春の章 華道ガールとミックス展覧会 PART10
「……おう、花鈴。ありがとな」
大声で喜びを表してくれる花鈴に戸惑いながらも返事に応える。
俺が書きたかったものを提示しただけに、花鈴には後藤先生から聞いたものは伝えたくない。ましては愛染さんもいる中でそんな話、できる訳もない。
「こちらがもしかして……噂の遠藤さん?」
愛染さんはそういって花鈴に視線を寄せる。
「うん、そう。俺の、彼女です」
きちんと公言すると、愛染さんは席を立ち花鈴に向けて挨拶をした。
「はじめまして、愛染彩華と申します。今日は菊池君の時間を頂いておりながら、お伝えせずにすいません」
「愛染さんが謝ることじゃないよ!? 俺がお願いしてるんだから!」
「いえいえ、こちらこそ。急に邪魔してすいません」
愛染さんに突っ込みを入れると、花鈴も猫を被りながら自己紹介を返していく。
「あたしは
花鈴の態度に困惑しながらも頷く。いつもの彼女なら敵対し不貞腐れているはずだからだ。
「そ、そうなんだ。だから悪いけど、今日は先に帰って貰ってもいいか?」
「あ、うん。それはいいんだけど……」
花鈴はスマートフォンを取り出して見せる。そこにはちょうどいい波が来ていることが書かれてあった。朝方と同じくらい乗りやすい風だ。
「今日は波がいいみたいよ。夕方からでもいけるんじゃないかなっと思ってさ、一応報告しとこうと思って」
……なんで今このタイミングでいうんだよ!?
心の中で突っ込みながら花鈴を観察する。笑ってはいるが、表情は硬い。
……花鈴。やっぱお前、怒ってる?
きっと先に報告しなかったことに対して腹を立てているのだろう。笑顔の裏には愛染さんへの牽制と自分の立場を知らしめようという意思を感じる。
「波? 菊池君、どういうこと?」
愛染さんは花鈴を見ながら疑問符を浮かべる。それに合わせて花鈴が胸を張って答える。
「あたし達、サーフィンしているの。夕方は風が強くて普段は難しいんだけど、今日はコンディションがよくてね」
「ああ、そういうこと……」
愛染さんの表情が突如、変わっていく。今まで口元に含んでいた笑みを消して、冷たい目で俺を吟味していく。
「……じゃあ、今日はここまでにしときましょうか。私のことはいいから、海に行ってきていいわよ」
「いや、行かないよ。今日までに文字を決めようと思っているから」
「……そう。なら、後は菊池君で決めてね。私は帰るわ」
愛染さんはそういって急に荷物を纏め始める。何一つ決まっていないのに、帰ろうとしているのは今の発言に問題があったからだろう。
「愛染さん、待って! 話を聞いてくれ」
教室を出ようとする愛染さんに、俺は縋るように前に出て声をあげた。
「サーフィンは書道のためにやってるんだ。別に遊びだけでやっているわけじゃない。書の流れを掴むためにやってるんだ、だから……」
「……どうしてそんなことを私にいうの?」
愛染さんは興味をなくした玩具を見るように俺を眺める。その口元には薄ら笑いもない。
「なんとなく、怒っているような気がするから。お願いだから、もう一度――」
「どうでもいいのだけど、そこをどいてくれるかしら?」
彼女は俺の言葉を遮って、そのまま冷たい音を立てながら教室を出ていった。
振り返ることのないその姿に俺はただ、黙って見送ることしかできなかった。
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