春の章 華道ガールとミックス展覧会 PART11



  10.



「それで、ナンパもできずに一人で来たって訳か」


「だからナンパする気なんかないですって! ねえ、俺に花を教えて下さいよ、飯田さん」


 春の花に埋まった『花籠はなかご』の店内を見渡し、飯田さんに尋ねるが、彼は黙々と作業を続けるだけで応えてくれない。


「もう頼れる人がいないんですよ。飯田さんは生け花とかしないんですか?」


「やらんなぁ。そもそも花屋と華道家は、書家と書道家くらい違う。俺達は剣山けんざんなんて使わないし、そもそもが洋花がメインだ、和花の扱いには長けていない」


「そこをなんとか! 花を扱ったことがない俺よりはマシでしょう?」


「俺に訊いても仕方ない。彼女に教えて貰ったらいいじゃないか」


 飯田さんは客に挨拶をしながらも、俺の言葉を聞き流していく。


「それがうまくはぐらかされているから、ここに来ているんですよ。愛染さん、今までは笑顔で対応してくれていたのに、最近は全然相手してくれないんです」


 あれから学校にいる間、愛染さんとの会話はほぼないに等しい。まるで俺がこの世に存在しないかのように、冷たい口調も態度も取らずに、風のようにすんなりと避けられてしまう。


「……なるほどねぇ」


 飯田さんは俺から視線を反らし、外を眺めながらいう。


「その彼女はどんな子だといったかな?」


「見た目は芸能人、ってくらい整っていて、性格もいいですし、周りからの評判も高いんです。それだけじゃなくて、常に新しいことに挑戦して努力家なんです。それなのに……」


「それなのに?」


「俺がサーフィンをしてるってだけで、凄く冷たく見られているんです。遊んでいる訳じゃないのに……俺だって常に努力してます、なのにひどくないですか?」


「ええ、そうね」


「もしかして花鈴がいることに腹が立ったのかなぁ? 彼女がいるだけで怒るなんて、本当は性格よくないのかなぁ」


「……そうね、そうかもしれないわ」


 女性の声にびっくりして振り返ると、愛染さんが腕を組んで俺のことを見つめていた。



「あ、ああ愛染さんっ!? いつからいたの!?」


「お前がここに来てからずっといたぞ。彼女」


 飯田さんに突っ込まれながらも、愛染さんは気ままに花を眺めている。


「どうして……ここに?」


「あなたの後をついてきたのだけど……気づかなかった?」


 首を縦に振ると、彼女は口元を手で隠しながら俺を見る。


「ふふ、前に花屋さんを教えて貰う約束だったでしょ? それで後をついてきたの。私がいなかったら、あなたはここに行くんじゃないかと思って」


 確かにその通りだが、授業中に話してくれれば、愛染さんを花屋に連れていくことは確実にできた。


 俺が煮え切らない顔をしていると、彼女は頭を下げた。


「ごめんなさい。先に謝らせて貰うわ。でも理由があるの」


「理由?」


「ええ。あのまま私があなたと仲良く話していたら、遠藤さんはどう思ったかしら? たとえ必要なことだと思っても、いい風にはとらないわよね」


「え、それはまあ、確かに……」


 あの後、愛染さんといるイメージを浮かべる。きっと俺達は二人でここに来ていただろう。それを花鈴に話したら関係が気まずくなるのは必須だ。


「……ってことは、演技してたの、愛染さん?」


「まあ、そういうことよ」


 愛染さんは含み笑いを続けながら俺を見る。


「私も花屋さんを教えて欲しかったし、あのまま行こうとしたら断られてた可能性もあるでしょう? だから、ごめんなさい。こうするのがいいんじゃないかと思って黙ってたの」


 俺が返事に戸惑っていると、飯田さんは強く頷きながら愛染さんを吟味するように見る。


「しかし君は勘のいい子だな、初めてだったんだろう? 花鈴に会ったのは」


「彼氏が他の女の子と会っていることをよく思う人はいませんから。はじめまして、飯田さんでいいのかしら?」


「ああ、そうだ。よろしくな、華道家の愛染さん」


 飯田さんはそういいながらも、愛染さんと握手を交わす。


「欲しい花材があればいってくれ。ここにないものは少々値が張るが、仕入れることは可能だ」


「お気遣い、感謝致します。それとこれは手土産でお持ちしました。あまり日持ちがしないのでお早目に食べて下さいね。蜂蜜ではなくてすいません」


「ん? あ、ありがとう」


 そういって愛染さんは生菓子の箱を手渡して飯田さんと談笑を始めていく。まるで始めから俺が連れてきたように自然だ。



 ……気遣いができ過ぎるのも怖いな。



 彼女の渡した生菓子を見て思う。きっと彼女の中で今日、ここに来ることは明確に決まっていたのだ。だから消費期限が短い生菓子なのだろう。


「わあ、かわいい黒猫。ふかふかですね、この子」


 愛染さんは子供をあやすように近くにいたカマクラを抱きながら頬を摺り寄せる。


「そうだろう、こいつは別嬪さんが来たらすぐに飛びつく癖があるからな。名前はクロスケ、捨て猫だったんだよ」


「そうなんですね、毛並みがとても綺麗。いいところに拾われたわね、あなた。菊池君、いい場所を教えてくれてありがとう」


 愛染さんはクロスケを抱いたままいう。


「……こちらこそ。愛染さんはサーフィンも知ってるの?」


「いいえ、全く。だからあなたでなければ本当に遊び人だと思っていたかもしれないわね」


「どうして俺のことは信用してくれたの?」


「あなたの字を見た時に思ったの。この人はきっと、嘘が点けない人だと思って」


「……愛という字を見て?」


「そう」


 彼女は頷きながら続けていく。


「あの字を見た時にお父様の生け花を思い出したの。純粋で、まっすぐで芯があって、濁りがないお父様の生け花、本当に美しかったわ」


 愛染さんの笑顔にほだされていく。これ以上褒められたら、もう文句もいいようがない。


「……愛染さんは生でサーフィンを見たことがあるかな?」


 飯田さんが尋ねると、彼女は首を振った。


「いえ、ありません。私の住んでいた地域には海はありませんでしたから」


「そうかい。それじゃ、今から俺達が見せてやろうか」


 飯田さんは裏に隠してあるボードを取り出しながらいう。


「ここから海までは近いんだ。よかったら、見ていかないか?」


「……いいんですか?」


「ああ。なあ、涼介?」


 スマートフォンを確認して波の情報を探す。やはり、もうとっくに波に乗れるレベルではない。


 俺が黙っていると、飯田さんは肩を組んで背中を叩いて呟いてきた。


「……いいか、涼介。男なら、黙ってガツンと決めてみせろよ。彼女に手玉を取られたままで悔しくないのか?」


「そりゃ、悔しいですよ」


「なら、決まりだな!」


 飯田さんは唐突に店を閉め、車に2人分のボードを詰め込み始める。


 「んじゃ、行ってくるからな。クロスケ。店番よろしく!」


 クロスケはナー、と鳴きながらも主人が出ていくのを見送りながらもう一度、愛染さんの方に駆け寄った。


 彼女は受け入れるように小さく手を差し伸べ、クロスケの背を触っていく。


「また来るわ、クロスケ。今度はあなたの分も用意しとくわね」




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