第八十六話 お互い嘘を重ねて
裁判は静かに執り行われた。
部屋の中は緊張感に包まれている。
とても息苦しい。勝吏と月読は早く終われと願うばかりだ。
どうか、朧と九十九の罪が軽くなるようにと。
「鳳城朧、お前に問う。そこの妖をかくまっていたことは事実か?」
軍師の問いに朧は黙っている。
沈黙の中、九十九は朧を見る。
朧は、うつむいたままであった。
――朧、本当のことを言うんじゃねぇ。お前は、騙されてたって言えばいいんだ。それでいい。
九十九は願っていた。
朧が、事実を隠すようにと。自分に騙されたということを。
「……はい。事実です」
「……」
九十九の願いもむなしく朧は、正直に答えた。
九十九もわかってはいた。朧がうそをつくわけがないと。真実を話すだろうと。
それでも、願わずにはいられなかった。
全て自分のせいにしてくれれば、いいと思っていたのだが、朧は、それをしなかった。
朧の答えを聞いた人々はざわつき始めた。朧を軽蔑しながら。
「お前の父、鳳城勝吏は、お前の呪いを解くために妖狐と手を組んだと言っているが、それも事実か?」
「はい。僕は、呪いにかかっていました。誰も解くことのできない呪いに」
朧はうつむく。
その表情はとても辛そうだ。
九十九はもう、見ていられなかった。
「僕は……呪いを解くために……生きるために……九十九を利用しました」
「なっ!」
九十九や勝吏と月読に衝撃が走った。
朧がうそをつき始めたのだ。
九十九は朧がうそをつくとは思いもよらなかった。正直に全てを話すつもりなのだろうと。そう思うと、余計に辛かった。
全ては自分のせいだから。
それなのに、朧は九十九を利用したなど言い始める。
朧は罪を自分一人でかぶるつもりだ。
九十九は愕然としていた。
「それだけではありません。僕は、妖王・天鬼からも命を狙われていました。だから、九十九に守らせたんです。僕が生きるために、九十九を騙したんです。最後には、追いだすつもりでしたが……」
「お前、なに言って……」
「僕は、兄達も利用しました」
「それは、特殊部隊を利用したと?」
「はい。利用すれば、殺されずに済むと思ったんです。兄達は、必ず、僕を守ってくれるはずだと」
朧の発言により、さらに、人々はざわつき始めた。
妖だけでなく兄弟までも利用したという朧を軽蔑しているだろう。
真実を知っている九十九は胸が痛く感じた。
「軍師様、僕を……処刑してください」
朧は、頭を下げる。
自ら命を差し出すかのように。
彼の言葉を聞いた九十九は、うつむいた。
「それは、どういう意味だ?」
「この妖狐を手引きしたせいで、多くの人間の命が奪われました。そこで、やっと気づいたんです。僕は愚かなことをしてしまった。生きている価値はない。だから、処刑してください。父も母も、兄達も、そして、そこにいる九十九も悪くないんです。全ては、僕の責任です」
嘘に嘘を重ねて朧は話す。
朧は死ぬつもりだ。自分を犠牲にして、自分達を助けようとしている。
そう思うと九十九は、目を閉じた。
そして……。
「はは……ははは……」
突然、九十九は笑い始めた。
体を震わせ、狂気じみた様子で。
彼の笑い声が聞こえた時、人々は一斉に九十九を見た。
恐怖におびえ、軽蔑した目で。
真谷は、眉をひそめ、九十九をにらんだ。
「何がおかしい」
「別に、ただ、くだらねぇなって思ってさ」
「何?」
今まで落胆していた九十九が、急に態度を変えて、話し始める。
まるで別人のようだ。
春風を殺した時のように目は冷たく、冷酷な様子であった。
彼の眼を見た人々は、おびえ、体がすくんだ。残忍な妖を見ているかのように。
勝吏と月読も驚いている。あんな冷たい九十九を見たのは初めてだ。
九十九は何か暴動を起こすのではないかと人々は構えたが、九十九は静かに朧の方を振り向いた。
「朧、お前も馬鹿だな。俺なんかかばってさ。何にも得しねぇのに」
「つ、九十九?」
豹変した九十九の様子を見ていた朧は驚き、動揺する。
九十九は、軍師の方を向いた。不敵な笑みを浮かべながら。
「こいつは、自分が利用したって言ってるけど、逆だ。俺が利用したんだよ、こいつらをな」
「どういうことだ!」
「最初はさ、生きるためだったんだぜ?死にたくなかったからさ。だから、月読に頼んだんだ。何でもするから見逃してくれってさ。そしたら、こいつの呪いを解けって言われて、冗談じぇねぇって思ったぜ。けど、思いついたんだ。呪いを消せば、こいつの魂を手に入れられるんじゃねぇかってな」
九十九も嘘に嘘を重ね始める。
朧達を救うために、今度は九十九が自分を犠牲にし始めたのだ。
全ては自分がやったことだと言い張るかのように。
朧も衝撃を受け、否定しようとしたが、九十九は話を続けたため、否定できなかった。
「まさか、一族を滅ぼそうとでもしたのか!」
「興味ねぇよ。てめぇらのことなんか。俺は、天鬼をぶっ殺せばそれで満足だったんだからよ。そのために、こいつの魂が必要だった。ただ、それだけの事だ」
確かに、九十九は天鬼を殺すことを目的としている。
だが、朧の魂など奪うつもりなどなかった。
朧は、そのことを知っている。勝吏と月読もだ。
それなのに、九十九は、さらに嘘を重ねた。
自分だけに処刑が下るように。
人々はざわつき始め、彼の言葉を聞いた真谷は体を震え上がらせ、急に立ち上がった。
「軍師様!やはり、こいつは、敵です!我々一族を殺すつもりです!どうか処刑を!」
「静まれ!」
軍師が声を上げ、叫ぶと、部屋は静まりかえる。
沈黙の中、誰もが軍師に視線を送った。
この後、どうなるのか。軍師の言葉を待った。
「判決を言い渡す」
とうとうこの時が来た。
勝吏と月読の意見、朧と九十九の意見。どの意見も食い違っている。
軍師は、どの意見が真実と判断し、どんな決断を下すのか、人々は、静かに見守り、勝吏、月読、朧は静かに息を飲んだ。
九十九だけが、悪態をついた。自分だけに処刑が下るように仕向けていたのであった。
軍師は、静かに判決を言い渡した。
「どんな理由があったにせよ。このような事件を起こしたのは重罪だ。鳳城朧、妖狐は……処刑する!」
結果は、朧と九十九の処刑。
その結果を聞いた人々は、納得したかのようにうなずき、安堵したものもいる。
勝吏と月読は絶望したかのように落胆していた。
朧と九十九は驚愕し、目を見開いている。
お互い救いたかったはずなのに、自分の意見すらも聞き入れてもらえていなかった。
あれほど、嘘をついたのに……。
九十九は、この結果に納得していなかった。
「ま、待てよ!俺の話聞いてたのかよ!俺が利用したって言ってんだ!こいつは……」
「黙れ、妖狐!もう、決まったことだ!」
九十九は軍師に自分だけが悪いと訴えるも、真谷が遮ってしまう。
覆ることのない状況で九十九は落胆していた。
「貴様の話など信じるものか。化け物が」
「!」
真谷は止めを刺すかのように九十九に言い放つ。
九十九は真谷に怒りを覚え、こぶしを握りしめ、体を震わせ、真谷をにらんだ。
だが、真谷は平然としていた。
笑みを浮かべたいのだが、不信感が生まれるのを防ぐため、笑いをこらえ、平然を装っていたのであった。
「連れていけ」
軍師の命令で、密偵隊は朧と九十九を部屋へ出そうとする。
これから彼らが向かうのは処刑台だ。
もう、手段は残されていない。
絶望感だけが、二人を襲っていた。
そこへ突然、真谷が九十九の元へと歩み寄る。
これから死に行く自分をあざ笑いに出も来たのだろうか。嫌悪感が生まれ、九十九は真谷をにらんでいた。
真谷は笑みを浮かべている。やはり、あざ笑いに来たのだと確信した九十九は、怒りでどうにかなりそうだったが、鎖で縛られているため、抵抗すらできなかった。
「最後にいい事を教えてやろう」
真谷は耳打ちして九十九にあることを話す。
それは、信じられないことだった。
九十九だけに知らされた内容はとても残酷だ。
九十九は驚愕し、目を見開いた。
「そういうことだったのか……」
真実を聞いた九十九は、怒りで体を震え上がらせた。
真谷が不敵な笑みを浮かべる。その表情が全てを物語っているようだ。
怒りを通り越して殺意が芽生えた瞬間だった。
「てめぇが、こいつを!……許さねぇ!」
突然、九十九が炎を放った。
白銀の炎・九尾の炎だ。
九尾の炎は真谷を覆い尽くし、燃やし始めた。
「ぎゃああっ!」
「真谷!」
他の当主達が、真谷を助けに一斉に動き始める。
密偵隊が、九十九を取り押さえるが、九十九は怒りに任せて暴れるかの如く体を動かし、密偵隊を吹き飛ばした。
当主達は、陰陽術で九尾の炎を消した。
「大丈夫か?真谷!」
「だ、大丈夫だ。も、燃えていない?」
真谷は、自分の体を見て驚愕する。
あれだけ、炎に包まれていたというのに火傷は一切負っていない。
これは、一体どういうことなのか。
状況がつかめないまま、真谷達は九十九を見る。
九十九は、形相の顔で真谷をにらんでいた。
「許さねぇ、てめぇだけは!真谷!」
九十九は、怒りに任せ鎖を引きちぎった。
強引に鎖を引きちぎったせいで腕は傷だらけになるが、それすらも気付いていないほど、憎悪に燃えているようだ。
九十九は、朧に駆け寄り、密偵隊を殴って吹き飛ばし、朧の腕を縛っていた縄を強引に引きちぎり、朧を抱えた。
「九十九!」
「逃げるぞ、朧!」
九十九は、朧を抱えたまま部屋を逃亡した。
突然の事で人々は呆然としたが、その隙を狙って勝吏と月読も密偵隊の腕を振り払い、部屋を出て逃走をし始めた。
真谷は呆然としていたが、我に返り、周辺の人々を見回した。
「お、追いかけろ!」
真谷の命で密偵隊だけでなく、他の隊の隊士も九十九と朧を追い始めた。
真谷は荒い息を繰り返し、尻餅をついた。
体の震えが止まらない。あの炎に包まれたからなのか、憎悪を宿した九十九に睨まれたからなのか、どちらにせよ自分は九十九に殺される。そう確信していた。
全てを見ていた軍師はただ冷静に状況を把握するかのように見ていた。
「あれが、九尾の炎か。確かに、特殊だな」
九十九の九尾の炎を目の当たりにした軍師は、ひっそりと笑みを浮かべていた。
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