第二十四話 純血人の定め

 柚月達の前に現れたのは、綾姫の従妹の千城成徳であった。

 成徳も綾姫同様に亜麻色の整った短髪に翡翠の目が印象的だ。

 彼の立ち振る舞いは貴族のようだが、その笑みは蛇のようだ。柚月達は成徳を警戒した。


「……びっくりしたよ。きれいな女の人がいるのかと思ったから」


 なんと、成徳は禁句の言葉を柚月に投げ付けるかのように吐きだす。

 柚月の顔は一瞬だけ、引きつり、朧達は恐怖におののくかのように柚月を見やる。

 成徳は、柚月がその言葉を耳にしたら激怒することは知っている。知っていて、わざと言ったのだ。

 成徳は千城家の皇子。綾姫同様に皇族扱いされている。もし、怒りをあらわにして、成徳に殴り掛かったりでもしたら大問題だ。

 側近たちがいる手前、柚月は、怒りを表に出すことができず、震えるこぶしを後ろで隠し、笑顔で対応した。

 

「お、お褒めに預かり光栄です……」


 柚月は、何とかして耐えるが、成徳は不敵な笑みを浮かべている。

 朧達は、確実に二人の間で火花が散っていることを確信した。

 成徳は、笑顔を浮かべていたが、ふと見下したような顔で、柚月達に問いかけた。


「で、何しに来たんだい?出入りは、厳しくしたはずだけど?」


 成徳の問いに柚月は、説明しようとするが、綾姫が柚月の前にかばうように立ち、成徳に対して笑みを浮かべて答えた。


「私が頼んだのよ。お母様のことでね」


 綾姫は、自ら答えるべきだと思ったのだろう。この狡猾な男は、柚月に対して何を言うかわからない。綾姫はそれが耐えられなかったのだ。

 自分が言えば、多少は、嫌味など言えないだろうと考え、柚月の前に立った。

 結果、成徳は、少し後ろへ下がったようにのけぞる。

 だが、成徳は再び、笑みを浮かべて、綾姫の髪に触れた。


「ああ、琴姫様の事か。綾、琴姫様のことなら僕に任せればいいと言っただろう?僕は君の許嫁なんだ。僕に頼っていいんだよ?僕はそこの男とは違って警護隊に所属している。君にとってふさわしい男なんだから」


「……」


 成徳に髪を触れられたことに対して綾姫は不快感を表し、目をそらす。

 確かに、成徳は綾姫の許嫁だ。だが、綾姫はそのことに納得していない。親が決めたことではあるが、このような男の妻になる気はない。

 綾姫は、これ以上触れられまいとして、成徳の手をつかみ、払いのけるように引き離した。


「成徳、確かに、貴方のことは信頼しているわ。でも、この件については、柚月達にも頼もうと思ってるの。柚月は警護隊の人間ではないけれど、実力は高く評価されてるわ。それに、あなたの負担を軽減したまでよ。忙しいでしょ?何かと」


 綾姫は冷静な態度で成徳の申し出を丁寧に断った。

 信頼など全くしていないが、こうでもいわないと、成徳は納得しない。

 それに、警護隊の任務は激務だと聞かされている。琴姫の様子を伺うことくらいしかできないはずだ。綾姫はそれを利用して、成徳を説き伏せた。


「……そうかい。綾が言うなら、彼らにも協力してもらおう。しかし、期待されるって言うのはうらやましいねぇ」


「い、いえ……」


 成徳は、そうやってうらやましそうに話すが、実際は嫌味であろう。

 綾姫が頼るのはいつも柚月だ。許嫁である自分を差し置いて。

 成徳はそれが気に入らなかった。それゆえに、柚月に対して冷たく当たったこともあった。

 成徳の中に潜んでいる嫉妬心は、ゆがんでいるようだ。


「でも、もし、できないようなら手を貸すよ?重荷でしょ?弟君のお守りもしなきゃいけないし」


「成徳!」


 成徳は、柚月だけではなく、朧にまで精神的な攻撃を仕掛ける。これには綾姫も怒りを露わにした。

 朧も、自分が重荷であると感じているため、うつむいてしまう。朧の様子を見た夏乃は、朧を心配し、九十九は、成徳に対して、怒りを覚えた。

 だが、柚月はいつになく冷静だ。

 柚月は、綾姫を退かせ、成徳の前に立った。


「成徳皇子、お気遣いありがとうございます。ですが、うちの朧も月読様から任務を授かった者です。けっして、朧は付き添いで来たわけではありません。この件は、私と朧にお任せください。……また、お怪我をされては皆が心配なさいますよ?」


「!」


 柚月に反論された成徳は、動揺してしまう。

 あの素早い妖が現れた時、怪我を負った警護隊の人間は、なんと成徳であった。

 成徳は、この事に関して屈辱だと感じていた。その噂は柚月の耳まで届いている。

 柚月は、成徳にとって耳が痛いことを言ってのけたのであった。

 冷静ではあるが、朧を傷つけられたことに怒りを燃やしたのであろう。

 さすがに、成徳も、たじろいだ。


「……そ、そうだね。君たちは優秀だ。僕が心配する必要はなさそうだ。し、失礼させてもらうよ」


 心の傷をえぐられた成徳はもはや何も言えなくなり、逃げるように去った。

 成徳の姿が見えなくなったのを確認した綾姫は大きなため息をついた。


「全く成徳ったら……。柚月、ごめんなさいね。朧君、大丈夫?」


「僕は大丈夫です。お気になさらないでください」


 申し訳なさそうに謝罪する綾姫に対して、朧は満面の笑みで綾姫に語りかける。

 朧も成徳のせいで傷ついているだろうに、そんなそぶりは全く見せない。なんと心の強い子であろうかと綾姫は、感心し、朧の笑顔に救われたのであった。


「兄さん、大丈夫?」


「ああ、心配するな。あれくらいのことは想定内だ」


 朧は、振り向き、柚月に言葉をかける。自分よりも柚月が傷ついたことの方を心配していたようだ。

 だが、柚月は成徳の嫌味はなれている。むしろ攻略法まで知っているくらいだ。

 敗北の顔をして成徳の顔が見れて、柚月は内心満足していたのであった。


「けど、嫌な奴だな。いかすかねぇ。綾、お前、あんなのが許嫁でいいのかよ?」


「貴様、また、綾姫様に向かって……」


「いいのよ、夏乃」


 九十九は、綾姫に対して無礼な態度をとる。九十九も朧が傷ついたことに怒りを隠せないのであろう。

 だからといって、無礼な態度を夏乃が許すはずはなかった。

 だが、綾姫はそんな夏乃を制止させ、なだめた。


「……そうね、本当はあんな男との婚約は破棄したいわ。でも、仕方がないのよ。私は、純血人なんだもの。千城家の本家は純血人同士の結婚が望まれるのよ」


 聖印一族は、二種類の人間に分かれている。他の家の血が混ざっていない人間を純血人。二つ以上の家の血が混ざっている人間を混血人と言う。綾姫、成徳は純血人であり、柚月と朧は鳳城家と天城家の混血人であった。

 混血人は、純血人に比べて聖印の力が弱い。そのため、昔は純血人がほとんどであったが、子孫繁栄のため、混血人が増加した。

 今では、ほとんどが混血人であり、純血人の方が稀だ。

 だが、千城家は強力な結界を張らなければならない。結界を張る他の二人も純血人だ。そのため、千城家の本家では、純血人同士の結婚を掟としている。

 綾姫は掟に従い、成徳との婚約を承諾したが、実際は未だに受け入れたくはなかった。


「そんなくだらねぇ掟、やぶっちまってもいいんじゃないか?」


「お前は、黙ってろ。これは……」


「いつかは、そうするつもりよ」


「え?」


 またまた、突拍子もない言葉が綾姫の口から出る。

 これには全員驚きだ。九十九も驚いている。まさか、本当に掟を破ろうとしているとは思ってもみなかったのであろう。目を見開いて、綾姫を疑うように見つめた。


「あ、綾姫様!?今、何とおっしゃいましたか?」


「だから、掟は破るつもりでいるって言ってるのよ。そうじゃないと、私は成徳と結婚しなきゃいけないのよ?夏乃は、それでいいの?」


「よ、よくはありませんが……」


 綾姫の問いに対して、夏乃は、言葉を詰まらせてしまう。

 夏乃も成徳が綾姫の許嫁だとは思いたくない。大事な大事な綾姫を成徳に奪われるのは耐えがたいことだ。

 夏乃は返す言葉が見つからなかった。


「それって、できるんですか?」


「やってみたことはないわ。けど、やらないと後悔はするわね」


 朧の問いかけに、綾姫は堂々と答える。

 恐れを知らない綾姫を誰も止めることはできないようだ。

 九十九は、笑いをこらえきれなくなり、笑みをこぼした。


「面白れぇ女だ。いいんじゃねぇか?好きにすれば」


「お前、また……」


「ええ、そうさせてもらうわ。止めたって無駄だからね」


「……困ったな。これでは、止められそうにない」


「でしょ?」


 自由奔放な九十九に対して、柚月は制止させようとするが、綾姫は、堂々と宣言する。

 これには柚月も参った様子だ。

 綾姫は、勝ち誇ったような笑みを柚月達に見せた。

 だが、柚月達も心の中では思っている。

 綾姫の幸せのためなら、掟などないほうがいいのだろうと……。


「けど、その前に、お母様を助けなきゃね」


「……そうだな」


 柚月達は、うなずいた。

 今は、琴姫を救わなければならない。

 柚月達は、進み始めたのであった。



 柚月達は、琴姫がいるとされる開かずの間にたどり着いた。

 障子しょうじには札が張られ、結界が施されていた。


「……失礼します」


 綾姫は、結界を解き、障子を開ける。その部屋にいたのは、眠りについた琴姫であった。


「こ、これは……」

 

 琴姫を目の前にした柚月達は、動揺が隠せない。今の琴姫は、無残な姿だった。

 琴姫は綾姫によく似ている。とても美しく凛としたお方だ。

 だが、目の前にいる琴姫の顔は痩せこけ、顔色が悪い。手はけいれんしており、目の焦点があっていない。

 もはや、別人のように思えたのであった。

 だが、一番驚き、動揺しているのは九十九のようだった。


――駄目だ……。もう、手遅れだ……。


 九十九はあきらめたように、琴姫から目をそらしてしまった。

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