夏の章 茶道ガールと華道ガールのサイレント茶会 PART11



  11.



「……よお、親友。一昨日はお楽しみでしたか?」


「なんだよ。秀樹かよ、びっくりさせんなよ」


 週明けの教室に入った途端、秀樹の声でクラス中がざわつく。その中で彼は皆に聞こえるように声を上げた。


「はい、皆、注目! 男・菊池涼介は昨日、男を貫きました!」


「ええ、何だって!? それはそれは……」


「聞いたぞ、菊池。ついに『勉強部屋』、デビューしたんだってな!」


「お、まじか!? で、どうだった? 脱童貞は!? ていうかゴムありだったの!? なしなの!? どうなの!?」


 クラスの男子に群がられ、何も答えずとも勢いで押される。予想しておらず口ごもっていると、クラスの女子まで近寄ってきた。


「菊池君、どうなの? 遠藤さん痛がってた? 痛いの!? 気持ちいいの!? どっちなの!?」


「うるせえよ、菊池が知る訳ねえだろ! 遠藤さんに訊けよ!」


「訊ける訳ないじゃない! 女はね、守らなきゃいけない場所があるのよ。それを本人になんて……訊ける訳ないじゃない!」


「何いってんだ、このブス! っておおい、菊池、どこ行くの」


「便所」


「「何、じゃあ俺達も……」」


「いや、来ないでいい」


「「じゃあ結果だけでも……」」


「結果、結果か……。結果はな……最高だよっ!!」


「ウェェーイ!!」


 捨て台詞を履きながら教室を出ると、愛染さんと目が合った。彼女の表情を見ることができずに足を進めると、後藤先生にあっさり掴まった。


「はい、着席。菊池、便所は後な。一学期も終わりますが、二学期も皆さん全員と顔を合わせられるよう、くれぐれも間違いだけは起こさないように」


「はい、先生!」


 クラスの男子生徒が手を上げると、後藤先生は彼を指差した。


「間違いっていうのは、男が女の子とあれ、することでしょうか?」


「まあ、それだけじゃないがそういうことだ。だからなお前たち……」


「先生! すでにこのクラスには禁則事項を破った者がおります!」


「ほう……それは誰か?」


「菊池涼介大先生です!」


 俺の名前が呼ばれると、クラス中がざわつく。二クラスしかないこの高校で叫べば隣のクラスにも聞こえるに違いない。


「菊池……お前、また……」


 先生の冷たい視線から逃れられず、顔を塞いでしまう。


「いえ、俺は……何も……」


 横を振り向くと、愛染さんが潤んだ瞳でにやにやしながら俺を見ていた。弁解したいがここで話しても何も解決できない。


「何もないことはないだろ!? 白状せえよ! 俺達はな、祝ってやりてえんだよ! お前のことをな!」


「いらないよ!? 何でここまでオープンにしなきゃいけないんだよ!? 懺悔することじゃねえだろ!?」


「菊池、お前、一体、何を……」


「先生、彼はこのクラスの誇りなんです。決して、悪いことではありません!!」


「じゃあお前、何を……」



「せっく〇です」



 クラスの女子がぼそりと告げる。


「きちんと付き合っている者同士、親同士も関係があるのだから、何をそんな小さなことで囃し立ててんの……馬鹿みたい」


「うるせえ、男にとってはドリームなんだよ! ドリーム! 女子にはわからないだろうがな。特に処女にはな」


「うっさい、童貞! 叫びたかったら、家に帰ってしこしこ、自分でやりなさいよ」


「はいはい、先生わかったから静かにしてー」


 教壇の上で後藤先生は出席簿をまとめたファイルを叩きつける。


「避妊はするようにな、菊池。じゃ二学期またこのメンツで会いましょうーそれじゃあこれで解散!」


 チャイムと同時にクラスの連中が一声掛けては去っていく。ただ頷くしかなく、辺りは静かになっていく。


 最後に残った愛染さんはゆっくりと立ち上がると、俺の方を見ずにいった。


「……菊池君、お疲れだとは思うけど……今日は駄目?」


「え、何を?」


 目の端で愛染さんを捉えると、彼女は伏し目がちに呟く。


「その……お勉強……」


「え!? お勉強!!?」


声が裏返り愛染さんを見ると、彼女は顔を赤くして再び頷いた。


「本当にお疲れのところ、悪いのだけど……書の方を教えて頂けませんか?」


「ああ、そっちね!! 全然大丈夫だよ! てか疲れてねえし! 問題ねぇし!」


「……そう。なら、よかった」



 ……全然よくねえよ。



 心の中で花鈴に謝る。弁解することもできずにただ、愛染さんの嬉しそうな表情を見て肩を落とす。


無謀なことを引き受けたのだろうと今になって後悔する。書を教えることで必然的に愛染さんと過ごす時間は増え、代わって花鈴に申し訳が立たない。


 花鈴から見れば、都合のいい言い訳にしか映らないだろう。


「私はその……あっちの方でも……構わないけど……」

 

「え!? あっちって、どっち?」


「さあ、こっちじゃない?」


そういって愛染さんは自分の胸元に指を差す。上目遣いの瞳が輝きを増し、俺の心を惑わせていく。


「菊池君が……よければだけど。等価交換の方が私は気が楽だから……」


「……な、なななな何いってんの。うける。ま、冗談は置いといてどこでやろうか……」


 あてもなく口を滑らせていく。何よりも沈黙が怖くて、話さなければいけない気がしてしまう。


「 学校は終わっちゃったし、書道教室は使えないし……あーどうしよう」


「ねぇ、菊池君。とっておきの場所があるんだけど……」


「え、どこ?」



「私のおうち」



そういって愛染さんは無邪気に微笑む。


「誰にも邪魔されないし、集中してできるわ。それに……」


「それに?」


「お母さんも菊池君にお礼がしたいって」



……それだけは絶対にまずい。



愛染さんの微笑みの裏を読む。きっとあの手この手で俺を引きずり込む算段があるのだろう。彼女の口元の緩みから全身に身の毛がよだつ。


そうなれば、俺の逃げ場は確実に、ない。


「いやいやいや、それは迷惑かけるからやめとくよ。そのかわり、俺が場所を決めていい?」


「ええ、もちろん。どこに行けばいいの? もしかして……お勉強部屋?」


「いやいやいや! そんな所じゃないよ!? な、何言ってんの!?」


「じゃあどこでお勉強するの?」



 ……どこにすればいいんだ?



 周りに人がいて、書道に集中できる場所。そんな都合がいい場所なんて……。


考え抜いた挙句、思いついた場所を呟く。


「……じゃあ、お、俺んちで」



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