第七十四話 有力な情報

 天鬼は、人食いの妖の眼を通して、柚月達の様子を見ていた。

 それは、白い髪の青年と黒い髪の青年も同じように見ていた。彼らは元からそんな力を持っていない。しかし、天鬼が力を分け与えたことにより可能となったのだ。

 真谷と会話を終えた天鬼は不敵な笑みを浮かべる。

 妖が討伐されたというのに嬉しそうだ。二人は彼の意図が読めなかった。


「ねぇ、天鬼。奴ら、討伐しちゃったよ?いいの?」


「構わん。あれはただの捨て駒だ。私と真谷にとってもな。それよりもいい駒が動いている」


「誰だ?それは」


 人食い妖よりもいい駒がいたというのであろうか。

 あの妖は柚月達や一族を仕留めることができる強力な駒であったはず。

 だが、その妖さえも捨て駒と言い放ち、さらにいい駒がいるという。しかも、行動を起こしているようだ。

 それが、誰なのか二人は見当もついていない。

 白い髪の青年の問いに、天鬼は静かに答えた。


「奈鬼だ」


「奈鬼?あんたの息子だろ?息子でさえも、駒扱いか?」


「そうだ。息子だろうが関係ない」


「残忍だね。天鬼は。で、なんで奈鬼がいい駒なわけ?動き始めたって?」


 何とも恐ろしい男であろうか。自分の息子さえも駒だという。

 まさに彼は、本物の鬼であろう。冷酷で残忍。だが、それは二人にとって心地がいい。だからこそ、彼についてきた。

 しかし、なぜ、あの天鬼とは対照的に気弱な奈鬼がいい駒なのだろうか。

 彼が行動を起こしたところで、柚月達を追い詰めるほどの力は持っていないはず。

 二人は、ますます理解できなかった。


「奈鬼が、あの小僧と接触した」


「あの九十九と一緒にいる小僧か」


「そうだ」


 天鬼は、あの妖が討伐された後、奈鬼の目を通して奈鬼の動向を探っていたようだ。

 奈鬼は偶然にも朧と遭遇していた。

 願ったりかなったりと言ったところであろう。奈鬼が朧と接触したことで、何かが起こると予感していた。


「面白いことになりそうだぞ」


 天鬼は、不敵な笑みを浮かべていた。

 彼の様子を見ていた二人も不敵な笑みを浮かべていた。天鬼が言うならそうなるのであろうと。



 人食いの妖を討伐した後、隊士達は、聖印京へ戻ってきた。

 他の隊士達は、宿舎に入った。特殊部隊と共に妖を討伐で来たことに喜びを感じながら。

 各々、部屋に戻り、体を休ませることとなった。

 密偵隊も仲間達に報告し、喜びを分かち合っていた。


「討伐成功してよかったな」


「これも、柚月様のおかげだな」


「本当、正直、殺されることも覚悟してたもんな」


 討伐隊の班を全滅させた妖だ。いくら合同であると言えども被害なしで返ってこれるはずがない。

 誰かが死ぬ可能性だってある。

 彼らは死を覚悟していたのだが、柚月の戦略のおかげで彼らは誰も命を落とさずに聖印京へ戻ってこれた。

 これほど、うれしいことはないだろう。

 柚月に感謝してもしきれないくらいだ。

 だが、そんな時であった。


「失礼します」


 そういって入ってきたのは、なんと討伐隊の春風であった。

 なぜ、春風が自分達の部屋に入ってきたのか彼らは、不思議でならなかった。


「お前は、討伐隊の……」


「何のようだ?」


「実は……」


 春風は意を決して密偵隊に話し始めた。

 自分が見てしまった朧と奈鬼のやり取りを……。



 討伐してから次の日の事だった。

 柚月から報告を受けた月読はすぐに勝吏に報告。

 勝吏は会議を開いて合同討伐戦が成功したことを真谷達に報告した。

 真谷は知ってはいたが、知らぬふりをして喜んでいるように見せかけた。

 内心では、怒りを抱えながら……。 

 それは、巧與と逢琵も同じ気持ちだ。これで、特殊部隊を陥れることができると確信していたのに。何事もなく討伐されてしまったことは予想外であっただろう。

 会議が終了してから、すぐ三人は鳳城家の屋敷に戻り、真谷の部屋で話し合いを始めていた。

 だが、その様子は、ぐったりとしているようだ。

 怒りと悔しさを抱えながら……。


「まさか、討伐されたとは……」


「……」


 巧與と逢琵は黙ったままだ。

 言葉が見つからないようだ。

 その様子は余計に真谷をいらだたせた。


「報告は?討伐隊に不審な動きはなかったのか?」


「……そんな報告は受けていない」


「私も。成功したってみんな喜んで……」


 二人の会話を聞いて真谷は怒りでこぶしを振るい、畳にたたきつけた。


「何をやっている!せっかくの機会を無駄にしおって!」


「仕方がないじゃない!本当のことが言えないんだから、監視しろだなんて言える!?」


「僕も、注意はしろとは言ったけど……」


「この役立たずが!」


 真谷はついに二人に八つ当たりをし始める。 

 巧與と逢琵は、確かに特殊部隊の動向には注意しておくようにとは伝えた置いたようだ。

 だが、それ以上の事は言えなかった。彼らが妖と手を組んでいるというのは、あくまでも噂だ。噂だけで監視しろなどとは言えない。

 ましてや、妖と手を組んでいるなどあり得るはずがない。本当のことなど言えるはずがなかった。

 真谷に罵倒され、二人はうつむき、黙ったままであった。

 真谷は頭を抱え、苦悩した。


――やはり、天鬼の言うことなど当てにするんじゃなかった。奴に騙されてしまった!


 天鬼の言うことを信用し、従った真谷であったが、失敗してしまった。

 自分は、天鬼に騙されてしまったのではないかと疑心暗鬼に陥っていたのであった。

 だが、そんな時であった。

 彼らにとっていい情報が手に入ったのは。


「真谷様、よろしいでしょうか?」


「なんだ?」


「失礼します」


 隊士が、声をかけ、真谷達は平然を装う。

 今の会話が聞かれていないだろうかと。

 だが、隊士の様子はいつもと同じようだ。自分達を疑う様子もない。

 それどころか、顔が青ざめているようにも見える。

 何かあったに違いないと真谷達は確信していた。


「君は、密偵隊の……」


「お話し中すみません。実は、うちの部下が、あることを聞いてしまって」


「……申せ」


「はっ。討伐隊・第一部隊・第一班、波柴春風からの報告です。鳳城朧様が、鬼と接触し……逃がしたと」


「なんだと!?」


 真谷達は驚愕し、一斉に立ち上がる。

 予測していない事態が起きたのだ。彼らと同行していた鳳城朧が、鬼と遭遇したにもかかわらず、討伐せず逃がしたという。

 しかも、それを見ていたのは討伐隊の春風だ。かつての柚月の部下である。

 天鬼はこの事を予測していたのであろうか。だから、自分に従っていればいいというようなことを言っていたのであろうか。

 真谷達は未だに信じられずにいた。


「それ、本当?」


「……間違い、ないようです」


「わかった。この事は誰にも言わぬように」


「はい」


「……下がれ」


「はっ」


 隊士は、部屋から出た。

 彼の姿が見えなくなったことを確認した真谷は、体を震え上がらせた。

 怒りではなく、喜びで震えている。

 この状況を待ちわびていたかのように。


「……ふふ、ははははは!」


 真谷は高笑いをし始める。

 おそらく、屋敷に響いているだろう。

 だが、真谷はそんなことは気にしてなどいない。

 いい情報が手に入ったのだ。この情報は自分達にとって有利な情報だ。

 密偵隊は特殊部隊を疑っているであろう。

 これは彼らにとって絶好の機会だ。今度こそ、特殊部隊の秘密を暴くことができるかもしれない。

 そう思うと笑わずにはいられなかった。

 巧與と逢琵も声に出してはいなかったが笑っている。

 一度は絶望したが、希望を取り戻したかのように。

 真谷は、高笑いをやめ、心を落ち着かせるために息を吐いた。


「いい話を聞いたな」


「ええ。予定とは少し違うけど」


「うまく、いったね」


 三人は不敵な笑みを浮かべている。

 作戦はまだ失敗していない。続いているのだ。

 そう確信していた。


「後は、どう利用するかだな」


「目撃者がいればいいのだが……」


 春風の目撃情報は有力だ。

 だが、それだけでは足りない。ただ、疑惑が浮上しただけなのだから。

 彼らの秘密を暴くためには、この情報を利用して、目撃者を増やすことが必要だ。

 だが、どうするべきであろうかと三人は考えていた。

 その時だった。


「いや、待てよ」


 ふと、真谷が思いついたように呟いた。


「どうしたの?」


「ここは、私に任せてくれぬか?」


「何か、いい方法でも?」


「まぁ、少し考えがある。任せておけ」


 真谷は不敵な笑みを浮かべて話す。

 何を思いついたのかはわからないが、真谷の頭の中で、いい案が浮かんだのであろう。

 彼らは真谷に従うことにした。

 自分達に勝機が訪れると信じて。

 だが、彼らは気付いていない。

 一人の女性が、彼らのやり取りを聞いていたなど。

 その女性は、真谷の様子をのぞき見していた人物であった。


「……やはり、そういうことだったのね」


 女性は石を握りしめていた。

 怒りで体を震わせて。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る