんだ。


「いたぞ!特殊部隊だ!」


「ちっ。来たか」


「やっぱり、ばれちゃったね」


 柚月達は、隊士達に囲まれてしまった。

 だが、それも想定内だ。

 これくらいの数なら、突破できるはず。

 柚月は、そう予測し、宝刀を構えた。

 しかし……。


「柚月、お前、先に行けよ」


「え?」


 透馬に言われた柚月は、驚く。

 透馬は、柚月を先に行かせるべきだと考えていたようだ。その方が得策だと思っているのだろう。

 柚月は戸惑ったが、そう思っているのは透馬だけではなさそうだ。

 綾姫達も柚月を見て、静かにうなずいていた。


「うん、その方がいいよ。ここは僕らでもなんとかなるし」


「ですから、先に行ってください!」


「……すまない」


 綾姫達も柚月の背中を押してくれる。

 たとえ、自分達が捕まっても柚月だけでも、行かせる覚悟だ。

 柚月も綾姫達の覚悟に気付いている。

 本当は、綾姫達を残してい自分だけ行くのは、申し訳ない。

 だが、行かなければ、朧と九十九の身に危険が迫っている。

 葛藤で心が揺れ動きそうになるが、綾姫達のためにも向かうべきだと判断した。


「行かせるか!」


「我らをなめるな!」


 隊士達は、柚月に襲い掛かるが、綾姫達が、隊士達の攻撃を防いだ。


「なめてるのは、そっちでしょ?みくびらないでもらいたいわね」


 柚月は、戸惑っている。

 本当に綾姫たちを残していいのかと。

 だが、綾姫は振り向かず、最後の後押しをした。


「行って、柚月!」


「……ありがとう!」


 綾姫達が、攻撃を防いでいる間に、柚月は、隊士達の間をすり抜けて、走り始めた。

 怒りを露わにした隊士達は、綾姫達の宝器をはじいて構えた。


「この……裏切り者め!」


「貴様らは聖印一族の恥だ!」


「なんとでもいいなさい」


 綾姫達は、勇敢に構えた。


「何を言われても私達は、やるべきことをするだけよ!」


 たとえ、罵倒されても、綾姫達は自分の信念に従って戦うと決意している。

 自分達がここで捕らえられてもだ。

 最後まで抗うつもりなのだろう。

 隊士達は、綾姫達に向かって襲い掛かった。

 綾姫達も、隊士達に向かっていった。



 九十九は、朧を抱えたまま逃亡を続けている。

 術や矢、刃が九十九を襲い、九十九は怪我を負っているが、それでも、走り続けた。

 朧を逃がすために。

 それでも、隊士達は追い続ける。

 九十九は、どうにかひと気のない場所を見つけ、やり過ごすことにしたが、体力も限界に近づいていた。


「くそっ!きりがねぇ……」


「九十九……」


 呪いのせいで、意識がもうろうとしてきた朧は、手を震わせながらも、九十九の身を案じていた。

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