春の章 華道ガールとミックス展覧会 PART6



  6.



「ふふふ、今日は何があるかなぁ、たのしみー。ほら、りょうも早く来て」


 春の柔らかい日差しを浴びながら花鈴は足早に坂を登っていく。学校ではあまり見せない彼女の幼い表情が放課後であることを密かに教えてくれる。

 

「まあ、待てって。どうせ、小泉こいずみ先輩のおすすめを頼むんだろう? 決まってるんだから、急いでも意味ないって」


「何が出て来るかわからないから、楽しみなんじゃない! どうせどうせ、りょうはいつものわらび餅パフェでしょ?」


「まあな! あれが一番美味いって!」


 山沿いのコンビニを超えて下り坂を降りていくと、上質な木の香りがするログハウスが見えた。足を踏み入れると、小さな鈴の音が部屋中に鳴り響く。


珠紀たまき先輩、こんにちはー」


「あら、花鈴ちゃん、いらっしゃい! わあ、菊池君も来てくれたの。今日は中で食べていくの?」


 店の扉を開けると、小泉先輩が駆け寄ってきた。いつもの姿、制服の上にエプロン姿は見慣れても見慣れないのは不思議だ。


「うん、そうでーす! 上菓子じょうがしも帰りにたくさん買って行きますからね! 生徒さん用で!」


「いつもありがとうね、花鈴ちゃん。すぐにお茶、持って来るわね!」


 花鈴の家は茶道教室を営んでおり、流派は裏百家うらひゃっけという全国的に有名なものだ。そのため土日祝日にはこぞって習いに来るお客さんが多い。

 

「今日はね、『季節の白玉あんみつ姫』がおすすめよ」


「わー楽しみー。あたしはそれで!」


「俺はいつも通りわらび餅パフェで! きなこ餡蜜特盛でお願いします」


「はい! いつもありがとうございます! それじゃ席に座って待っててね」


 ひのきで作られた長椅子に花鈴と向かい合って座ると、小泉先輩は二人分のほうじ茶とお冷を持ってきてくれた。


「檜の匂いがまだ残ってるね、いい香りー」


「改装してまだそんなに日が経ってないからね、私も頑張んないと!」


「ってことは珠紀先輩は地元に残るんですか?」


「うん、そのつもりよ。お父さんにだけローンを残すのは悪いしね」


「何いってる、珠紀。俺の道楽で始めたんだから、お前は気にしなくていいぞ!」


 裏から小泉先輩のお父さんの声が飛び交う。この店のオーナーだ。


 2人分のデザートが届くと、花鈴は両手を合わせながら嬉しそうに口に運ぶ。


「うん、おいしー! もちもちの白玉がほんとにおいしーです! イチゴも酸味があってちょうどいいですし、もう、さいこーですっ!!」


「そう? よかった!!」


 小泉先輩は満面の笑みを見せながらも仕事の動きを止めない。手際よくテーブルが形作られ、きな粉パフェが目の前に並べられる。


「うん、うまい! やっぱ、わらびもちにはきなこだよなー!」


 わらびもちをひょいひょい摘まんでいると、花鈴が緩い視線で俺のパフェを眺めている。


「りょう、やっぱり美味しいの? それ……」


「ああ、もちろん。欲しいんだろう? しょうがないな、ほい」


 フォークで一つ掴んで花鈴の口に放り込むと、彼女は嬉しそうに頬を触りながら飲み込んでいく。


「おいしー、ありがと! ほっぺた、落ちちゃうー!」


「そうか、よかったな」


「本当に仲がいいわね、お二人さん」


 小泉先輩は肩の力を抜きながら俺達二人を交互に見る。


「私も菊池君みたいな彼氏が欲しいなぁ、花鈴ちゃん、ちょっとだけでも貸してくれない?」


「だめですよー! りょうはあたしだけのもにょもにょ……」


 花鈴は白玉を食べながら小泉先輩に必死に抗議していく。


「はいはい、慌てない慌てない。よかったわね、菊池君。こんな可愛い彼女がいてくれて道場も安泰ね」


「……ペットと一緒ですけどねぇ」


 花鈴の膨らんだ頬を見ていう。


「確かに可愛いんですけど、女の子としてはどうかなぁ……。最近、人としての扱っていいのか悩んでいるんです」


「そんなっ! りょう、あたしのこと、見捨てるの? やっぱり新しい転校生の方がいいんだーっ!?」


「転校生?」

 

 首を傾げる小泉先輩に花鈴が言葉を続けていく。


「そうなんです!! りょうのクラスに超美形の女の子が転校してきたんですよ! 京都から来たみたいで、品があるみたいですし、周りの男子も騒いでるって」


「……へぇ、京都から。それでどうなの? 菊池君?」


 小泉先輩は猫のように鋭く目を細めながら俺を見る。


「いや、別に何にもないですよ! 席が隣っていうだけで、特にそんな話もしてないですし」


 少し話をしたとはいえる空気ではない。女子高生二人から非難を浴びながら食べるパフェはきっと美味しくないだろう。


「だそうよ、花鈴ちゃん」


 小泉先輩は頷きながら俺を再び妖艶な瞳で見つめてくる。


「私が菊池君に声を掛けた時も、断られちゃったからね。彼は大丈夫、安心していいよ、花鈴ちゃん」


「えーっ!? そんなことがあったのっ!?」


 花鈴がイチゴを咥えたまま、目を血走らせる。


「いやいや、あれは冗談でしょ? 小泉先輩」


「私は本気だったけど? まあ、振られちゃったから、簡単に諦めちゃったけどね♪」


 小泉先輩は笑みを浮かべながらトレーを軽やかに回しながら他のお客さんの器を回収していく。



「……りょう、あたし、その話聞いてないんですけど」



 遠ざかる小泉先輩を余所に、花鈴はフォークを拳で掴んだままテーブル越しに頭を近づけてくる。


「いやいやいや、俺も本気に思ってなかったから。てか誘いにもなってないし」


「んー? そんな嘘でごまかそうと思ってるの?」


「いやいや、ほんと。花鈴さん、とりあえずフォークはパフェを食べるものだから、こっちに近づけないで」


 花鈴の目が光を失い、俺の手が掴まれる。今の彼女なら躊躇なくパフェと一緒に俺の中指も食べてしまいそうだ。


「こ、小泉先輩が香道こうどうをやってるのは知ってるだろう? それの誘いだよ、誘い」


 香道とは木の香りを楽しむ芸道の一つだ。小泉先輩のお父さんが嵌まり、それに追随して彼女もやるようになったらしい。


「それで今、盛んな中国や韓国の大学に行ってみたいんだってさ、そのついでに俺も誘われたの。書の勉強になるんじゃないかって」


「え、りょう、海外に行っちゃうのっ!? そんなのやだー!!」


「だから行かないって!! 俺は地元に残ってやるって決めてるから!」


「本当に?」


「ああ、親父みたいにふらふらしたくないの! 今はどこでだって学べるんだから、俺はここがいいの!」


「ふうん。そっかそっか……」


 花鈴は落ち着いたのか、掴んでいたフォークで再び白玉を口に含んでいく。


「プロのサーファーになることは許したけど、海外とかに行ったりしたら駄目だよ?」


「行かないわよ、菊池君は。サーフィンを始めたのも、書道のためだもんね?」


 再び小泉先輩がお茶を持って間に入ってくる。


「花鈴ちゃん、ごめんなさい。さっきのは冗談だから、許して。ね? 第一、菊池君は大丈夫よ」


「そうなの? りょう?」


「まあ、そうだよ。あまりいいたくないけど、書の流れを掴むためにやっている部分はあるかな」


 書の魅力に取りつかれながらも、今の高校生という立場では書一本でやってくことはできない。だからそれにかこつけて、色々なことに挑戦しているというのが本音だ。


 何でも楽しみながら道を知りたい。それは飯田さんの教えでもあるが、今はともかく感情に身を任せて進んで行きたいのだ。


「それにね、花鈴ちゃん。菊池君にはねぇ……もぉっとぉ、大きな秘密があるのよ」


 小泉先輩はにやにやしながら俺を見る。これ以上、身の上話を暴露される訳にもいかない。


「……小泉先輩。お仕事が止まっているみたいですね。わらびもちパフェ、もう一杯頂けます?」


「あら、失礼しました♪ 毎度ありがとうございます、菊池君♪」


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