夏の章 茶道ガールと華道ガールのサイレント茶会 PART10



  10.



「ああ、わかりましたよ! 入りますとも!! 入ればいいんでしょっ!?」


 花鈴の手を掴みながら、腰を屈めながら潜入していく。薄暗い明かりの中、駐車場は満車になっており、小さい自動ドアに手を伸ばすと部屋を案内する電子掲示板が見えた。


「ここが受付か! 花鈴、タッチパネルになってみたいだぞ! 外はボロだけど、中は最先端だな!」


「りょう、大声出さないで! 恥ずかしい……」


「あ、ごめん……」


 粛々とパネルを押していくと、一つだけ空いてる部屋があった。そこをクリックすると、休憩と宿泊の文字が出てきた。


「か、花鈴、どっちにする!? 休憩と宿泊があるらしいぞっ!?」


「……えいっ!」


 花鈴が迷わず宿泊の文字を押すと、中から302と書かれたカードが出てきた。どうやら部屋の鍵らしい。


「おし! 鍵が手に入ったぞ! 花鈴、行くぞ!」


「は、はい……」


 

 ……さっきの勢いはどうしたんだよ。


 

 花鈴に気圧されながらラブホテルに入ったのだが、今となっては彼女は小さく纏まっており、借り物の猫状態だ。誘導しなければ動かないほど固まっている。


 エレベーターで部屋に向かいカードキーをかざすと、部屋のロックが外れた。どうやら手順は間違っていないようだ。


「……りょう、手慣れてるね? もしかして来たことあった?」


「あ、ある訳ないだろう! とにかく入るぞ!」


 2人で盗人のように足音を立てずに入ると、中は思ったよりも広くダブルベッドになっていた。テレビで見ていたものよりも広いのは、田舎だからこそだろう。


「りょう、テレビは点けないでね! えっちい番組が流れちゃうから!」


 そういわれると、点けたくなるが我慢する。とりあえず探索するのが定石だろうが、花鈴の意図を測りかねて勢いを失ってしまう。


「か、花鈴隊員!」


「は、はい! 何でしょう!?」


「これから中を探索してよろしいでしょうか?」


「うむ! 調べてよし!」


「かしこまりぃいい!」


 風呂場を覗くと、いかがわしい赤いマットがあり、椅子はなんとスケベ使用になっていた。風呂自体も円形になっており、広々としている。


 一体ここでどんな勉強が行われてきたのだろうか。数々の歴戦の学生達の名残に思いを馳せる。


「花鈴隊員、風呂場異常なしです!」


「了解であります! では潜入します!」


 花鈴もノリノリで風呂場を覗くと、備品を見て顔を真っ赤にしていった。


「全然、異常あるじゃん!! こんなの普通のホテルにはないでしょ! 馬鹿!!」


「い、痛い! すいません!」


 花鈴から容赦なく張り手を食らいながら、ラブホテル探索は進んでいく。

 

 ベッドの上に2人で寝そべると、電気のスイッチの横に回転スイッチがあった。

 

 もしやこれはかの噂の回るベッドという奴なのだろうか。


「花鈴隊員、このボタンを押していいでしょうか?」


「うむ、任せるぞ! 菊池隊員」


 スイッチを押すと、ガタガタと音を立てながら緩く回っていく。どうやら大分年代物らしい。


 息を飲みながらベッドの行方を見守る。半回転が限界のようでスイッチの灯りが音もなく消えていった。


「ここは最新式じゃなさそうね……」


「そうだな……」


 部屋の探索をあらかた終えると、花鈴がぼそりといった。


「そろそろ、お風呂にでも入りますか」


「え? 2人で入るの!?」


「あ、当たり前でしょ! ここにはそういうルールがあるんだから!」


 2人で無言で脱衣所に向かうと、花鈴は灯りを消してオレの反対側で着替えだした。



 ……本当に2人で入るのか?


 

 心臓が痛いほど加速していく。今までとは一線を越えている状況に、体がついていかない。


「……花鈴、嫌だったら無理しなくていいんだぞ」


「……い、嫌じゃないよ」


 オレの言葉を遮るように、花鈴は小さくか細い声でいう。



「今は恥ずかしいだけ……あたしがしたいから、ここに来たの」



 花鈴はそういって先に風呂場に飛び込んでいく。男のオレが勇気を出さなければここに来た意味はない。


 真っ暗な中、同じ風呂に浸かると温くなく、ちょうどいい湯加減だった。きっとさっきの間に花鈴がお湯を出して適温にしておいてくれたのだろう。


 オレが入ると同時に、ゆっくりと灯りとバスタブから泡が沸き上がっていく。どうやら湯舟の近くに灯りを調節するスイッチがあるらしい。



「……て、手慣れてるな? さては花鈴こそ来たことがあるな!」


「ち、違うよ! 小泉先輩に訊いたのっ! 入る時、灯りがなくても後からつけられるって。それで……」

 

 彼女は目を反らしながら告げていく。


「小泉先輩は誰と来たんだろうな……」


「んふふ、知ってるけど教えてあげない」


 花鈴は子供ようににやけながら笑う。その姿にいつもの彼女が見えた気がして、落ち着いていく。


「なあ、本当に今日は家に帰らなくて大丈夫なのか? さっき宿泊を押してたけど、途中で帰ってもいいぞ」


「友達の家に泊まるっていってあるから。りょうは連絡しなくていいの?」


「オレんとこは大丈夫だけどな……」


「じゃあいいじゃん。りょうは何が心配なの? 愛染さんのこと?」


 急に苛立ちが募る。彼女は何も関係ない。だけどそこで怒ることの方がおかしい気もしていく。


「愛染さんは関係ないだろう。本当にいいんだな? 俺も男だから我慢はしないぞ」


「……うん。いっぱい……して」


 花鈴は頷きながら無言で風呂から出ていく。湯煙でシルエットしか見えないが、ウェットスーツを着ていない肌色の彼女に思いが膨らんでいく。

 


 ……いつかは来ると思っていたけど、唐突だな。



 一人湯舟に浸かりながら、花鈴のことを考える。俺達の関係が変わる訳がない、だからこそ進展を先送りにしていた部分はある。


 だけどそれは彼女のことが大切だからで――。


「花鈴、出るぞ」


 ホテルに備え付けられていた浴衣を来て出ると、ベッドに薄明かりを点けたまま彼女は待っていた。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「……隣、座るぞ」


 色違いの浴衣を着ている彼女を見て、無性に抱きしめたくなるが今はまだ我慢だ。


 その前に、告げなければならないことがある。


「実はさ、親父、今帰ってきてるんだ」


「そうなの? お仕事?」


「うん、一週間だけなんだけど、大宰府に屏風絵を奉納するらしい」


「凄いね」


「ああ……やっぱり凄いよ、親父は……」


 頷くと、彼女は瞳に溢れんばかりの涙を浮かべていく。

 


「りょうはさ……この町から出て行きたいの?」



「いや、出ていくつもりはない。親父は親父のやり方があって、仕事に夢中なんだなって思った。でもオレはお前と一緒にいれたらそれでいいと思ってる」


「嬉しいけど、どうして? 出たくないの?」



「だって、お前、オレがいないと泣いちゃうだろう?」



 花鈴を小さく抱きしめて頭を撫でていく。夜店で買ったかんざしを丁寧に添わせ彼女の肩を掴む。


「オレにとって花鈴は半身なんだよ。生き別れた兄妹なんだよ。わかる?」


「わかんない……」


「お前がいるからオレがいる、最近はそう思ってるんだ」


 オレにとって父親はいないことが当たり前で、家族は欠けていることが当たり前だった。だが親父は本当の悪人という訳ではなく、家族を愛するために、成長を続けるために旅を続けているといった。


 この世は旅の連続だ、誰かが悪いわけではなく、それは全て過程に過ぎない。



「オレはここできちんとした家族が作りたい。花鈴と一緒に子供を育てて暖かい家庭が欲しいんだ。俺は……理想の父親になりたいんだと、思う」


「りょう……」


「だから……その……今日じゃなくてもいい……いつか本当にしたい時に……さ」


「うん、うん。ありがと、りょう……それだけで十分」


 花鈴は大粒の涙を流しながら、オレの思いに応えてくれるように告げていく。



「……ねえ、りょう。あたしのこと、ずっと好きでいてくれる? 他の人のこと、好きになったりしない?」



「当たり前だろ。花鈴はどうなんだよ?」


「あたしはいわなくてもわかるでしょ。何、いって欲しいの?」


「うん、一応……」


 花鈴にねだると、彼女は涙を零しながらオレの両手をぎゅっと握る。



「りょうのことがずっとずっと好き。嫌いっていっても離れないからね!」


「愛が重い……」


「りょうの愛が軽すぎるのっ!」

 

 体を添わせていると、気持ちが昂っていく。花鈴の手が、指が、熱を持っていてオレの体を溶かしていく。


「……その不束者ですが、よろしくお願いします」


「ああ、こちらこそよろしくお願いします。処女を……頂かせて頂きます」


お互いかしこまると、言葉につまり沈黙が募る。花鈴が気を利かせて一言呟く。


「……な、何いってんの、童貞」


「ああ、こちとら童貞だ、舐めんなよ!」


 冗談っぽく続けると、花鈴はきょとんとした顔で呟く。


「え、今日はその……舐めなくていいの?」


「あ、そういう訳ではなく……そっちは……舐めて欲しいです」


 しどろもどろしていると、花鈴は小さく笑って抱きついてきた。


「くくく。りょう、大好きだよ。いつも一緒にいてくれてありがとね」

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