第四十話 抑えきれない怒り
柚月達は、月読の命令で靜美山にたどり着いた。
妖が出たという場所を目指したが、すでに、大量の妖がこちらに向かってくるのが見えた。
しかも、昨日よりも大群だ。やはり、近くに天鬼たちの拠点、靜美塔があるからだろう。強敵ぞろいの妖達が柚月達に迫ってきた。
「ま~た、団体さんが来たみたいだね~」
「はい。やはり、奴らの拠点が近くにあるからでしょうか。数も前と比べて多いですね」
「うん、そうだね……」
朧も妖の数の多さに圧倒され、息をのむ。
今まで、柚月達が大量の妖と戦い、一気に倒してきたのは何度も見てきた。だが、今回は数が多すぎる。昨日の倍はいるようだ。
しかも、どの妖も強敵のように見える。
朧は不安に駆られたが、柚月達は誰一人引き下がる気はないようだった。
「で、どうするよ。柚月隊長」
「……前と同じ手は通用しないだろうな」
これだけの大量の妖に前のような作戦は通用しない。
柚月は、作戦を思いついたようで、後ろを振り向いた。
「綾姫と景時は、後方から攻撃だ。夏乃と透馬は、範囲攻撃で頼む」
「わかったわ」
綾姫達は、うなずく。
今回は、守りを捨て、全員攻撃させる作戦となった。全員で挑まなければ、妖達を一気に倒すことは困難であろう。
それに、近くには靜美塔があるはずだ。四天王は次々と妖を放つ可能性もある。
柚月は、一気に妖を倒すしかないと考えたようだ。
九十九は明枇を抜くが、地面に突き刺した。
いつもなら肩にかけて、戦う姿勢をみせるのだが、今日は待機するかのような行動を見せる。
柚月の命令に従うつもりなのだろう。
「で、俺はいつもの待機ってやつか?」
「……」
「兄さん?」
九十九は語りかけるが、柚月は反応を示さない。考えているというわけではないようだ。
機嫌が悪いのだろうか。柚月の様子をうかがっていた朧達は、柚月を心配するかのように語りかけた。
それでも、柚月は何も反応を示さなかったが、重い口を開けたように話し始めた。
「お前は、俺とともに来い。突っ込むぞ」
「え?いいのかよ」
九十九はあっけにとられたような反応を見せる。
いつもなら、柚月は待機だと命じてきた。だが、今回は柚月と共に突撃するよう命じられる。
今回は、綾姫達の技に巻き込まれる可能性は今まで以上に高い。そのはずだが、柚月はあえて突撃すると宣言した。
「ああ。だが、奥を目指せ。こいつらを、放っている奴がいるかもしれないからな」
「おうよ!」
今回の任務は、討伐及び調査だ。討伐だけで終わらせる気はないようだ。
大量の妖を放っている妖を見つけ出すことも目的としているらしくその調査を九十九と行うことを柚月は考えていたようだ。
これまで以上に暴れられると確信した九十九は豪快にうなずき、明枇を地面から抜きだして、肩にかけた。
九十九は、殺気を向きだしにし始めた。
柚月は再び、綾姫達の方へと振り向いた。
「朧を頼むぞ」
「ええ」
朧の身を託された綾姫達はうなずく。
柚月は、前を向き、銀月を抜いて構えた。
綾姫達も宝器を手にし構える。
妖達は、すでに柚月達の目前までたどり着こうとしていた。
柚月は心を落ち着かせるかのように大きく深呼吸をした。
「行くぞ!」
柚月が、叫ぶと九十九達も大きくうなずく。
柚月と九十九は、一気に妖の群れに突っ込んだ。
柚月は、異能・光刀を発動し、光の刃を身にまといながら、銀月で妖達を切り刻み、先へ進んだ。
九十九も、明枇を豪快に振り回し、薙ぎ払うかのように切り刻む。妖にかみつかれても、明枇で突き刺し、目の前に立ちはだかる妖を蹴飛ばして、先へと進んだ。
続いて、夏乃と透馬も前に出る。
夏乃は時限・時留めを発動して、雪化粧で妖を一気に凍らせる。
透馬は、聖生・岩玄雨で迫ってくる妖達を一気に突き刺した。
それでも、討伐しきれなかった妖達は朧達に迫ってくる。
そこへ、綾姫と景時が朧の前に出た。
綾姫は水札で、景時は風切と天次を使役して、迫りくる妖を討伐する。
それでもなお、立ちはだかる妖達を柚月と九十九は、斬りながら前へと進んだ。
どれほどの時間がたっただろうか。どれほど先へ進んだだろうか。気付けば、柚月と九十九の周りには妖達はいなくなっていた。
後ろにいたはずの朧達の姿も見えない。だいぶ先に進んでしまったようであった。
全ての妖を討伐した柚月と九十九であったが、妖を放った者はいなかった。
「だいぶ、片付いたみたいだな」
「……そうだな」
ひと段落したかのように柚月は息を吐き、銀月を鞘に納める。
九十九は明枇を肩に担いだまま、後ろを振り返った。
「ずいぶんと離れたみたいだな」
「ああ。妖を放った者もいないようだ。戻るぞ」
「おう」
柚月達は朧の元へ戻ろうとするが、ふと嫌な空気が一瞬あたりに立ち込めた。
「!」
その嫌な空気の正体に気付いた九十九が立ち止まる。
九十九の様子に気付いた柚月も歩みを止め、振り返った。
九十九は、眉をひそめ、明枇を下へおろしていた。
「九十九、どうした?」
「……いるぞ」
「何がだ?」
「……奴らだ」
「奴らって、四天王のことか?」
「おう」
柚月の質問に九十九はうなずく。
柚月は、いつでも銀月を抜けるように手を添えて構える。
さらに、嫌な空気が立ち込め始めた。風がざわついているようで、木々が荒々しく揺れている。嫌な風音が伝わってくる。まるで、すぐ近くに四天王がいるかのように思えた。
「九十九、単独行動はするな。まずは奴らの動きを探るぞ!」
「必要ねぇ。俺が仕留める!」
「おい!」
柚月の命令を聞かずに、九十九が走り始める。
柚月は九十九を止めようとするが、九十九の姿はどこにもなかった。
柚月は、舌打ちをし、九十九を追いかけた。
九十九は今まで以上に早く、山の中を駆け巡る。
進めば進むほど、妖気が濃くなっているようだ。
妖気を感じた九十九はこれまでにない笑みを浮かべた。
その笑みは殺気を帯びている。九十九は、ここで四天王を殺すつもりのようだ。
――四天王がこの近くにいる!絶好の機会だ!奴らを殺せば、天鬼を殺す可能性だって出てくる!ぜってぇに逃さねぇぞ!
九十九は、妖気をたどり、四天王を探す。
すると、突然目の前に、男が現れた。あの塔の中にいた男のようだ。
男を見るなり、九十九はにやりと不敵な笑みを浮かべた。
「見つけたぜ!」
九十九は狂気に満ちたような顔で、明枇を男に向かって振り下ろす。
だが、明枇を振り下ろした途端、男は一瞬で消え、霧が立ち込めた。
「!」
九十九は、何が起こったのか見当もつかないようだ。
だが、立ち込めた霧に気付いた瞬間、九十九はあることを悟った。
――今のは、幻影!あの餓鬼の術か!
九十九は、気付いてしまった。幻惑の術にかけられ、罠にはまってしまったことを。それでも、周辺を見回すが、妖気を探れない。術をかけられたからか、焦りを感じているからか……。
九十九の顔は、獲物を必死で探す獣のようだ。今すぐにでも唸りそうである。
だが、九十九は気付いていなかった。足が凍り始めていることに。
九十九は足を動かそうとしたが、時すでに遅し、足が完全に氷漬けにされ、動きが取れなくなってしまった。
――しまった!
九十九は明枇を振りおろし、氷を砕かせようとするが、中々砕くことができない。
すると上から、三つの針が九十九に迫ってきていた。
九十九は、怒りをぶつけるかのように、針をはじく。
しかし、九十九はまだ気付いていない。背後から雷が、九十九を貫かんとするかの如く襲い掛かってきていることを……。
九十九はやっとのことで雷に気付くが、回避も防御もできないほど、雷が九十九に迫ってきていた。
「九十九!」
柚月がやっとのことで九十九に追いつき、異能・光刀を発動して、九十九の身をかばうかのように前に出て、光の刃を纏った腕で雷を防いだ。
柚月にかばわれた九十九は目を見開き、驚愕していた。自分が柚月にかばわれるなど思ってもみなかったことだろう。同時に我に返り、自分が、目の前しか見えていなかったことに気付かされた。
彼らの様子をあの男たちが見ていた。
男たちは、九十九を狙っていたようだが、柚月に防がれてしまい、男の指示を聞くため、一度集まった。
「ちっ。やはり、防がれたか」
「なんだ、せっかく、僕の罠にはめられたと思ったのに残念」
「アノオトコ……ジャマダ……」
獣は、邪魔されたことに怒りを覚え、唸る。
だが、女性は九十九を殺せなかったというのに、嬉しそうであった。
「ねぇ、どうするの?これじゃあ、あたしたち、気付かれちゃうわね」
「……目的は達した。一旦退くぞ」
男が命じると、女性たちは、一瞬で姿を消した。
九十九は、必死に明枇で氷を突き刺し、ようやく、氷を完全に砕けた。
――あいつら、俺を狙ってたみてぇだな。大量の妖もあいつらが放ってたってわけか。
「……っ!」
九十九は、自分が狙われていたことにきづくが、柚月が突然、苦悶の表情を浮かべ、うめき声を上げる。柚月の腕は、黒く焼け焦げた痕があった。
光刀だけでは、防ぎきれず、火傷をおったようだ。
「お、おい、柚月……」
「触るな!」
柚月の身を案じた九十九が柚月に触れようとするが、柚月は怒りを露わにし、声を上げ、九十九の手を振り払う。
柚月は、激怒しているようだ。それも今まで見たことないくらい。憎悪と言うよりも、怒りの方が強いように九十九は思えた。
「単独行動をするなとあれほど言っただろう!なぜ、俺の言うことが聞けない!」
「仕方がねぇだろ!今のは四天王の奴らだ!ここで確実に仕留めねぇと殺す機会を失っちまうんだよ!」
「だが、先ほど罠にはまっていただろう!俺が来なかったら、殺されてたんだぞ!命令に背くな!」
「俺はてめぇの部下じゃねぇ!」
九十九も思わず怒鳴り声を上げてしまう。売り言葉に買い言葉となってしまった。
沈黙が続いた。柚月は何か言いたげな顔をするが、何も言わない。九十九は余計に腹立たしく思えてきた。
「もういい。戻るぞ」
柚月は、何も言うことをせず、振り向く。
彼の煮え切らない態度を見た九十九の怒りがとうとう頂点に達してしまった。
柚月の態度に関しては、これまで我慢してきたが、耐え切れなくなってしまったようであった。
「あー、腹立つ!この前から何なんだよ!何にも言わねぇで、抱え込みやがって!言いたいことがあるなら言えよ!」
「なんだと?」
九十九の言葉を聞いた柚月は癇に障ったらしく、振り返って九十九をにらみつける。
九十九も怒りを抑えることができず、柚月に全てぶつけるかのように怒鳴った。
「わかってんだよ!最近、てめぇの機嫌が悪いことくらい!どうせ、俺のことだろ?だったら、言えばいいだろが!」
「貴様に……」
柚月をこぶしを握り震え上がらせる。柚月もとうとう怒りを抑えられなくなるほど頂点に達してしまったようだ。
足音を立てて、九十九に迫った。
「何がわかる!」
柚月は、九十九を殴った。
彼はこれまで一度も九十九を殴ったことはない。喧嘩はしてきたが、本気で殴ったことなどないのだ。
殴られた九十九は、よろめくが、体制を整え、彼もこぶしを握り、震え上がらせた。
「わかってたまるかよ!」
九十九も柚月を殴る。
柚月もよろめくが、再び九十九を殴った。
九十九も再び、柚月を殴りつける。
お互い、怒りをぶつけるかのように……。
そこへ、朧達が柚月を探しに駆け付けた。戻ってこない二人を心配したのだ。
彼らが目にしたのは、殴り合いをしている柚月と九十九の姿であった。
「兄さん!九十九!」
「って、何やってんだよ、お前ら!」
「やめなさい、二人とも!」
二人の姿を見た朧達は、慌てて二人を制止する。
強引に止められた二人は呼吸が乱れ、荒い息を繰り返した。
だが、怒りは収まらない。抑えられない。
柚月と九十九は互いをにらみ合った。
そんな二人の状況を見てしまった朧達は、柚月達を心配した。
呼吸を整えた二人であったが、状況は変わらず、にらんだままであった。
「……やはり、貴様とは相容れぬようだ」
「だからなんだよ」
「……お前を即刻追いだしてやる」
柚月は怒りに任せて言葉を発する。
彼の言葉を聞いた朧達は驚愕し、目を見開き、言葉を失ってしまった。
だが、柚月の言葉はこれだけでは終わらなかった。
「都から出ていけ!」
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