夏の章 茶道ガールと華道ガールのサイレント茶会 PART2
2.
「ねぇ、愛染さん。昨日の相撲、見た?」
「ええ、菊池君。拝見させて頂きました」
休憩時間に下敷きで自分に風を送りながら愛染さんに語り掛けると、彼女は小さく首を頷いた。
「で、どう思う?
「確かに夜青龍も不自然な動きがあったけれど、手を抜いているようには見えなかったわ」
「そうだよなぁ。でもまあ、横綱同士の対決はやっぱり迫力があるから、話題になりやすいっちゃ、なるよなぁ」
「何だよ何だよ、お前たち。
前の席に座っている
「もっと、明るくて景気のいい話はないのかね。こう、月9の話だとかさぁ、もっと青春できる話題を提供してくれよ。こっちまで辛気臭くなっちまうじゃねえか」
「うちはじいちゃんが見てるからなぁ……。寝ているように見えてちゃんと起きてるから、チャンネルも変えられないんだよ」
「私の家もお母さんが好きなの。裸一つで戦う姿が恰好いいみたい。だからお気に入りの力士が買った時にはちゃんこ鍋になるのよ」
「そ、そうなんだ……。愛染さんのお母さんって、もう名前だけでいいよな……」
秀樹は突然、腕を組みながら頷いていく。
「想像だけでお腹いっぱいになれるよ。ごちそうさん! 一体どんな人なんだろう。なぁ、涼介?」
「あら、菊池君は会ったことあるわよ」
秀樹の顔を見ると、目がマジになっていた。瞳孔が開き俺を食い潰そうと目で威嚇してくる。
「へぇー、そうなんだ。ど、どこで会ったの?」
「ああ、そうそうそう! この間、生け花の展覧会の時にさ! お母さんも手伝いに来てくれたんだよ。なあ、愛染さん?」
「そうね。それもあるけど、初めては私の家だったわよね?」
……あ、愛染さん。言い方、考えてぇ!
秀樹の顔を直視できない。どうやら彼は愛染さんに興味津々のようで、俺に彼女がいることですら、普段から僻んでいるのだ。
「へぇーへぇー、そうなんだ。へぇー、菊池君は水臭いなぁ。俺という友達がありながら。いってくれたらよかったのにさぁ……へぇ―」
昔の某テレビ番組のように、相打ちを打ち続ける秀樹に掛ける言葉が思いつかない。
「た、たまたまなんだよ! たまたま! 別に対したことじゃないよ、ねぇ、愛染さん?」
愛染さんに同意を求めるが、小さく頷くだけで反論はない。それよりも相撲の話題が気になるようで、俺に再び話題を投げかけてくる。
「それよりも菊池君の推すメンは誰なの?」
「オレ? オレはやっぱり、若の富士だな! なんといっても戦い方が自由でいいよ。今年うまくいけば大関になれる可能性もあるし、外せないなぁ」
「そうなの? 私もそう、やっぱり彼が今年一番、頑張ってるわよね」
愛染さんは同意を得られたことが嬉しかったのか、笑顔になりながら話を続けていく。
「あの人は実は稽古の時から目をつけていたの。誠実でまっすぐだから、上がるのも早いと思っていたのだけど、本当に止まることを知らないわね」
「へぇ、そうなんだ。へぇー。愛染さんは強い男の人が好きなの?」
秀樹が尋ねると、愛染さんは頬を染めながら唇を隠した。
「いえ、そういう訳でもないのだけど……芯を持っている人が好きなの。黙々と好きなことに打ち込んでいられる人、見ているだけで満足しちゃうわね」
愛染さんはそういいながら、俺に視線を寄せてくる。その下には美しく発色のいい唇が真夏の太陽の光を浴びながら、影を作りつつも見え隠れしている。
――これは助けてくれたお礼。
愛染さんの隠れた口元を目で追いかける。春の展覧会で不意をつかれキスをしてしまったのだけど、あれから彼女はそのことに関して一切言及してこない。
……ひょっとして俺の勘違いなのだろうか?
たった一度、唇が触れたことだけで俺の頭の中には二か月以上もその記憶が焼き付いている。それなのに、彼女はごく自然に話しかけ何事もないかのように振る舞っている。
「日本の伝統に関係している人もいいわね。自分のスキルを高められるし、お互いにいい影響がありそう」
「日本の伝統かぁ……お、そうだ! 愛染さん、こっちに来て祭り、見に行ったことある?」
「まだないわね」
「そうだよね、よし! 涼介、今年は愛染さんも誘おうや!」
「ん? どうしたの?」
きょとんとした顔を見せる愛染さんに秀樹は胸を張りながら声を上げる。
「実は毎年さ、俺達、地元のメンツだけで花火に行ってるんだけどさ、様変わりしないし、飽きもきちゃうのよ。だから愛染さんに楽しんで貰えるよう、企画をセッティングしたいんだけど、どう?」
「……秀樹、いっただろう。オレは今年は花鈴と……」
耳元で秀樹に囁く。そんなことをすれば、一層花鈴から怪しまれるに違いない。
「……もう、何をいってるのかなぁ、菊池クン。僕には全然わからないや。……その、わかってるよね?」
……あ、そうだった。
再び秀樹の顔から目を背ける。一緒に飯田さんの花屋に行こうといっていたオレ達だったが、愛染さんの策略もあり、結局二人で行ってしまったのだ。それを秀樹にだけ内緒で話したのだが、大層気にくわなかったようで、いつもの課題ノートを貸して貰えないくらいに俺達の溝が深まっている。
このままだと夏休みの課題も危うい。そうなると、俺の人生にまで影響する恐れがある。
「ハイ、そうしまショウ。カワムラ君、それがイイと思いマス」
「どうしたの? 菊池君、急にロボットみたいな話し方して」
「そ、そんなコト、ないですヨ。愛染サン」
無理やり笑顔を作り、愛染さんの気持ちを惹いていく。
「屋台もたくさんあるヨ。楽しいヨ。花火も凄いヨ」
「そうねぇ、皆で廻るのも楽しそうね……。でも、花鈴さんも来るんでしょう? お邪魔にならないかしら?」
そういって愛染さんは俺の機嫌を伺うような視線を寄せる。
「ああ、もちろん来るヨ。あいつも愛染さんが来れば……喜ぶヨ」
「そう? それなら……参加してみようかしら。お願いしてもいい?
愛染さんが頼み込むと、秀樹は一度歯を食いしばりながら全力で両手を上げた。
「っくぅー、やっぱり菊池クンだわ!! ぐ、グゥレイトォぉぉ! 愛染さん、俺達に任せといて! 絶対に楽しい祭りにするからさ!」
「……楽しむのは勝手だが、学生らしい行動をとるように頼むぞ、河村」
教室の扉が開き後藤先生が教壇へと立つ。彼が声を掛けると、チャイムが共鳴するように鳴り出した。
「じゃ、今日は一段と元気な河村君からにしようかな。次は席順で菊池な!」
後藤先生の緩やかな視線に戦慄する。だが何かを忘れているような気がするだけで思い出せない。
机から国語のノートを取り出すと、それを一瞬にして思い出した。
結局、課題やってきてねーわ、俺。終わった。
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