第十六話 嵐のような二人組

 三人の共同生活が始まった次の日の朝、柚月は、鍛錬をし始め、朧は柚月の様子を見学していた。

 柚月は、木刀を手に、素振りを百回以上続けた後、休憩に入った。

 汗をぬぐった柚月に朧はお茶を差し出した。


「ありがとう、朧」


「うん、兄さん、いつも鍛錬をやってたの?」


「いや、久々だよ。隊長になってから母上と会わないと行けなかったりしたからできなかったんだ。時間もできたしな。体を動かしてないとなまるんだ」


「でも、怪我まだ治ってないんでしょ?傷口開かない?」


「だいぶ治ってきた。心配ないさ」


「本当に?」


「本当だ」


 柚月と朧は、会話が弾みだし楽しそうであった。

 そんな中、じゃりっという足音が響いていたが、話に夢中で柚月と朧は気付かない。足音を立てた主が二人に近づいてきた。


「やっほー。柚月君、朧君、元気にしてたー?」


「ああ、元気にしてたって、え!?か、景時かげとき!?」


「先生!」


 二人の前に現れたのは、さらさらの長い赤毛、茶色の瞳の青年であった。

 彼の名は、蓮城景時れんじょうかげとき。聖印一族の一つ、蓮城家の人間であり、朧の専属医でもある。

 景時はニコニコと笑って、手をひらひらと振っているが、柚月と朧は口をぽかんと開けている。

 なぜ、景時がこの離れにいるのか、柚月や朧も不明であり、困惑した。


「なぜ、お前が?いや、どうやって入ってきた?戸は閉められたはずだが?」


 柚月達は、妖狐の九十九を住まわせていることを隠すため、離れに移ったが、その際に、他の人間が入らないように鍵をかけてある。その鍵を持っているのは、柚月と朧、勝吏、月読のみだ。

 だが、二人の目の前には景時がいる。なぜ、彼がいるのか不思議で不思議でたまらなかった。


「そうだよ。だから、勝吏様から頂いたのさ。鍵を」


 景時は柚月達に鍵を見せる。それは、柚月達も月読から渡された鍵と同じであった。


「え?なんで?どういうことだ?」


「まぁまぁ、細かいことは気にしないで」


「気にしないといけないんだよ、こっちは」


 蓮城家は、医師の一族と言われている。

 景時は、蓮城家の中では優秀な医師で有名なのだが、同時に極度ののんびり屋なのだ。それも周囲を巻き込んでしまうほどの。本人はちっとも気付いていない。そのせいで柚月はよく振り回されていたのであった。


「そう怒らない怒らない。ほら、朧君の診察始めるよ」


 柚月が怒っていても、景時は気にしない。それどころか、鍵を持っている理由も言わずに、部屋へと入ってきた。

 柚月は、ため息をつき、どっと疲れが出たようであった。



「本当に、病が治ってるんだね」


「はい。先生のおかげです」


「いやいや、朧君が頑張ったからだよ~偉い偉い」


 景時は、朧の診察を終えたが、診察をする時の景時は、この時だけ真剣だ。診察を終えるといつものようにのんびり屋になる。

 ずーっと、真剣なままでいて欲しいものだと柚月は常日頃思っているのであるが、その願いは全くもって叶いそうにない。絶望的とも言えるであろう。

 診察を終えたので柚月は、ようやく景時が鍵を持っている理由を聞きだそうとした。

 

「で、なんで、お前が鍵を持っているんだ?そろそろ説明してくれ」


「まぁ、そう、急かさないの。柚月君」


「こっちも、事情があるんだよ!」


 景時に振り回される柚月は突っ込みを入れる。だが、景時はいつものごとく気にしない。

 朧は、二人のやり取りは毎回のことなので二人を見守ることにしていた。


「まぁ、僕も君たちに事情を話したいんだけどね、彼が来てくれないと説明できないんだよ」


「彼?」


「うん、とーま君」


「と、とうま?」


 とうまと言う言葉を聞いて柚月は嫌な予感がした。

 すると、じゃりじゃりと走る音が聞こえ、柚月は恐る恐る庭のほうを見ると。

 短髪の白髪、紫の目が印象的な活発そうな少年が柚月達の前に現れた。


「よっす、柚月!朧!元気にしてたか?」


「……」


 柚月は彼を見るなり、御簾をしゃっと閉めた。 


「ちょちょちょ!なんで、しめんだよ!」


 彼は、慌てて御簾をめくって部屋に入ってきた。


「勝手に入ってくるな、透馬とうま。邪魔だ。消えろ」


「に、兄さん、かわいそうだよ。ほら、入って、透馬」


 彼の名は、天城透馬てんじょうとうま。聖印一族の一つ天城家の人間であり、見習い鍛冶職人であった。

 柚月は、透馬を冷たく扱う。なぜなら、幼い頃、柚月は透馬によくかわかられるからであった。

 透馬はやんちゃで、人をからかうのが好きである。柚月は今でも標的にされるため、透馬に対して冷たい態度をとるようになった。


「そうだよ、冷たい奴だな~柚月は」


「うるさい。で、なんで、お前もここに来れるんだよ。戸は閉めてあるはずなんだが?」


「え?勝吏様からもらったけど?」


「はぁ!?」


 柚月は、あっけに取られてしまう。景時だけでなく、透馬まで鍵を持っている。なぜ、この二人が勝吏から鍵をもらえたのか。何がどうなっているのか、柚月は見当がつかなかった。


「なんで、二人してもらってるんだ!?まさか、あのくそ親父、俺達を隔離していること、いつもみたいに忘れてほいほいこいつらに渡したんじゃ……」


「に、兄さん……くそ親父って」


「柚月君、混乱しすぎて本音が駄々漏れだよ~」


「てか、重要事項を忘れる大将ってまずいだろ」


 混乱した柚月は思わず本音を漏らす。朧達は柚月の様子を見てあきれてしまっていた。そこで、しょうがないなぁと透馬がつぶやき、なぜか勝手に柚月の前に胡坐をかいて座った。


「あのな、柚月。俺ら知ってんだよ」


「何を」


「九十九君が、妖狐だってこと」


「……はい?」


 柚月は、腰が抜けたような様子で尋ねる。知られてはいけないはずの九十九のことをなぜ、二人が知っているのかと疑問が浮かぶばかりであった。

 どう考えても柚月は答えを出せない。景時と透馬はゆっくりと柚月が抱える疑問に答えるのであった。


「僕の聖印は妖を操ることができる力だからね。それに僕は医者だよ?朧君にかかっていた病は普通の病じゃないことぐらい見抜けるさ」


 景時は相変わらずニコニコとした表情で答える。

 蓮城家の聖印能力は妖を操ることだ。医療の知識も豊富な景時は、朧の異変を見抜き、勝吏に尋ねたところ、朧の秘密を知ることとなった。


「あ、俺は、母ちゃんから聞いたんだ。ほら、母ちゃんって月読様の姉ちゃんだしな」


 月読は天城家の娘であったが、勝吏と結婚し、鳳城家に嫁いだ。月読には姉がおり、透馬はその息子だ。つまり、柚月達と透馬は従妹同士であった。

 透馬の母親は月読から朧の秘密を聞かされており、透馬は柚月達がこの離れに住むことになった際、知らされたのであった。


「そうだったんだ。先生が九十九のことを知ってるのはわかってたけど、透馬も聞いてたんだね」


「まぁな」


「なるほど、それで鍵を持っていたのか。だが、景時がここに来るのはわかる。お前はなんでここに来たんだ?来たって意味がないだろう、帰れ」


「おいおい、はっきり言うなよ。来る意味はあるっての」


「なんだ?」


「銀月の手入れに来てやったんだろ?母ちゃんの代わりにさ」


「そうか、お前も天城家の人間だもんな。見習いだけど」


 柚月は、どうでもよさそうに透馬に暴言を吐く。

 天城家の聖印能力は武器を生み出すこと。そのため、天城家はほとんどが鍛冶職人となっている。透馬は、見習い鍛冶職人ではあるが、手入れなどはできるため、たまに柚月の銀月の手入れをしてくるように母親から依頼された。

 本人は、透馬に銀月の手入れをされるのを嫌がるが、透馬は手入れの時だけは悪戯はしないようにしている。手入れの時だけは……。


「見習いは余計だ。ほら、みせろ」


「はいはい」


 柚月は透馬に仕方なしに銀月を渡す。

 透馬は真剣な顔つきで銀月の手入れをし始めた。

 天鬼との激しい戦いで刃こぼれしてしまった銀月はあっという間に元に戻り、満月のように刀身がまばゆくなった。

 朧や景時は元に戻った銀月を眺めるように見ていた。


「すごい、きれい……」


「さっすがとーま君。完璧だね!」


「だろ?さっすが、景時。わかるじゃん。俺が天才だってこと」


「はいはい。わかったから、さっさと寄越せ」


 淡々と語る柚月は急かすように手を前に出す。透馬ははいはい。せっかちだなと嫌味を呟き、しぶしぶ柚月に銀月を返した。


「にしても、あの天鬼と戦って生きながらえたとはな。柚月が初めてなんじゃないのか?」


「確かにね、天鬼が都に来た時は、混乱したからね。みんな、死を覚悟してたみたいだよ」


「まぁ、俺も覚悟はしていたさ。だが、あの妖狐が追い払ったんだ」


 柚月は思い返していた。天鬼と戦いを繰り広げていた時のことを。自分一人ではどうにもできず、九十九に助けられてしまい、柚月は、自分の無力さを思い知らされた。

 この時、柚月はさらにあることを思いだしていた。天鬼が都から逃げるときに結界が張られたことを……。


「……そう言えば、天鬼が都から逃げた時、結界が張られたようだが。お前達は何か知ってるのか?」


 柚月が問いかけると景時と透馬は顔を見合わせる。景時は言いにくそうな表情で重い口を開け、結界について語り始めた。


「それね、綾君が結界を張ったみたいなんだ」


「詳しくは聞かされてないけどさ」


「そうか……」


 柚月は、暗い表情を浮かべた。綾姫は自分が結界を張ることを決意し、自分の父親と成徳を説得すると柚月に話していたが、本当に説得して結界を張ったようだ。

 現在の綾姫の状態も綾姫の母親の詳細を誰もつかめていないようで、柚月は、綾姫が無事であることを願うしかなかった。


「そういうことだから、綾姫は、当分屋敷にこもるだろうな。まぁ、行動を制限されてるわけじゃないから、会いに行くことぐらいはできるぜ」


「ど、どうしてそういうことになる」


「だって、好きなんだろ?」


「違う!」


 透馬は意地悪そうな顔で柚月にちょっかいを出す。透馬は柚月と綾姫が仲がいいのは熟知している。柚月に会うたびに綾姫の話を出し、からかって、怒られるというやり取りを繰り返す。柚月に何度怒られても、透馬は気にすることは一度もなかった。

 柚月は、必死に否定するが、その必死さは逆効果だ。肯定しているようなものだろう。

 朧や景時もこの二人のやり取りは実に愉快だと思っており、にやにやして柚月を観察した。


「へぇ、お前、あの姫が好きなのか?」


「だから、違うって……って、誰が言った?」


 柚月はあたりを見回した。先ほどの声は何ともかわいらしい声であるが、明らかにこの部屋にいる人間の声ではない。

 なら、誰の声なのか、他に誰かいるのではないかとあたりを見回すが誰もいなかった。


「この声ってもしかして……」


 朧は、声の主に気付いたようで見下ろすようにあたりを見回す。すると、朧の隣にすりすりと顔を寄せて座っている小狐姿の九十九がいた。


「お、お前!」


「九十九、やっぱり!」


「へぇ、こいつがね」


 九十九の突然の登場に、柚月達は、多種多様な反応を見せる。

 柚月は驚き、朧はうれしそうな顔をする。景時はほんわかした表情で九十九を眺めていた。

 九十九と初対面の透馬は九十九をまじまじと見る。さらに、透馬は九十九の頭を撫でるが、九十九は気持ちよさそうな顔をしている。

 柚月は内心透馬に頭を撫でられるのはいいのかと、九十九に対して怒りを覚え、わなわなと体を震わせていた。


「あ、九十九君だ。やっほー」


「やっほ、じゃない!なんで、ここにいるんだ!」


 のんきに手を上げて九十九に挨拶する景時に対し、柚月は立ち上がり、部屋に入ってきた九十九を責めるかのように問いただす。

 隣の部屋にいるように命じられた九十九が、なぜかここにいる。絶対に入るなと言っていたはずなのに。

 問いただされた九十九は平然として柚月の問いに一応答えた。


「なんでって、騒がしいから気になってきたんだろ?特にお前が」


「うぅ……」


 柚月は言葉を詰まらせてしまった。

 確かに、騒がしかったが騒いでいたのは柚月ただ一人。となれば、何が起こっているのか気になるのは当然であろう。

 九十九がここに来た原因は自分にあると九十九に指摘され、柚月は返す言葉もなかった。


「それに、あのままで入るとお前、ぎゃあぎゃあわめくだろ?だから、この姿の方が、気付かれずに入ってこれると思ったんだよ」


「さっすが、九十九君。やるねぇ~」


「柚月、やられたな」


「うるさい!お前ら帰れ!」


 九十九、景時、透馬にからかわれる柚月。柚月は彼らを帰るように叫ぶが、彼らは帰るそぶりは一切見せない。

 それどころか、さらなる質問が柚月に襲い掛かったのであった。


「で、綾姫の事、どう思ってるんだ?」


「うんうん、それは是非とも聞いてみたいね~」


「おうおう、聞かせろよ。てか叫んじゃえば?愛してるーって!」


 もはや、彼らを止めることはできない。言いたいやりたい放題の始末だ。我慢の限界が近づいてきており、柚月は体をわなわなと震わせる。

 朧は、そんな柚月を止めることができず、どうしようかとおろおろしていた。


「お前ら……いい加減にしろ!!!」


 柚月はどなり声をあげ、彼らを追いだそうとするが、九十九達は気にすることなく、柚月と朧の部屋に居座り続けていたのであった。

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