第四十六話 わかっていても

 朧の前に現れたのはなんと行方不明になっているはずの九十九であった。

 朧は、動揺を隠せない。本当に九十九なのか。それとも幻なのか。何が真実なのか、もう判断がつかない。目の前に九十九がいるようにしか見えなかった。


「九十九?九十九なの?」


 朧は恐る恐る語りかける。

 だが、九十九は反応を示さない。

 九十九は何も言わずに振り向き、去っていった。

 薄紅の霧に紛れ込みながら……。


「待って!」


 朧は霧の中へと消えていく九十九を追いかけた。

 本物であってほしい。彼が本物なのかを確かめなければならない。

 たとえ、幻だったとしても、彼に会いたい。

 朧は、ただひたすらに九十九を追いかけ、薄紅の霧の中へと消えてった。



 柚月は夢を見ていた。悪夢を見ているのだろうか。

 汗をかき、うなされていた。

 その夢は朧が九十九を追いかけ、何者かにさらわれてしまう夢であった


「兄さん!」



「!」


 悪夢から柚月は目覚める。

 肩で荒い呼吸を繰り返していた。


「い、今のは……」


 柚月は息を整え、起き上がり、思考を巡らせる。

 あの夢は一体何だったのか。なぜ、朧が連れ去らわれてしまったのか。

 何か起こることなのか。柚月には何も判断がつかなかった。


「朧……」


 急に胸騒ぎが起こる。あの悪夢を見たせいなのか。

 本当に朧の身に何か起きたのではないかと不安に駆られ、静かにあたりを見回す。

 なんと、朧の姿は見当たらなかった。残されたのは、ひっくり返った毛布と布団だけ。


「いなくなってる!?」


 柚月は慌てて部屋を抜け出した。誰にも知らせずに。知らせる余裕すらなかったのだろう。


――どこだ?どこに行ったんだ?


 柚月は、屋敷内を駆け巡る。全ての部屋、庭など朧がいそうな場所を探すが、見当たらない。

 朧が去ってからどれくらいの時間がたったのだろうか。なぜ、朧はいなくなってしまったのだろうか。

 不安だけが募っていき、柚月は焦りを感じた。

 柚月が最後にたどり着いたのは、裏口だった。

 まさか、朧は外に出たのではないかと考え、裏口に向かったのだ。外に出たのではないとと願いながら……。

 だが、願いはむなしく、裏口の戸は開いていた。


――裏口が開いてる。


 柚月は裏口を抜けた。そして、裏門が開いているのが目に映った。

 いつも夜は裏門はしまっている。だが、今日になって裏門は開いたままだ。おそらく、朧が開けたのであろう。


――やはり、朧は……。


 柚月は、朧が外に出たことを確信し、裏門を通って外へと出た。



 柚月の予想通り、外に出ていた朧は、ひたすら九十九の背中を追っていた。

 薄紅の霧が濃くなり、九十九の姿が消えてしまいそうだ。

 朧は、それでも追い続ける。やっと、九十九に追いつき、手を伸ばした。


「待って、九十九!」


 朧は、九十九の袖をつかもうとするが、九十九は薄紅の霧となって消えてしまった。


――え?消えた?


 九十九が消えたことに動揺し、朧は立ち止まる。

 あの九十九は自分が会いたいと願ったから出てきた幻だったのか。

 朧は、何が起こっているのか理解できなかった。

 その時、薄紅の霧が消えていく。

 それと同時に四つの強い妖気が朧の周りを取り囲むように放たれた。


「!」


 妖気を感じた朧は驚愕する。

 その理由は、朧の周りに四天王の六鏖、雪代、緋零が現れたからだ。


「待ってたわよ、坊や」


「まさか、こうも簡単に引っ掛かってくれるとはね」


「じゃ、じゃあ、さっきのは……」


「僕が見せた幻さ。九十九から聞いてなかった?」


 朧は九十九から聞かされたことを思いだしていた。緋零は、幻を生み出すことができる妖。逃れる術は、見つかっていない。

 思いだした朧はようやく気付く。あの薄紅の霧は幻を見せるための霧。そして、あの九十九は自分をおびき寄せるための幻。朧は緋零の術にかかってしまったということを……。


「さあ、我々と共にくるがいい。鳳城朧」


「い、いやだ!お前たちのところになんか行くもんか!」


 朧は抵抗し逃げようとするが、雷豪が待ち受けていた。

 雷豪は、唸り声をあげ、朧を威嚇する。

 朧は、身震いし、後退した。


「気をつけたほうがいいわよ。その子、私たちの命令を聞かないから怪我しちゃうかもよ」


「コッチニ……コイ……」


 雷豪が、朧に迫りくる。

 朧は下がろうとするが、背後には六鏖達が朧に迫ってきていた。

 もはや、逃げ道などどこにもなかった。


「さあ、おとなしく来るがいい」


 六鏖の手が朧に迫りくる。

 その時、朧は札を使って術を発動し、逃げた。

 朧は月読から教わった陰陽術の一つだ。隙を作るくらいにしかできないが、それでも発動しないよりはマシだろう。

 抵抗するとは予想もしなかったようで、六鏖達はあっけに取られていた。

 朧は、必死で逃げるが、雪代の氷の壁が、朧の行く手を阻み、朧は逃げ道を失ってしまった。


「おとなしくしてればいいものを」


 六鏖達は、再び、朧に迫る。

 だが、朧はおとなしく捕まる気などない。あきらめて絶望する気もない。最後の最後まで抵抗するつもりだ。

 六鏖達は、朧をとらえるために、手段を選ばないつもりだった。六鏖は三つの針を指で挟み、朧に襲い掛かろうとしていた。

 だが、六鏖の針は朧をとらえることができなかった。

 なぜなら、柚月が朧の元へ駆け付け、銀月で防いだからであった。


「に、兄さん!?」


「無事か?朧」


「う、うん。ごめん、兄さん」


「大丈夫だ。気にするな」


 柚月は銀月で針をはじく。六鏖は、跳躍して後退した。


「貴様達が四天王か?」


「その通りだ。お前が鳳城柚月だな」


「そうだ」


 柚月は、四天王を警戒する。

 六鏖は柚月に対して手を伸ばした。


「鳳城朧をこちらに渡せ」


「断る」


 柚月は、銀月を構えた。


「朧は俺が守る!」


「そうか、ならば、貴様はここで殺そう。やれ!」


 雪代が氷の刃で柚月に斬りかかるが、柚月は銀月で受け止める。

 緋零は鎖鎌で柚月に斬りかかろうとする。柚月は鎖をつかみ、緋零を引き寄せようとするが、緋零は鎖鎌を手放して、回避した。

 六鏖が、隙をついて針を飛ばす。柚月は鎖を引き離して、その鎖で強引にはじいた。

 続いて、雷豪が雷を柚月に向けて放つが、柚月は、それをかわし、跳躍して後退した。


「やはり、九十九を襲ったのはお前達か」


「そうだよ。彼をこっち側に引き入れる為にね」


 柚月は、四天王と互角の戦いを繰り広げるが、相手の数は四人。

 柚月一人では、優勢に立つことが難しく、次第に追い詰められた。


「九十九が人間と一緒に暮らすなんて似合わないのよ。汚れた彼にはね」


「九十九は汚れてなんかない!汚れてるのはお前達だ!」


「黙れ!」


 緋零が、幻影をかけ、柚月は薄紅の霧に囲まれ四天王を見失ってしまう。

 その隙をついて、六鏖、雪代、雷豪が一斉に攻撃を仕掛けた。


「兄さん!」


 六鏖達は、柚月に襲い掛かるが、柚月は光刀を発動して、彼らの攻撃を全て防ぎきった。

 光刀に斬られるのを恐れた六鏖達は、距離をとるように後退した。


「異能・光刀か!やはり、貴様は生かしてはおけん!」


 再び、六鏖達は、一斉に柚月に襲い掛かる。

 光の刃を身にまとった柚月は、四方から来る攻撃にも対応できるようになった。

 四天王の妖気は強く、光の刃では防ぎきれず、柚月は怪我を負うが、それでも、柚月の勢いは止まらない。

 柚月は次第に、四天王達を追い詰めた。

 柚月は、六鏖の腕を斬り、六鏖は、腕を抑えてうずくまる。

 その隙を逃さなかった柚月は、六鏖に斬りかかった。

 しかし……。


「兄さん!」


「!」


 緋零は術を発動する。薄紅の霧が柚月を覆い、柚月の眼の前にいるのは六鏖ではなく、朧だった。

 緋零の術にはまり、目の前にいるのが朧ではないとわかっていながらも、柚月は、動きを止めてしまった。


「かかったな」


 朧は不敵な笑みを浮かべる。

 だが、聞こえてくる声は、朧の声とは似ても似つかないおぞましい声だ。

 柚月は抵抗しようとするが、遅かった。


「ぐあっ!」


 六鏖の針が、柚月の脇腹に食い込む。

 猛毒が柚月の体内を駆け巡った。


「がはっ!」


「兄さん!」


 六鏖は、柚月から針を抜いた。

 柚月は大量の血を吐き、その場で倒れる。

 朧は柚月の元へ駆け付けた。

 薄紅の霧は晴れていき、朧は六鏖の姿へと戻った。


「わかっていても、逃れられないのさ。幻にはね」


 緋零は不敵な笑みを浮かべる。

 柚月は苦悶の表情を浮かべ、うめき声をあげ、胸をかきむしるようにもがいた。

 猛毒が見る見るうちに柚月を犯し始めた。


「兄さん、待ってて、今助けるから!」


 朧は、柚月の手当てをし始めるが、遮られてしまう。

 なぜなら、雪代の冷たい手が朧の腕をつかんでいた。


「一緒に来なさい、坊や」


 朧は抵抗を試みるが、朧の手が凍り付く。

 身動きが取れなくなった朧は、六鏖に抱きかかえられ、捕らえられてしまった。


「放せ!放せ!」


 朧は必死に抵抗するが、もがいてももがいても六鏖は放さない。

 六鏖は、朧を抵抗させないように、手刀をうち、朧の意識を途絶えさせた。

 動かなくなった朧を確認した六鏖達は、空へと飛びあがり、柚月から遠ざかっていった。


「お……ぼろ……」


 柚月は、激しい苦痛に抵抗して、震える手を伸ばす。

 だが、朧をとらえた六鏖達は、さらに、遠ざかっていき、朧の姿が見なくなり始めた。


「柚月!」


 柚月と朧の姿がないことに気付いた綾姫達が柚月の元へ駆け付ける。

 だが、柚月は、焦点が合わなくなる。震える手にも力が入らない。血を何度も吐き、地面は赤く染まった。

 柚月は、必死に抵抗するが、ついに耐えられなくなり、意識を手放してしまった。

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