春の章 華道ガールとミックス展覧会 PART9



9.



「今日は皆に聞いて欲しいことがある。実は菊池の書が市のコンクールで金賞を取った。それで今度開かれる生け花の展覧会で字を書いて欲しいという推薦がきている」


「おー、すげえじゃん! 菊池」


 周りから拍手を受けながらも笑顔を見せられない。気分が高まらないのは選考に不透明な部分があるからだろう。


「そこには愛染も代表として生け花を展示するようだ。皆、応援してやってくれ」


 拍手がさらに大きくなるも、愛染さんは表情を崩さず口元だけで笑ってみせる。


「おー熱いねーお二人さん」

「二股は許さんぞ、菊池。遠藤さんにもちゃんと伝えろよー」


 クラスの熱は高まりお調子者達が声を上げていく。


「愛染さん、気を付けてね。普段は飄々としてるけど、たらしだから、彼」


「何いってんだよ、高村たかむら。そんなことねえよ!」


「隠したって無駄だよ、菊池君。君が遠藤さんと付き合ってるのは皆、知ってるから」


「そうだよ、菊池君。こんな田舎で隠せる訳ないでしょ。昨日も小泉先輩のカフェに行っていたの知ってるんだから」


 クラスの連中がよってたかって俺の交友情報を伝えては声を大きくしていく。



「まあまあ皆、そこまでにしとけ。さすがに騒ぎが大きくなると、俺がどやされるからな」


 後藤先生が一つ大きな拍手をしてクラスをまとめる。


「愛染、悪いが、菊池に生け花のことを教えてやってくれないか。あまり時間がないそうだ。よろしく頼む」


「畏まりました」


 愛染さんは毅然とした態度で言葉を告げる。彼女の表情を伺うが、何も変わらない。



 ……何で俺、いらついてるのだろう。



 やましい気持ちなどないのに、冷めたカノジョの表情に怒りを覚える。カノジョにとって俺はただのクラスメイトの一員で、賞を取ろうが関係ないのだろう。



 心の中に冷めた思いが浸透していく。なぜなのかはわからないが、不快感が募っていく。


「……不束者ですが、よろしくお願いしますね。菊池君」


 愛染さんは不意に口元だけで笑い俺を見る。いつもと変わらない表情を見せない笑みだ。


「じゃあ今日の帰りにでも練習しましょうか」



 ◆◆◆◆◆◆



「じゃ、菊池君。生け花と聞いて思いついた一文字だけ書いてみて」


「え、一文字だけでいいの?」


「そう、あれこれ色んな字を書いて見るよりは一文字のほうがシンプルで伝わると思うわ」


「ん、そっか。了解」


 放課後、俺達は教室に居残り、彼女の机を向かいにして提出する字を考えていく。


 生け花をイメージして漢字を一つずつ書いていく。


 はなやかみやびあや……様々な字を書いていくと、愛染さんの名前が繋がり、はっとする。



「……いい字ね、清らかで淀みがない。菊池君、もっとたくさん書いてみて」


「お、おう」



 ……生け花は愛染さんのような人が一番絵になるな。



 改めて彼女を同じ学校の生徒として認識する。きっと花のように純粋なのだろう。悪いことなど知らないようなその綺麗な双眸の瞳で、俺の字を真面目に観察していく。


 

 ……もっと心を込めて書かなければ。彼女に認めて貰えるような字を。


 

 愛染さんをイメージしながら漢字を書いていく。『愛』、と書いた時に彼女の意識が急に止まったように感じた。


「どうしたの、『愛』染さん?」


「……ごめんなさい、続けて」



 ……一体、どうしたというのだろう。



 愛染さんの表情に戸惑う。今まで冷静沈着だった彼女が眉を寄せながら、俺の字を凝視している。明らかにおかしい。


「大丈夫? 愛染さん?」


「ごめんなさい、大丈夫よ。ちょっとだけ子供の頃を思い出したの」


「子供の頃?」


「うん、少しだけ……お父様のことを……思い出しちゃった」


そういって愛染さんは目を拭う。不自然なほど右目だけが赤く染まっており、緩く涙が頬を伝っていく。


「お父さんは書道家だったの?」


「いえ、華道家だったわ。私は父の跡を継ぐために、生け花をやっているの」


 愛染さんは懐かしむように俺が書いた字を見ながらいう。


「その話、聞かない方がいい?」


「いえ、せっかくだもの。よかったら……聞いてくれない?」


 愛染さんの上目遣いに見入り頷いてしまう。家元の話となると、きっと複雑で理解できないだろうが、そういわれれば聞かない訳にもいかない。


「父は病気で、私が五歳の頃に亡くなってしまったの。本当に愛情深い人だった。一人で寝れない時はよくお父様の両足に挟んで貰って寝ていたのよ」


「そうなんだ……」


 続きを切り出していいものか迷いながら字を書いていくと、愛染さんは戸惑いながらも境遇を話していく。 


「私に花を持たせてくれたのは2歳の頃みたい。私、嬉しくてずっと花を握っていたみたいなの。今だったら花が手の温度で痛んでしまうから、怒られてしまうだろうけど……」


「そっか……」


「お父さんはそれでも怒らずに横に置いてくれたみたい。そのまま畳で寝てしまったみたいなのだけど、それでも……ずっと……」


 愛染さんの哀愁を感じ取り、共感する。俺が初めて筆を握った時、親父はずっと俺に夢中になってくれていた。教室を汚しても何も怒らず、ただ笑顔でいてくれた。


「……お父さんのことが本当に好きだったんだね」


「……うん。そうね。そうだと思う」


 愛染さんは真剣な表情で俺を見ていう。


「だから私は私の道で、生け花をやっていきたいと思ってる。必ず……家元に返り咲かなきゃいけないの」


「家元に戻る? 愛染さんは家元じゃないの?」


「……ごめんなさい。菊池君には関係ない話だったわね」


 愛染さんはそういいながら沈黙を続けていく。


 

 ……やっぱり家元の騒動に巻き込まれたのか。



 無理して表情を作っている愛染さんを思い返す。彼女にとって母親の地元に帰ってきたのは不都合なことなのかもしれない。



「……俺の親父はさ、残念なんだけど、あんまり尊敬できないんだよなぁ。生きてるんだけど」


重い空気を振り払うために、自分の父親の話をしていく。


「実は書家といって、日本全国を回って書の宣伝をしているんだけどさ。これがまた放浪癖があって、いつ帰ってくるのかわからないんだよ」


「そうなのね、でも凄いじゃない。中々できることではないわ、そのお仕事」


 話を続けていくと、愛染さんの表情が徐々に明るくなっていく。


「……まあ、そうなんだけどさ。酒にも女にもだらしなくてさぁ、反面教師にしてるんだよ。お袋が可哀そうで仕方ないよ。だから俺は地元に残って書道教室を盛り上げていきたいと思ってるんだ」


「……へぇ。菊池君からは全くイメージがつかないわね」


「そうだろう? この間、帰ってきた時なんかさ……」


 さらに話を続けようとすると、突然、花鈴が教室の扉を開けて入ってきた。



「りょう、聞いたよ! 入賞したんだって!? 凄いね、おめでとう!」



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