第十七話 相容れない関係
ようやく、景時と透馬を追いだした柚月は、朝食を朧ととった。
九十九、景時、透馬にからかわれた柚月は、どっと疲れが出たようで一気にやつれているように見えた。
「に、兄さん、大丈夫?」
「ああ、なんとかな……。にしても、あいつらまで知ってたとはな……」
「先生は、見抜いたからだけど、透馬は、兄さんの手助けになるように母さんが透馬に教えるように伝えてくれたんだよ」
「手助けにならないからな!あいつは邪魔しに来てるだけだ!」
「う、うん……」
柚月は、透馬のことを全否定するとはぁと息を吐き、料理を口に運んだ。朧は料理を半分残し、九十九に渡す。九十九はその料理をおいしそうにほおばった。
「しかし、あの二人は面白い奴らだな。気が合いそうだ」
「……」
九十九の声がして、柚月は目を細めてじーっと九十九をにらむ。九十九が自分たちの部屋にいることが不思議で不思議でたまらなかったようだ。柚月に睨まれていることに気付いた九十九も目を細めて柚月をにらみ返した。
「なんだよ」
「なんで、しれっとそこにいるんだ?お前は自分の部屋に帰れ」
「いいだろ、別にお前の命令に従う気はねぇ。てか、さっきからお前とか、妖狐とかなんで、名前で呼ばねぇんだよ。名前で呼べよ。あ、俺の名前、忘れたんだろ?教えてやるよ、九十九だ。つ・く・も」
「知っている。知っていても、呼ばんだけだ。さっさと帰れ、この馬鹿妖狐」
馬鹿妖狐と呼ばれた九十九は、カチンと来たらしく、顔をひきつらせた。どうやら九十九は馬鹿と呼ばれることを快く思っていないようだ。実際、馬鹿なのだが……。
九十九は箸を膳にガタンと置き、朧を驚かせた。
「いちいち、うるせぇんだよ。女みたいな顔してるくせに」
九十九に暴言を吐かれ、柚月の動きが止まった。
朧は慌てるようにおどおどし始めた。
だが、朧の様子を気付くことなく、柚月は鬼のような形相で九十九を見た。
「今、なんていった?」
「あ?もういっぺん、言ってほしいのか?」
「待って、九十九。それ以上言ったら……」
「女顔って言ってんだよ!お前は、女みたいなんだよ!」
朧が制止しても、九十九は柚月に対して暴言を吐いた。柚月の目が光る。がしっと銀月を手にし、立ち上がった。
柚月は闘志を燃やし、九十九を見下ろしていた。
柚月の様子に気付いた九十九は、ぎょっとした目で柚月を眺めた。
「え?ど、どうした?じょ、冗談なんだけど……」
「ちょ、九十九、まずいって!」
「何が?」
「兄さん、女みたいとか言われると怒るんだよ。前に言ったじゃん!」
「あ……」
朧に指摘され、九十九は思いだしたように呟いた。
よく女に見間違われた柚月にとっては、「女みたいな顔」「女顔」「姫」「かわいい」「きれい」などは、禁句であった。朧も九十九にそれを教えており、絶対に口外しないよう口止めしていたのだ。
朧の聞いた話では柚月の前で思わず言ってしまった部下は半殺しにされたという。その様子を見た部下たちは口々に話した。あの時の柚月は鬼のようであったと……。
柚月は、ゆっくりと立ち上がり、銀月を抜いた。
「貴様は、殺す。この場で即刻!」
「ま、待て、柚月!話を……」
「そ、そうだよ、兄さん。お、落ち着いて……」
「問答無用!」
九十九と朧が柚月を止めようとするが、柚月は止める気はなく。九十九を殺しにかかった。
逃げ惑う九十九と追いかける柚月は、あちこち、暴れ、道具が激しく落ちる音、壁に穴が開く音、どたどたと走る音、柚月、九十九、朧のぎゃあぎゃあわめく声が、離れから響いており、母屋にも聞こえたため、屋敷にいたものたちは、何が起こってるんだ?と言うような顔つきで離れの方に目を向けていた。
柚月と九十九の争いは絶え間なく続いていた。
「何を考えているお前達は!一族に知られたらどうするつもりだ!」
月読は畳を思いっきり手でたたいて、柚月と九十九を怒鳴りつけた。
騒ぎを駆け付けた月読は、術で強引に柚月と九十九を束縛し、やっと落ち着いた二人は、目をそらしたままふてくされていた。
暴れたせいか、二人の体は、あちこち擦りむいていた。
「朧、お前が止めなくてどうする!知られたらお前も罪人だぞ!」
「ご、ごめんなさい……」
月読は朧までもしかりつける。朧は落ち込み、謝罪を口にした。
関係ない朧まで叱られてしまい、柚月は我に返る。だが、ふてくされたまま月読に反抗した。
「朧は関係ないでしょう。これは俺達の問題です」
「そうだ。悪いのはこいつだ。朧は悪くねぇ」
「お前が無神経なことを言うからだろ」
「無神経なのはそっちだろうが。だいたい、お前が……」
「いい加減にしないか!」
まだ、言い争いを続ける二人に対して、月読は再び怒鳴りつける。だが、二人は反省することなく、目を背け、ふてくされているのであった。
そんな二人を目にした月読は、ため息をつき、文を二人にたたきつけるように渡した。
「これは?」
「妖の目撃情報だ。都に潜んでいるらしい」
柚月が、文を広げると月読の言う通り、妖の目撃情報が記されていた。
その情報によると、妖は、昨日の夜、南聖地区に出現したらしい。けが人は数名と記されていた。
どうやら、天鬼の出現時に妖が数匹紛れていたようだ。聖印寮の人間が討伐したのだが、討伐しきれなかった妖が潜伏していたということだろう。
「お前達にはこの妖の討伐の任務を与える」
「どうして、俺達に?警護隊や討伐隊は出撃しないのですか?」
任務を命ぜられた柚月は月読に疑問を投げかける。都に妖が出たのであれば、警護隊、または討伐隊が出撃するのが当然だ。
だが、今回は自分と九十九に任務が与えられたことを不思議に感じた。
「この妖は特殊でな。おそらく天鬼が生み出した妖であろう」
「あいつは、そういうのが得意だ。自分の操り人形を生み出すことがな」
悪趣味だと九十九は吐き捨てるように言う。
天鬼は、自分の肉と血で妖を生み出し、操ることができる。千城家の敷地内で柚月が討伐した妖も、天鬼が出現時に現れた妖も全て天鬼が生み出した妖であった。
「で、何が特殊なんだ?」
「この妖は人に化けるらしい。九十九、お前はその妖を見抜け。柚月は九十九の援護をしろ」
人に化けるとなれば、警護隊や討伐隊でも見抜くことは難しい。月読は九十九が妖を見抜くことができると推測し、今回の討伐を二人に任せることにした。
だが、柚月は月読に反論した。
「お待ちください。俺はこいつの援護などしたくありません。第一、こいつが、街に出たら妖狐をかくまっていることが知られてしまうでしょう」
柚月は、九十九の援護などできるはずがなかった。それに、九十九を街に出すということは街の人間に九十九の存在が知られてしまう。そうなれば、朧が罪人となってしまうだろう。
柚月は、それだけでも回避したいと考え、反論した。
「心配などいらぬ。九十九は狐に変化して見抜いてもらう。見抜くのは九十九だが、仕留めるのはお前だ柚月。妖を誘いだし、討伐せよ。嫌とは言わせぬぞ」
柚月の誘導作戦は、優秀だ。柚月の誘導で妖を幾度となく討伐することに成功している。月読は柚月のその能力を認めている。だからこそ、二人でなければできないことであった。
それでも反論しようとする柚月に対し、月読は先手をうつ。氷のような冷たい目で、柚月を見据える。
柚月は反論したかったのだが、反論すれば、月読は何をするかわからない。柚月ははいと答えるしかなかった。
「……承知いたしました」
「当然だ。九十九、お前もいいな?」
「別にいいぜ。俺はどっちでも」
九十九はどうでもよさそうに答える。柚月は、九十九と妖を討伐することに納得がいかず、月読から目をそらした。
二人の様子を見ていた朧は、心配そうな顔をしていた。本当に大丈夫なのだろうかと……。
だが、二人は朧の様子に気付いていなかった。
空が闇夜に染まった頃、柚月、朧は、町人に成りすまして街中を歩いた。九十九は、小狐の姿に変化して、朧の肩に乗っかり、あたりを見回した。
本当なら朧は離れで待っていて欲しかったのだが、朧を一人にしたら危険な目にあってしまう可能性がある。何より、朧が二人と共についていくといい、柚月は朧を連れていくことにした。
正直、九十九と二人っきりで行動するのは想像しがたいことであったため、朧がいてくれて助かったと内心ほっとしていた。
街は、明かりがともっていて夜でも賑やかだ。店や屋台が並び、街は人々であふれかえっている。妖が一匹紛れ込んでも不思議ではない。
柚月達はあたりを見回しながら用心して妖を探すが、妖の気配は一向につかめなかった。
柚月達は、路地裏に入り、作戦を練ることした。
「ねぇ、九十九、妖はいた?」
「いや、いねぇな。つか、あれだけ人がいると見つけにくい」
「そう……兄さん、どうする?」
「そうだな……」
朧は柚月に尋ねる。柚月はどうやって妖を見つけ出すか、作戦を練っていた。本来なら九十九に頼るべきところなのであろう。だが、柚月はどうしても九十九に頼りたくない。
つまらない意地なのだが、考えを変えるつもりはなかった。
だが、妖を見つける術は、見つからない。
柚月は黙っていたが、九十九が何かひらめいたように話し始めた。
「なぁ、そういや、妖は俺を狙ってたんだろ?」
「だからなんだ?」
「俺が妖気を放てば、妖は俺に気付く。そしたら、俺は妖を見抜けて、捕まえられるんじゃねぇか?」
九十九は提案するが、柚月は眉をひそめて九十九を見下ろす。柚月に睨まれたような気がして、気に入らない九十九は柚月に突っかかったように問いかけた。
「なんだよ、言いたいことがあるなら、言えよ」
「妖がお前に気付いたところで、どうやって倒すつもりだ?あの街中で刀を抜けば、混乱が起きる。怪我する人間もいるかもしれないんだぞ。それに、街中には聖印一族がいる。お前が妖気を放てば、気付かれる。朧に危害を与えることになるぞ」
「だったら、他にいい案があるのか?」
「そ、それは……」
柚月は他口ごもってしまう。確かに九十九が妖気を放てば、誘きやすいが、人々や朧のことを考えれば、良しとはしなかった。
だが、他にいい案がない。柚月は反論することができなかった。
そんな柚月を見た九十九はいらだちを覚え、たびたび柚月に突っかかった。
「ほらみろ、ねぇじゃねぇか。そうやって保守的な考えだけで、行動しなかったら意味ねぇんだよ。朧を守るって言ったのは口先だけか?」
「なんだと?」
九十九に突っかかられた柚月は、怒りを露わにする。柚月と九十九はにらみ合い一触即発状態だ。
そんな二人を見かねた朧は二人の間に入り、制止した。
「兄さん、九十九、やめてよ。今は言い争ってる場合じゃないよ」
朧に止められた二人は、黙って目をそらす。二人もわかってはいるのだが、そりが合わない。
当然と言えば、当然だろう。今の二人が協力するというのは簡単なことではない。
九十九は舌打ちをし、柚月を見上げるように眺めた。
「別に、俺が一人で行きゃあいいだけだ。そうすりゃ、朧に危険な目に合わない。それでいいだろ?」
「……勝手にしろ」
「……」
九十九は何も言わず、柚月達の前から去っていった。
「九十九!」
「待て!」
朧が九十九を追いかけようとするが、柚月が朧の肩をつかみ、引き留める。柚月は朧をこれ以上危険な目には合わせたくない。九十九を追いかければ、それが目に見えてわかっていた。
だが、朧は悲しそうな目で柚月を見る。まるで謝罪するかのようだ。
朧の眼を見た柚月は、固まってしまった。
「……ごめん、兄さん」
朧は柚月の手を振りほどき、九十九の元へ向かった。
一人残された柚月は走ってしまう朧の姿を見続け、立ち尽くした。
結局、朧を止めることもできなかった。それほど、朧と九十九の絆は強いのだろう。
柚月は、それに気付かされたような気がして苛立ちを感じた。
「……ちっ」
柚月も朧を追うように走り始めた。
柚月達と別れた九十九は、あたりを見回していた。だが、人が多すぎて妖の気配をつかむことができなかった。
それどころか、人の多さに九十九はめまいがしそうになった。
――人が多すぎて、めんどくせぇな。やっぱ、俺の妖気を当ててやれば……。
九十九は集中しわずかな妖気を解き放った。わずかな妖気であれば、妖は気付いても、聖印一族は気付くことはない。
それを利用し、九十九は妖をおびき出そうとしていた。
――さあ、来やがれ。
九十九は、集中してあたりを見回す。すると、一人の男を発見し、異変を感じた。その男からわずかな妖気を九十九は感じ、男が人間に化けた妖だと気付いた。男は、あたりを見回している。まるで自分を探していたかのようだ。
九十九は、気付かれないように人ごみの中に隠れ、男に接触しようとした。
しかし……。
「九十九!」
朧の声がする。九十九は声のする方を見やると朧が自分を探して人ごみの中をかき分けていた。
――まずい!
九十九は、朧の元へ急ぐ。
九十九は朧を妖に近づけたくない。九十九も、朧に危害を与えないようにしたかった。だからこそ、一人で飛び出した。柚月が自分の提案を受け入れなかった苛立ちもあったし、何より、自分の提案が朧や人々な危険な目にあうことを柚月に指摘され、九十九は一人でやるしかないと思ったのだ。
朧を発見した九十九は朧の元へ駆け寄ろうとするが、男もまた九十九の姿を発見し、異変が起こり始めていた。
『見つけたぞ!』
人から妖気があふれ出る。人は見る見るうちに、妖へと変化していった。
「妖!?」
妖を目の前にして、朧は恐怖で立ち尽くしてしまった。
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