第四十五話 薄紅の霧
柚月が、自分の心と向き合い、答えを出した次の日の事だった。
月読に命じられ、柚月達は大量の妖達と戦いを繰り広げていた。
今日の柚月は、前の時とは違う。決意を形にしたように冷静で無駄な動きがない。綾姫達にとって頼もしい存在だと思えるほどに。
彼の姿を見守っていた朧も、同じように感じていた。今までの柚月とは違うと。
自分が憧れる柚月に戻ったように思えた。
全ての妖を討伐し、柚月達は、宝刀や宝器を収めた。
「よし!任務、完了だな!」
「うん。上出来だね」
妖を倒し終えた柚月達はスッキリとした顔つきだった。今まで以上に。
「にしても、最近、大群の妖ばかりですね」
「そうね。もしかしたら、何か仕掛けてくるかもしれないわね」
「用心しないとな」
最近、大群の妖が増えている。毎日連続してだ。
何か不穏な動きが起こるのではないかと思うほどに。
だが、もしそうなったとしても日頃用心しておけば、対処もできるだろうと柚月は、考えた。
もちろん、それだけでなく作戦会議も開くべきだと考えている。天鬼や四天王の動きも予測すべきなのだろう。
などといろいろ思考を巡らせていた柚月であったが、何やら視線を感じたようだ。振り向くと朧と視線が合った。
「どうした?朧」
「ううん、何でもないよ」
「そうか。朧、怪我はないか?」
「うん、兄さん達のおかげだよ」
朧は満面の笑みを見せる。久しぶりの笑顔だ。柚月は久しぶりに朧の笑顔に癒された。
朧は、柚月の姿を見て頼もしい隊長だと思っていた。柚月は、何か吹っ切れたような様子だ。ここのところ、落ち込んでいた柚月を見ていたため、朧は安堵した様子で柚月を見ていたのであった。
「戻ろう」
「ええ」
柚月の指示に従い、綾姫達も、聖印京へ戻ろうとする。
朧も後を追うが、ふと立ち止まってしまった。
「ん?」
朧は、足元を見る。自分の周りや柚月の周りに霧が立ち込めているようだ。
――霧?
視線を凝らすとその霧はとても不思議に感じる。霧の色は薄紅。だが、そんな色の霧など見たことない。何か起こっているのではないかと朧は直感した。
「朧、どうした?」
柚月に呼ばれ、ふと見上げた朧。
その瞬間、あの薄紅の霧はなくなっていた。
見間違いだったのだろうかと思うほどに。
朧の様子をうかがっていた柚月は心配そうにこちらを見ていた。
「ううん、何でもない。行こう、兄さん」
朧は、心配かけまいとして、笑った。
柚月と共に聖印京へ戻るが、あの霧のことが頭から離れなかった。
――気のせい、だよね……。
朧は、霧の事は無理やり、消そうとした。見間違いだったのだと。
だが、朧は、この後、柚月達に言わなかったこと、無理やり考えないようにしたことを後悔することになる。
柚月達は、聖印京へ戻って月読に報告した後、作戦会議を開いた。
大量の妖の出現は四天王に関係している可能性がある。今後、大量の妖と戦う時は、妖達の動きや妖気に注意するよう指示した。
そして、もし、四天王と遭遇した場合。一人で戦おうとせず、とにかく自分たちと合流することを先決とすることを話した。誰一人死なせないために……。
夕焼け空に変わった頃、柚月達は、いつものように食事をとっていた。
この時の食事はやけに騒がしかった。景時と透馬が柚月をからかうのだが、柚月は前のように突っ込みを入れ、振り回されている。まるで昔に戻ったようだ。
朧達も笑いが止まらない。こんなに楽しい食事は久しぶりだろう。九十九もいたらもっと楽しくなりそうだ。朧はふとそんなことを思い浮かべてしまった。
そう思うと、少しだけ、寂しさが残ってしまった。
少し落ち込んだ朧の様子を見た柚月は、あることを決意していた。
食事を終え、柚月達は、ゆっくり体を休めていた。
この時はとても静かで、穏やかだ。心が和むほどに……。
柚月は、深呼吸し、意を決したかのように話し始めた。
「皆、話があるんだ」
「ん?どうした?」
柚月が話を始めた途端、朧達は、驚いたように顔つきが変わる。
今日の柚月の様子からして九十九の事だろうと予想はついていた。
それゆえに、朧の鼓動が高鳴る。何の話をするつもりなのかと、ドキドキしていた。
柚月は、落ち着いた様子で話を続けた。
「……九十九の事だが……探しに行こうと思う」
「え?」
朧は、驚愕する。
まさか、柚月の口から九十九を探しに行こうなどと言う言葉が出てくるとは思わなかったからだ。
だが、柚月は九十九を憎んでいるはずだ。その気持ちは朧も痛いほどわかっている。だから、九十九の事はあきらめかけていた。
それなのになぜ、柚月は九十九の事を探そうと決意したのであろう。
朧はその理由を聞かずにはいられなかった。
「に、兄さん、九十九の事……」
「……なんと言えばいいかわからないが、九十九と話がしたい。あいつがどこまで話してくれるかわからないがな」
柚月は、なんと九十九とも向き合おうと決意したようだ。
朧達も九十九と椿の事は何も知らない。九十九は語ろうとしなかったからだ。
だが、それでも、柚月は、九十九と話し、九十九の事をわかろうと考えたのだろう。
朧は、今までで一番うれしく感じた。
「……いいんじゃない?ちゃんと話せば、わかり合えることもあるわ」
「ええ、私もそう思います」
綾姫達も柚月の決意に賛成だ。誰も止めるはずなどない。ずっと、彼の決意を待っていたのだから。
だが、朧はふとある疑問が生まれた。
「でも、母さん許してくれるかな?」
問題は月読の事だ。月読は九十九の捜索を禁じている。
自ら聖印京を離れた九十九の事を月読は裏切り者と判断した。その月読が、九十九の捜索を許可するとは到底思えなかった。
だが、朧の不安を拭い去るように柚月は微笑んだ。
「そのことだが、すぐにでも母上と話をしようと思う。説得しなければならないからな」
「おっ、頼もしいね~」
「よっ。さすが隊長!」
「からかうな」
景時と透馬がいつものようにからかい、柚月が突っ込むと笑いが起こる。
何とも和やかな雰囲気だ。とても暖かく感じられるほどに。
笑いが収まった後、柚月は、すっと立ち上がった。
「行ってくる。朧を頼んだぞ」
「任せろよ」
朧達はうなずき、柚月は、離れを出て、月読の元へ向かった。
しかし……。
「駄目だった……」
――使えねぇ、隊長だな。
月読の説得に失敗した柚月。疲れ果てた様子で離れに戻ってきた。
あの頼もしい姿はみじんにも感じられないほどに。
何とも情けない姿であろうか。正直、朧以外は、柚月に任せた自分たちが馬鹿だったと嘆いていた。
「やっぱり、母さん、だめって?」
「ああ……」
柚月は、語り始める。
月読とのやり取りを……。
南堂へたどり着いた柚月であったが、偶然、南堂に勝吏もいた。
話の邪魔をするなと言わんばかりの顔つきを見せる月読であったが、この時の柚月は怖気づくことなく、自分の意見を告げた。
九十九の捜索の許可を出してほしいと。
しかし、月読が許可するはずがなかった……。
「……駄目だ」
「母上、お願いします。俺は、九十九と話がしたいんです!どうか許可を」
「許可はできん。戻りなさい」
門前払いをくらった柚月。何とかして、九十九を探しに行きたいと訴えるが、どう訴えても、月読の意見を変えることはできない。
綾姫はどうやって自分の意見を押し通したのだろうかと疑問に思うほどであった。
だが、柚月に助け舟を出したのは他でもない勝吏だ。
勝吏は、月読をなだめるかのように諭した。
「ま、まぁ、いいじゃないか。月読。柚月が九十九を探したいって言ってるんだ。探させてやっても……」
「九十九は許可なく聖印京を出ていったんです。裏切ったも同然でしょう」
「それは、俺にも責任があります。どうか、許可を!」
九十九が出ていったのは、自分のせいだと責任を感じている柚月は、月読の懇願する。
あれほど、九十九を憎んでいた柚月がここまでするということは何かわけがあるのだろうと考えた勝吏は、月読に命じるかのように告げた。
「月読、柚月がここまで言ってるんだ。行かせてあげなさい」
「……駄目です。勝吏様」
「どうしてだ?」
「もし、九十九の捜索の許可を出せば、誰かに感づかれてしまいます」
妖が出現したわけでもないのに、柚月達が外に出れば、何かあったのではないかと勘繰られる可能性がある。
月読はそれを恐れているようだ。確かに、九十九の存在を知られるわけにはいかない。
月読の意見も最もだった。
「なら、任務の時に捜索させればよいのではないか?」
「そういうことではないのです。第一、九十九は自ら出ていったんですよ?無理やり戻らせては危険ではないのですか?」
「……」
九十九は自ら聖印京を出ている。
柚月達が戻そうとしたところで、今度は九十九が自分たちの仲間に戻るという保証はどこにもない。
九十九を信じたい柚月ではあったが、月読に反論ができない。九十九が信用できるという根拠を話したところで月読の意見を変えることはできそうになかった。
これには勝吏もお手上げの様子だった。
「まぁ、確かにな。柚月、今日のところはあきらめなさい」
「……はい」
もはや、打つ手なし。
柚月はあきらめて、南堂を後にした。
説得するなど言ったものの結局できなかった柚月、朧達になんといえばいいのかと悩みながら歩いていた。
その時だった。
「柚月!」
柚月を呼び止める勝吏の声が聞こえる。
柚月が振り返ると、勝吏は慌てた様子で柚月を追いかけている。
柚月の元にたどり着いた勝吏は、息を切らしていた。
「父上、どうなさいました?」
「言い忘れていたことがあってな」
「何でしょうか?」
「九十九の事だ。月読はああ言ったが、任務が終わったら、少しばかり捜索しても構わんと思うぞ」
勝吏は、外なら月読に聞こえないと考え、柚月の元に来てくれたようだ。
だが、勝吏がいいと言っても、正式な許可が出ていない以上、九十九の捜索は禁じられたままだ。
「し、しかし……」
「何、偶然を装えばいいではないか。たまたま見つけて、説得して戻ってきたら月読も何も言うまい」
何とも突飛な提案だろうか。偶然を装えって連れ戻すなどできることなのだろうか。何より、月読に気付かれる可能性は高い。
うまくいくとは思えなかった。
「そう、簡単に行くでしょうか?」
「何とかなるもんだ。駄目な時は、私が許可を出したことにしよう」
「それで、いいのですか?」
「問題ないだろう」
問題あるような気がすると柚月は不安視したのだが、今は勝吏に頼るしかない。
そうでなければ、九十九を見つけることなど到底できないだろう。
柚月は、勝吏の言葉に甘えることにした。
「わかりました。ありがとうございます」
柚月は月読と勝吏とのいきさつを話し終えた。
最初は、あきらめていた朧だったが、話を聞き終え、希望に満ちたように笑顔を取り戻した。
「ということは、任務が終わったら、九十九を探しに行くんだね!」
「ああ。母上に内緒でな」
「その方がいいかもしれないわね」
「はい!絶対見つけようね!兄さん」
「ああ」
柚月達は微笑んだ。
そして、誓っていた。必ず九十九を見つけ出そうと。そして、彼がどんな闇を抱えていたとしても受け入れようと。
夜になり、柚月達は眠りについた。
少しだけ、自分の心の問題が解決したためか、柚月は穏やかな顔つきで眠っている。
だが、朧は眠れそうになかった。九十九を探しに行けると思うとワクワクしてしまい、眠れなかったのだ。
だが、眠らなければ、明日に影響する。朧は眠ろうと試みるが、やはり、眠れないようだった。
――早く、探したいな。九十九、どうしてるかな……。
朧は、楽しみにしているようだ。
だが、その時だった。朧は、何かに気付いたように目を見開いた。
「ん……?」
朧は、起き上がり、周辺を見回すと霧が立ち込めている。それもあの薄紅の霧だ。
――あの赤い霧だ。どうして、霧が出てるんだろう。
なぜ、薄紅の霧が出現しているのか、朧は不思議に思った。
何か起こっているのではないかと思い、部屋を出た。柚月達は、気付かずに眠り続けていた。
朧は庭へと出た。未だ薄紅の霧が立ち込めている。
霧がどこから出ているのか、なぜ、出ているのか。朧は正体をつかまなければならない気がした。
その時だった。ある人影が、朧の目に映った。その人影の正体ははっきりと見えてきた。
その人影の正体はなんと九十九であった。
――九十九!?
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