第八十五話 死を覚悟してまで守りたい
柚月達は、牢屋へと向かっていたのだが、外は人が多い。
おそらく、九十九が都の中にいた事が原因だろう。警戒しているのかもしれない。
特に警護隊が多いため、彼らに気付かれるのだけは避けたい。
どうにかして、人目を避けて移動しなければならないのだが、困難を極めていたのであった。
「しかし、人目を避けて移動するのは難しいな」
「だよな。宝器もないしな」
人目を避けて移動するのが難しい理由は、宝刀や宝器を持っていないことだ。
柚月達は、聖印京に戻ってきたときに武器を取り上げられている。
それがなければ、警護隊やほかの隊士に対抗することは不可能と言えるだろう。
万が一、救出して逃げられたとしても、外には妖がいる。やはり、宝刀や宝器がないことにはどうにもならない。
だが、自分達の宝刀や宝器がどこにあるのかもわからなかった。
「宝器がどこにあるのかわかれば、いいんだけど……」
「あ、それなら、私、知ってるわ」
「え!?ご存じなのですか!?」
「ええ、聞きだしたもの」
あっさりととんでもないことを言いのける綾姫。
相変わらず大胆な姫君だ。
あの状態で宝刀や宝器のありかを聞きだしたようだ。
――さすがだな。どうやって聞きだしたんだ?
柚月は、綾姫の事を恐れおののいていた。
確かに、柚月の側にいられたのも綾姫の交渉術があっての事。
武器の情報を聞きだしても、不思議ではない。
心強い存在ではあるが、逆に恐ろしくも思える。
さすがは大胆不敵な千城家の姫君と言ったところであろう。
柚月は、どうやって聞きだしたのか聞いてみたかったが、そんなことを聞いている場合ではない。
それに、綾姫の事だから、恐ろしい交渉術を使ったに違いない。あまり聞かないほうがいい事もあると判断し、聞くのをやめたのであった。
「私達の宝器は地下牢に保管されてるそうよ。地下牢のどこかまでは聞きだせなかったけど。朧君と九十九も地下牢にいると思うわ」
「ってことは、宝器も見つけてついでに朧と九十九も救出できるってことじゃん!」
「おいおい、二人はついでかよ」
つまりは、武器も朧と九十九も取り戻すことができるのだが、うれしさ余ってか透馬が、勢いでついでなどというものだから柚月もついつい突っ込みを入れてしまう。
そんな状況ではないのだが。
緊張感があるのかないのか、透馬に対しても自分に対してもあきれてしまう柚月なのであった。
「ま、まぁ、とにかく地下牢へ向かいましょう」
「そうだね。でも、どうやって行けばいいんだろうね」
武器のありかはわかったのはいいとして、問題はどうやって侵入するかだ。
朧と九十九を救出するのに最大の難問が待ち受けていた。
「派手に入口から行くのは……まずいよな」
「絶対、まずいですね。本堂の地下ですからね」
その牢屋は本堂の地下にある。本来なら本堂から入るのだが、そんなことをしたら、捕まってしまう。
本堂以外の入り口から侵入したいのだが、他の入り口を知らない。
派手に侵入と言う手もあるが、朧達が無事では済まなくなるかもしれない。
そう思うと、本堂からの侵入は難しそうだ。
「他にあったかな。入れそうなところ」
「……わからないわ。そもそも、地下牢は行ったことないもの」
「いや、一か所だけある」
「え?どこなの?」
「鳳城家の離れの近くにある。しかも、都の外だ」
柚月は、勝吏に教えてもらったことがある。離れの近く、かつて、朧が幻術にかかり、裏口の門から出た場所の付近に地下牢の入り口は存在するらしい。
これは、各家の当主、軍師や幹部のみが知っている。
柚月が教えられた理由は、いずれ、当主となる身であったことも加えて、万が一、九十九の事が知られた場合にも備えての事だった。
「なら、一度外に出ればいいのね。それなら、任せて。この近くに門があるの。私達が使ってた門がね」
「あの門なら誰にも気付かれませんね。千城家と万城家も知らないはずですから」
鳳城家の離れ近くにある裏口の門を抜けなければならないということは、再び鳳城家の屋敷に進級しなければならない。
柚月は、そう考えていたが、綾姫と夏乃は、別の道が思い浮かんだらしい。
それも、誰にも気付かれないという。
危険を冒してまで戻る必要はなさそうだ。
「つまり、千城家と万城家の屋敷の近くにあるのか?」
「そうよ」
「そこなら、誰にも気付かれずに行けそう?」
「もちろん」
景時と透馬の問いに綾姫はうなずく。
綾姫が言うには、千城家の敷地内にあるあの箱庭から出られるという。しかも、千城家の敷地内を通らずに箱庭に行ける方法があるという。
柚月達は、綾姫と夏乃に任せることにした。
彼女達なら、外へと導いてくれるであろう。
「案内してくれるか?」
「ええ。行きましょう」
綾姫と夏乃の案内で、柚月達は、千城家の箱庭へと向かった。
柚月達が動いている頃、朧は、牢屋の中で一人過ごしていた。
朧は、捕らえられ、すぐに牢の中に入れられてしまった。
それ以降、何をするかは知らされていない。九十九がどうなったのかも、柚月達は無事なのかも。
抵抗することもできず、朧は牢屋の中で待っていた。
「ごほっ!ごほっ!」
朧は咳をしていた。
それもかなりひどい。
収まったかと思うと、朧は、口から黒い血を吐きだしていた。
その真っ黒に染まった自分の手を見て朧は愕然とし、改めて気付かされた。
やはり、自分は呪いにかかっているのだと。
――やっぱり、呪いなんだよね。消えてなかったんだ。ということは、僕は、死ぬんだ……。
朧は、あきらめていた。
呪いは着実に朧の体を蝕んでいる。
朧は自分の体が死に近い状態だと気付いている。
今の状態では、呪いを解くこともできない。この牢屋の中で死んでいく可能性だってある。
解放されても助からないだろうと死を覚悟するようになっていた。
――もうすぐ裁判が行われる。皆、罪人にされちゃう。九十九は、きっと……。
一番心配なのは九十九だ。
九十九は妖。しかも、元四天王ということまで知れ渡っている。
生きて解放されることはありえないだろう。
軍師は、必ず九十九を死刑にするはずだ。
朧は、それが耐えられなかった。自分のせいで、九十九が殺されてしまうなど考えたくない。
やはり、自分の呪いが解けたと思った時に、九十九を自由にしてあげればよかったと後悔していた。
――九十九を助けないと。僕が九十九を無理やり従わせたことにすれば、九十九は助かるはず。
朧は全て自分のやったこと、自分の責任にしてしまえばいいと考えていた。
どこまでうそをつきとおせるかわからない。柚月達に、恨まれてしまうかもしれない。
それでも、朧は、決意していた。
自分を犠牲にして、九十九や柚月達を助けることに。今の朧には、そうするしか、方法が見当たらなかった。
――どうせ、死ぬなら、九十九を助けて死にたい。九十九を自由にしてあげたい。
朧は、呪いで死ぬよりも、自分を犠牲にした死を選んだ。
せめて、彼らを救えるように。
今度こそ、九十九を解放できるように。
朧の決意は揺れ動くことはない。
――ごめんね、みんな……。
朧は、涙を流していた。
死を覚悟していたはずなのに……。
自分で決意したことなのに、涙が止まらなかった。
九十九も朧と同様に牢に入れられていた。
だが、朧と違うところは、右手に鎖をはめられ身動きができない状態だった。
――ってぇ。思いっきり殴りやがって……。まぁ、仕方がねぇよな。
しかも、九十九の体はあざだらけ、密偵隊に何度も殴られたからだ。
九十九はじっと抵抗せず、耐えていた。
妖に対する憎悪が込められていると感じながら。だが、自分もかつては命を奪って妖だ。それも、身勝手な理由で。理不尽に殺され、大事な人を奪われた人間たちのことを思うとこの状況は仕方がないと感じているのだろう。
九十九は一つ気がかりなことがあった。
それは、朧の事だ。
春風と奈鬼の戦いで朧の体を乗っ取った時に気付いてしまった。
朧が咳をしていたのは病気ではない。呪いが侵攻してしまっていたからだと。
口から吐いたあの黒い血が何よりの証拠だった。
――あの血は、間違いねぇ。呪いだ。呪いはまだ消えてなかった。くそっ!
九十九は、後悔していた。
もっと早く気付きべきだったと。
あの時の朧も驚いていた。その様子からして、朧も気付いてはいなかったのであろう。当然だ。呪いは、全て自分が消したと思っていたのだから。
もう、朧が呪いで死ぬことはなくなったと思い込んでいた。
今思うとそんな自分が許せなかった。
しかも、今のままでは朧を救うことはできない。
朧の身を案じていた。
屋敷で監禁されているのであれば、看病されているはずのため、まだ救いはある。
だが、もし、自分のように牢の中にいるのであれば、危険だ。
朧が牢の中で死ぬ可能性がある。
それだけは、耐えられなかった。
――俺は、処刑になる。何を言ったところで変わるわけがねぇ。
九十九は処刑になると確信していた。
自分は、多くの人間に恨まれている。多くの人間の命を奪い、椿や春風までも、殺してしまった。
言い訳をした所で処刑を免れるはずもない。
死に近づいていると言っても過言ではないだろう。
――だったら、死ぬ間際に、九尾の力を使えばいい。そうすりゃあ、朧の呪いは解ける。助けられるはずだ。
朧を救う方法はただ一つ。
死ぬ間際に、九尾の力を使えばいい。
そうすれば、朧の呪いは解けるはずだ。
それも、自分のせいにしてしまえば、朧も解放されるだろう。
そう考えた九十九は自分を犠牲にすることを決意し、死を覚悟していた。
――殺せるもんなら、殺してみろ。人間共!
九十九は自分の決断に迷いはなかった。
その時だった。
密偵隊が、九十九の元へ来たのは。
九十九は、挑発するかのような顔でにらんでいた。
「なんだよ」
「時間だ。立て」
九十九は、密偵隊に強引に牢から出された。手を鎖で縛られている。
これでは、逃げることはできない。だが、九十九はもう逃げるつもりはなかった。
九十九がたどり着いた先は、本堂だ。
九十九は無理やり背中を押され、部屋に入った。
そこには、真谷、巧與、逢琵、各家の当主がいた。九十九を裁くために招集されたのであろう。
さらに、重要参考人として、勝吏と月読が呼びだされていた。
だが、彼らだけではない。
朧も呼びだされていたのだ。しかも自分と同じ、裁かれる側として。
「なっ!」
朧の姿を見た九十九は驚愕する。
なぜ、朧まで裁かれる側にいるのか……。自分だけだと思っていた九十九は愕然としていた。
「朧、なんで……。どういうことだ!」
「黙れ、妖ごときが口をはさむな」
「……」
真谷に命じられ、九十九は黙ってしまった。
そこへ、御簾の向こうから軍師が現れた。
もちろん、御簾から出てくることはない。
だが、九十九は、感じていた。
目の前にいる男は、誰よりも強い力を持っていると。
あの九十九でさえ、身震いしてしまいそうな気迫を感じた。
「これより、鳳城朧と妖狐の裁判を行う」
真谷の策略により、九十九と朧の裁判が行われようとしていた。
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