第四章 柚月の災難

第五十一話 空から振ってきた手紙

 四天王との死闘から一週間後の事だった。

 柚月達は大事をとって月読から休暇をもらった。

 柚月達の傷はだいぶ癒えたようだ。

 食事の後は、お茶を飲みながらゆっくりくつろいでいた。

 

「皆、だいぶよくなってきたね」


「そうですね。これも、綾姫様と景時のおかげですね」


「いやいや、僕は何にもしてないよ」


 景時は謙遜して、やんわりと否定するが、綾姫と景時が懸命に治療をしてくれたのは、本当のことだ。そうでなければ、柚月達は、安静にしなければならなかったであろう。それほど、あの戦いは激しかったことを物語っている。

 全員が無事に生きて帰れたのも奇跡だと言われているほどに。


「ここのところ、任務ばかりだったら、休めれてよかったわね」


「……」


 特殊部隊が発足してから、四天王との戦いまで柚月達は、任務をこなしていかなければならないことが多かった。

 討伐隊や警護隊では討伐できないような妖、そして、大量の妖との戦い。思い返せば、どの戦いも一筋縄ではいかない戦いばかりだ。

 一日休めたのも数えて十もない。安息など訪れたことなどなかった。

 だが、こうしてゆっくりと体を休めることができる。

 朧達は、心穏やかに過ごせていたのだが、柚月が浮かない顔をしていた。


「どうしたの?柚月」


「いや、ちょっと気がかりなことがあってな」


「気がかり?」


「……四天王の事だ」


 柚月が気になったことは四天王の事だ。

 あの日以来、四天王は行方不明のままだ。靜美山付近を捜索しているが、足取りはつかめていない。

 柚月は、自分が四天王を討伐さえしていればと、心残りがあった。


「奴らは、取り逃がしてしまった。仕留めておければよかったんだがな。今頃、どこにいるのか……」


「そういうことは、今、考えなくていいんじゃないか?」


「だが……」


「討伐隊が動いてくれてるし、奴らは重傷を負ってる。そう、遠くには行けないさ。今は、体を休めることの方が大事だろ?」


「そうだよ、兄さん」


「そう……だな」


 朧と透馬の励ましの言葉を受けた柚月は、穏やかな表情を見せる。

 彼が、そのような顔を見せたのは久しぶりだ。

 柚月の表情を見れた朧は嬉しそうだった。


「でも、本当、皆無事でよかった。本当にありがとう」


 朧は満面の笑みを見せる。こうして朧の満面の笑みが見れることで、柚月達の心は癒された。

 朧が本当に助かってよかったと柚月達は心の底から思っていた。


「本当に柚月様と九十九はすごいですね。あの四天王と互角に戦えるのですから」


「お前らだったら、本当に天鬼も倒せるかもな」


 四天王との戦いから生き残ることができたのは他でもない柚月と九十九のおかげだと綾姫達は感じている。

 取り逃がしてしまったものの四天王を追い詰めることができたのは柚月と九十九だけだ。

 だからこそ、朧達は確信している。柚月と九十九なら天鬼を倒す日も近いだろうと。二人に期待していた。


「ま、まぁ。確かに、九十九がいてくれたおかげで、助かったしな。本当に、感謝している。これからも、よろしく頼むぞ。九十九……」


 柚月は、照れながらも九十九は褒めるが、九十九の返事がなく姿も見当たらない。

 どこへ行ってしまったのかと辺りを見渡す柚月達であったが、なんと、狐に化けて朧の隣でぐっすりと気持ちよさそうに眠っていた。

 九十九の声がしなかったのは、寝ていたからであった。

 せっかく、人が褒めてやってるのにと怒りがこみあげてしまった柚月。

 柚月は、目をぎろりと光らせ、九十九をがしっとつかみ、持ち上げ、捨てた。


「わっ!」


 地面にたたきつけられた九十九は、目が覚め、体を身震いさせて起き上がった。


「何すんだよ!柚月!人が気持ちよく寝てんのわからねぇのかよ!」


「うるさい、黙れ。ちび九十九」


「なっ!」


 ちびと暴言を吐かれた九十九は、衝撃を受け、顔を引きつらせる。

 九十九は威嚇するように、柚月を見上げた。


「ちょ、ちょっと待て。ちびって俺のことか?」


「他に誰がいる。ちびはお前だけだろう」


「妖狐になったら大きくなれるんだよ!お前よりもな!」


「なんだと!」


「まぁまぁ、柚月。落ち着けって」


 柚月は、九十九に反論され、怒りを露わにする。まさに、売り言葉に買い言葉状態だ。

 透馬は、二人の前に出て、制止するが、二人はぷいっと顔をそむける。

 まさに、子供のようだ。綾姫達は、あきれ、期待しないほうが賢明なのかもしれないと考えを改め始めた。


「もう、仲がいいのか悪いのか」


「仲良くなったんですよ。きっと」


 柚月と九十九は喧嘩ばかりするが、前とは違う。憎み、憎まれる関係ではない。互いを認め合い、共に戦う仲間だ。

 二人は、まるで喧嘩友達のようだ。こんな日を待っていた朧はうれしく思っていた。

 そして、いつまでも続いてほしいと願ったのであった。


「そう言えば、柚月。力の事、わかったの?」


 綾姫は柚月に尋ねる。

 力の事と言うのは、あの日、柚月が無意識に発動した謎の力のことだ。

 あれから、柚月は謎の力の事を勝吏に報告した。

 勝吏も、柚月の力については不明のようだ。異能の力を持つ鳳城家であったが、もう一つ力が発動された過去はない。異例中の異例だった。そのため、勝吏は、軍師に尋ねることとなった。

 その結果を柚月は昨日聞かされたのだが、柚月は首を横に振って答えた。


「……いや。何もだ。軍師様にも聞いてくださったようだが……。軍師様も見当がつかないらしい」


「あの軍師様でもわからないことがあるんですね」


「みたいだな」


 軍師は、一族の中で最も力があり、聖印について詳しい。異能の力が宿っている鳳城家は、子供が生まれた時に何の能力を授かったのかを軍師に見てもらい、教えてもらっていた。

 だが、その軍師でも不明ということもあるようだ。

 軍師なら何かわかるのではないかと内心、期待をしていた柚月であったが、何もわからなかったと聞かされ、振出しに戻ってしまった。


「なぜ、俺があんな力を発動で来たのかもわからないしな」


「聖印能力の発動条件は、心の強さって言われてるからね。柚月君の心が成長したってことじゃないかな」


「だといいんだがな……」


 景時の言う通り、聖印能力が発動される条件は、心が強いことである。心が強ければ強いほど聖印の能力も強くなると言われている。

 そのため、幼い頃、柚月は中々聖印能力も発動できず、悩んだ日々もあったが、今は心が強くなっており、妖が恐れるほどの能力を発動できるようになった。

 おそらく、柚月は過去と向き合ったため、謎の力を発動できたのであろうと推測されるが、それでも、謎のままであった。


「で、あれ以来できたのか」


「さっぱりだ。どうやって発動できたのかもわからないしな」


「んだよ、使えねぇな」


「黙ってろ、ちび」


「ちび言うな!」


 柚月と九十九はまた喧嘩が始まりかけるが、綾姫達から冷たい視線を浴びせられ、無理やり怒りを抑え込んだ。


「まぁ、力のことについては、俺も調べてみる。問題なのはそこじゃないしな」


「兄さんの宝刀、折れちゃったもんね」


 銀月はあの死闘以来、折れたままだ。

 銀月が折れてしまった理由は謎の力に耐え切れなくなったからであろうと月読が推測した。それほど、あの力は強力であったと言うことだ。 

 あの最強の宝刀と言われている銀月が真っ二つにおれてしまうほどであるのだから……。

 柚月は、今すぐにでも銀月を直してもらいたいと月読に懇願したのだが、体を休めることが先決だと言われ、昨日まで許可がもらえなかった。


「母上には今朝、許可をもらったから、千城家に行ってくる」


「今からか?」


「ああ」


「じゃあ、母ちゃんによろしく言っといて」


「お前もたまには里帰りしろよ」


「そ、それだけは……」


 柚月に指摘されるが、透馬はためらう。

 ためらうというよりも怯えているといったほうが正解であろう。なぜ、怯えているのか九十九はわからないようだ。

 だが、事情を知っている朧達は、なぜか笑っていた。

 その時だった。

 突然、空から石が降り、庭にめり込んだ。埋まりかけるくらいに。

 柚月達は驚き、庭に出て石を覗き込んだ。


「な、なんだ!?敵か!?」


「いや、違う……。これは……まさか……」


 九十九は警戒して、妖狐に戻るが、透馬はますます怯えた様子だ。

 柚月達は、何か悟ったような表情を見せたのであった。


「その、まさからしいな」


 柚月は石を拾い上げる。

 すると、石から突然、手紙が飛び出したのであった。

 柚月は、手紙を手に取り、透馬に見せた。


「わっ!母ちゃんからの手紙!」


 その手紙の差出人の名前を見た透馬はおびえたように叫ぶ。

 手紙には、差出人の名が書かれてあった。

 天城矢代てんじょうやしろと。

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