第五十話 夜明け

 塔の中へ入った柚月が待ち受けていた妖達を次々と切り裂いて倒す。

 だが、柚月はふらつき、壁にもたれる。それでも、今の柚月は、立ち止まるわけにはいかなかった。

 まだ、柚月は塔の中に入ったばかりだ。最上階は程遠く、高く感じる。

 最上階では九十九が朧を助ける為にたった一人で六鏖達と死闘を繰り広げているはずだ。

 自分も行かなければならない。九十九と朧を死なせないために……。

 体に鞭を打って柚月は階段を駆けあがる。二人の元へ行くために。



 重傷を負った九十九は、六鏖達の猛攻をかいくぐり、戦ってきたが、もう体は限界を超えていた。

 氷の刃が降り注ぎ、頭上から雷が落とされ、鎖鎌九十九を首を狙い、六つの針が命を奪おうとしていた。

 氷の刃に刺され、体はやけどを負い、切り傷で血が流れ、猛毒が九十九の命を削り取ろうとも九十九は倒れなかった。

 息も絶え絶えになり、意識がもうろうとなりかけても、何度でも九十九は立ち上がった。


「まだ、立つか。しぶといな」


「あったりめぇだ。あれで、殺せると思ってたのかよ。みくびってんのはてめぇらだろ」


 九十九はふらつきながらも、体制を整え、構える。

 だが、六鏖達は、余裕の笑みをこぼした。


「強がってるね。往生際が悪いんじゃない?」


「トドメヲ……サス……」


「そうね。もうそろそろ情けも必要よね」


 九十九の体力を削り取ってきた六鏖達、彼らが一斉に襲い掛かれば、九十九は、一瞬で命を奪われるであろう。

 九十九は、それをふさがなければならないが、もう、それすらもできないほど、体力は奪われれていた。


「さらばだ。九十九」


 六鏖達が一斉に九十九に襲い掛かる。今度こそ、九十九を殺すつもりだ。

 九十九は、懸命に抗おうとするが、力が入らない。

 ここまでかと諦め、絶望した。

 その時だった。

 九十九の前に柚月が現れ、異能・光刀を発動し、六鏖達の攻撃を一気に防いだ。

 間一髪で間に合ったのだ。九十九は柚月に助けられた。


「き、貴様は……」


「柚月!」


「無事か?九十九……」


 柚月は振り返り、九十九の顔を見る。

 今の九十九の表情は驚愕してるであろう。信じられないと言わんばかりの……。

 九十九は、柚月が自分を助けに来るなど思いもよらなかった。柚月は重傷を負っていると聞かされていた。そんな体で来れるはずがないと……。ましてや、自分を救いに来るなどありはしないと。


「なんで……」


「朧とお前を助けるために来た」


「だから、なんでだって聞いてんだよ!」


 九十九は、叫ぶ。

 朧ならともかく、なぜ、自分まで助けようとするのか、理解できなかった。

 自分は憎まれているはずだと。

 その理由を柚月は、優しく九十九に答えた。


「……仲間、だからだ」


 柚月の言葉を聞いた九十九は驚愕する。

 「仲間」。自分も仲間だと思ってくれているとは思わなかったのだろう。

 九十九は笑みを浮かべて立ち上がる。柚月が言った「仲間」と言う言葉が九十九を奮い立たせたのだ。まだ、やれる。立ち上がれる。柚月となら、朧を救うことができると。

 九十九は、力を振り絞り、立ち上がる。

 柚月は、九十九を守るように前に出た。


「死にぞこないが。まとめて、始末してやる」


 六鏖達は、再び柚月達に襲い掛かる。

 柚月と九十九は、間合いをつめ、六鏖達と死闘を再開した。

 だが、追い詰められていたはずの二人は、六鏖達の攻撃を防いだ。

 それだけではない。聖印能力、宝刀の力、九尾の炎を発動せずとも、柚月と九十九は、六鏖達と互角に戦っている。いや、二人の方が上であろう。たった二人のはずなのに……。

 柚月の身に危険が迫った時は九十九が助け、九十九のみに危険が迫った時は柚月が助ける。二人の息はぴったりだ。

 六鏖達は、次第に追い詰められていった。


「もう、たった一人増えただけで、どうして、追い詰められなきゃいけないのよ!」


「コイツラ……キケン」


「まったくだよ。だから……」


 危機を感じた緋零は、薄紅の霧を発動する。

 柚月達は、薄紅の霧に包まれてしまった。


「気をつけろ、柚月!」


「わかってる!」


 柚月と九十九はあたりを警戒する。

 緋零の幻術は二人にとって厄介だ。わかっていても回避ができない。緋零が何を仕掛けてくるのか、わからない。

 二人は、術にはまらないように集中して警戒した。

 しかし……。


「!」


 柚月は、驚いて立ち止まってしまう。なぜなら、九十九が椿を殺す幻を見てしまったからだ。


「柚月?」


 呆然とする柚月を見た九十九は問いかけるが、柚月の反応はない。

 九十九は見えていないのだ。柚月が見ている幻が……。

 幻術をかけた緋零は、不敵な笑みを浮かべ、柚月を追い詰めた。それも、愉快そうに……。


「ほら、どうしたの?君の大事なお姉さんを殺したのは、九十九だよ?仇、取らなくていいの?」


「まさか、俺が椿を殺した幻を……」


 九十九は気付いてしまった。

 幻術にかけられたのは柚月であり、自分が椿を殺した幻をみせられていることを……。

 柚月は、銀月を握り、震わせていた。


「柚月……。お願い……。仇を……」


 椿は、柚月に語りかける。

 その声は、椿の声だ。姿も椿そのものだ。見間違うはずがない。幻なのに……。

 刺されている椿が幻だということを否定できない柚月は、構え突きを放つ。

 刀が肉を刺す嫌な音が響き渡る。

 九十九は驚愕し、六鏖達は笑みを浮かべる。これで、九十九は死んだと。

 だが、刺したのは九十九ではなく椿であった。その光景を見た六鏖達は驚愕し、動揺を隠せずにいた。

 柚月に刺された椿は、戸惑った。なぜ、自分が刺されているのかと……。


「柚月?」


「もう、姉上はいない。死んだんだ」


 柚月は涙を流す。目の前にいるのは椿ではない。椿はもうこの世にはいないのだから。柚月が、己と過去と向き合い、現実を受け止めた瞬間だった。

 椿は消え始める。薄紅の霧も晴れていく。

 柚月は、見事、幻術を回避したのであった。


「……さようなら、姉上」


 柚月が呟くと椿は完全に消滅し、薄紅の霧も完全に晴れた。


「なんで、なんで僕の幻術を……」


 緋零は動揺を隠せずにいる。

 柚月は、六鏖達をにらんだ。


「もう、過去にとらわれたりしない。俺がここに来た理由は、朧と……九十九を助けるためだ!九十九を殺すためじゃない!」


 柚月は構える。

 彼に続いて九十九も構えた。


「貴様、正気か!?九十九はお前の姉上を……」


「殺した。けど、俺は信じる。九十九の事を」


 六鏖達には理解できなかった。あれほど憎んでいたはずの九十九をなぜ、柚月は許せるのか。

 そんな彼らに対して、柚月は告げる。九十九を信じていることを。なぜなら、柚月は九十九の事を理解しているからだ。理解してるからこそ、九十九を受け入れることができた。

 もはや、幻術さえも効果はない。六鏖達は勝つための手段を失ってしまった。


「六鏖!どうすればいいのさ!」


「だったら、朧を殺せ!こいつは用済みだ!」


 六鏖は、追い詰められ、ついに朧を殺すことを決意する。人質とも言える朧を殺すことを命じられた雪代達であったが、彼らも同意のようだ。

 彼らを殺せないのであれば、朧を殺して、隙を作るしかない。

 正確な判断ができないほど、彼らは追い詰められているようだった。

 六鏖達は、一気に朧に迫り、襲い掛かろうとした。


「朧!」


「させるか!」


 九十九は、朧の元へ行こうとするが、体が動けない。もう、限界のようだ。

 柚月も、朧を守るために、地面をけり、走りだす。

 その時だった。

 柚月の胸の鼓動が高鳴る。それと同時に聖印が強く光り始めた。

 さらに、柚月は光の刃を身にまとう。自ら聖印を発動したわけではない。それなのに、今、自分は異能・光刀を発動している。

 だが、それだけではなかった。

 異能・光刀を発動したと同時に、柚月は一瞬で朧の前に移動した。


「!」


 九十九、そして、六鏖達は、驚愕していた。何が起こったのか。それは柚月も同様であった。自分自身の身に何が起きているのか。

 だが、今はそんなことを考えている場合ではない。この力があれば、朧を助けることができる。六鏖達を倒すことができる。

 そう確信した柚月は、力を発動する。

 光のような速さで、六鏖達を切り裂いていく。

 まさに一瞬の出来事だった。

 六鏖達は、銀月に斬られ、血を流し、よろめいた。


「どうなっている……」


「六鏖……このままじゃ……」


 六鏖達は、重傷を負った。このままでは、殺されてしまう。

 危機を察した六鏖は止むおえず、決断を下した。


「……退け!逃げるぞ!」


 柚月は、六鏖達を逃がさんとするかの如く、一瞬で六鏖達の前に現れる。

 だが、六鏖達は、妖気を発動し、柚月は、行く手を遮られてしまう。

 妖気が収まると六鏖達の姿は消えていた。逃げられてしまったようだ。


「逃げられたか……」


 安堵したのか、力が抜けたように柚月が倒れる。柚月も体力の限界を超えていたようだ。動くことができない。銀月も力尽きたかのように折れてしまった。


「柚月……」


 九十九は、柚月の元へ駆け寄ろうとするが、倒れる。

 二人は、互いの顔を見やるが、力が入らない。浅い呼吸を繰り返し、目がぼやけて見えてきた。


「無茶しやがったな」


「お前が……言うことか……」


「はは……そうだった……。人の事、言えねぇよな……」


 二人は、同時に意識を失う。

 その直後、綾姫たちが、柚月達の元へ駆け付けた。

 綾姫達は柚月達の治療をし始める。

 長い夜が終わりを告げ、朝の光が柚月達を照らした。



 それから、しばらくして柚月は目を覚ました。

 その場所は見慣れた部屋だ。

 柚月は、無事に聖印京に戻ってこれたようだ。

 彼を心配してか、朧と綾姫が覗き込むように柚月を見つめていた。


「柚月!」


「兄さん!」


「朧……綾姫……」


 柚月は、ゆっくりと起き上がる。無理したせいで、まだ、体が鉛のように思いが、痛みは引いている。

 周辺を見回した柚月は、朧と目があった。


「朧、無事か?」


「うん、ごめんね。兄さん。本当にごめんなさい」


 朧は涙を流した。

 自分がとらわれてしまったせいで、柚月達が怪我を負ってしまったことに負い目を感じているのであろう。

 柚月は手で朧の涙を優しく拭い、微笑んだ。


「泣くな。兄ちゃんなら、大丈夫だ」


「うん」


 朧は笑みを柚月に向けてうなずく。

 柚月は朧の頭を優しくなでた。

 お互い無事であることを安堵しながら……。


「……綾姫、あれから、何があった?」


「討伐隊が来てくれたの。月読様が、勝吏様に応援を要請したそうよ」


 綾姫は静かに語った。

 自分たちが治療をし終えた頃、階段を駆け上がる足音が聞こえた。綾姫は慌てて、術で九十九を狐へと化けさせた。

 駆け付けたのは討伐隊・第一部隊の譲鴛じょうえん達だった。

 譲鴛達が言うには、月読が勝吏に事情を説明し、応援の要請をしたとのこと。柚月の身が危ないと知った彼らは柚月達を助けるため、駆け付けに来てくれたそうだ。

 その後、譲鴛達は、柚月達を守りながら聖印京へと戻った。

 戻った後は、自分達も体を休めたという。夏乃達はまだ眠ったままだが、命に別状はない。すぐ、目覚めるであろうと綾姫は説明してくれた。


「そうだったのか……。九十九は?」


「九十九なら、もう目覚めたよ。隣の部屋で待ってる」


「……そうか。……あいつのところに行ってくる」


「……うん」


 柚月は立ち上がり、静かに部屋を出た。

 朧と綾姫は互いを見やる。だが、彼らを心配しているのではない。彼らを信じている。

 穏やかな顔で、朧達は柚月達を待つことにした。


 

 柚月は九十九が待つ部屋の御簾を開けた。

 九十九は壁に持たれ、柚月の顔を真っ直ぐ見ていた。


「柚月……」


「入るぞ」


 柚月は静かに九十九の部屋に入り、座った。


「体はもう平気なのかよ」


「それ、お前が言うことか?」


「……そうだった」


 九十九は笑って答えるが、柚月は暗い顔をしている。

 まるで、自分を責めているかのように……。

 九十九は柚月の様子に気付き、心配するような顔つきへと変わった。


「どうした?浮かない顔してるぞ?」


「九十九……すまなかった」


 柚月は首を垂れて謝罪する。

 自分が犯した過ちのせいで、九十九達を傷つけたことを柚月は、後悔していたのだ。

 だが、九十九はそんなことを気にしてなどいなかった。


「謝るなって。憎まれて当然のことしたんだからな」


「だが、わかろうともしなかった。そのせいで、朧もお前も……」


「だから、いいんだって。気にすんなよ」


 九十九は、笑って話す。何とも人間らしい表情をしているだろうか。

 昔の柚月だったら気付きもしなかったであろう。妖も人間と同じように笑うのだと……。

 九十九の笑顔に助けられた柚月は九十九にあることを告げた。


「……これから、母上に頼もうと思ってる」


「何をだ?」


「九十九を許してほしいと。お前の力が必要だ。朧にとっても俺達にとっても」


 九十九が聖印京を出たことを月読は許さなかった。だが、九十九は大事な存在であり、九十九の力は必要だ。九十九はなくてはならない存在であることを柚月は知っている。

 だからこそ、月読を説得しようと決意したのだ。今度こそ、自分の想いをぶつけて……。


「そのことなら必要ねぇ。さっき、月読が来た。俺が出てったことはなかったことにしてやるってさ」


 柚月はきょとんとしている。あの月読が、九十九を許したというのだ。

 何があったのか、柚月は想像もつかない。綾姫が交渉したというわけではなさそうだ。だとしたら、なぜ、許したのか。柚月は見当もつかなかった。

 だが、そんなことは今はどうでもいいことなのかもしれない。

 九十九が、いてくれるのだから……。


「俺も、行くあてねぇし。世話になるかな」


「頼むぞ、九十九」


 九十九は「おう」とうなずく。

 こうして、柚月は、無事に九十九を受け入れることができた。

 だが、柚月はふと思い返す。

 靜美塔で四天王と戦った時、発動した謎の力の事を……。

 光の刃を身と纏ったが、光刀ではなさそうだ。あんなにも早く動けたことは一度もない。


――そう言えば、あれは一体何だったんだ?聖印の力……なのか?


 柚月はさらに思いだす。

 謎の力が発動された時に、聖印が光っているように感じたことを。あの力も聖印の力なのか。あの力は何だったのか柚月にはまだわからなかった。

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