春の章 華道ガールとミックス展覧会 PART4
4.
家に帰り着き、鞄を放り投げた後、道場へと足を進めると茶の間にじいちゃんが寛いでいた。
いつも通り静かに座って相撲を眺めている。
「ただいま、じいちゃん。今日はどっちとも勝った?」
「お帰り。そうやね、夜青龍は危なかったけど、無理やり押し出したね」
「そっかぁ、ありがと」
茶の間を抜けて道場へと向かうと、そこにはお袋が座っており、近所の子供の字を見て修正を施している。
「ただいま」
「あ、りょう兄ちゃんだ」
「おう、たくま。どれどれ? 凄いぞ、もう『川』の字まで覚えたか」
「え、そうなの?」
幼い瞳で俺とお袋を見つめる。その姿に愛らしさを覚える。
「ああ。本当だ。なあ? お袋」
「うん、綺麗に書けてるよ。でも、これ……数字の『三』なんだけどね」
正面からみると、文字の配置がまっすぐに流れていた。たくまにはまだ、川という字は教えてないらしい。
「……でもたくま、綺麗に書けとるぞ、お前には才能がある! もっとじゃんじゃん書きなさい!」
「うん、ありがとう。りょう兄ちゃん、頑張るね!」
たくまは笑顔を見せながら自分の席に戻り、ひらがなで名前を書き足していく。彼の純粋な姿を見ていると、自然とやる気が満ちていく。
「涼介、今日も書くと?」
「うん。席、使わせて貰うわ」
墨汁の準備をしながら答える。
書きたいものによって量を調節しなければ自分のイメージにそぐわなくなってしまう。何度も同じ字を書いているためか、適量だと思う分を感覚で継ぎ足していく。
……全てはイメージ。自分が再現したい像を持ち続けなければ、理想の字は手に入らない。
今回書き上げる文字は『翔』、イメージは翼から始まる。翼といっても、色んな種類があり、鳥によって形も質感も全然違う。
翼に最も合うイメージ、それは
……鷹のように、一人前の翼が欲しい。何者にも縛られない空を自由に飛びたい。
『翔』の羊は
……高度を上げろ、俺の羽はもっと高く飛んでみせる!
『羊』の最後の一線を限界まで上げ、白紙を覆いつくす。この白地のキャンパスでは足りないと思わせるほどの熱量を筆に載せ、今度は『羽』の一文字目で急降下を見せる。
……毛を一本ずつ意識して、風を浴びるイメージを。表面積を広げるように大胆に!
羽の『四点』に広がりを見せていく。二つの翼を高らかに掲げ、意気揚々と飛び込んでいく。飛び込みの水泳選手のように、美しく回転を点けるよう、ダイブするイメージを持ち続ける。
この緩急こそが空を飛ぶイメージだ。動きがなければ、挑戦ではなく安定になってしまう。そんな翼では飛翔とは呼ぶことはできない。
「どんな感じ? りょう」
花鈴が指定の席に荷物を置きながら尋ねてくる。
「ちょうど今できた所だ。今回のはどうかな?」
花鈴に見せると、彼女はじーっと眺めながらも、眉を寄せながら答えた。
「……んー。カッコいい字体だけど、なんか違和感があるのよねぇ」
「……どこがおかしい?」
「んー、はっきりとはいえないんだけど、なんか背伸びし過ぎてる感じがする」
「……そうかもしれないな。俺は高く飛びたいっていうイメージで書いてるからさ」
お袋にも見せると、彼女は字を見た途端、笑い出した。
「ふふ、あんたもお父さんに似てきたわねぇ」
「な、何でだよっ!」
「お父さんもあんたと同じ年の頃には、こんな字体だったわよ」
頭に血が上っていく。親父と同じといわれることに腹が立っていく。
「俺は親父みたいにならない! あんな、酒飲みで放浪癖のある書家にならねえよ!」
「……まあ、それには同意するけど。あんたの翔、翼は何のためにあるの?」
「俺の翼は――」
自由に空を飛べるための翼。だけど、それは孤高であり続けるよりも家族を守るための翼でありたい。
家族を守るための翼、この地元でも十分にやっていけるといえる確かな翼が、俺は欲しい。
「お父さんみたいな大きな羽が欲しいの? 違うでしょ、あんたが欲しいのはそんなんじゃないでしょう?」
「俺の翼は――地元を守るための――翼」
イメージを膨らませていく。地元に根付いた確かな翼。墨を纏い、一本で生き抜くための羽。
「俺の翼は――」
烏が飛んでいる時の翼を強くイメージしていく。食事を得るため、仲間と一緒にいるため、子供を守るため……全ては安定した生活を得るためだろう。不安要素をなくし、安住の地を得ることにこそ翼はあるに違いない。
……俺は家族を守る翼が欲しい。鷹のように高く飛べずとも、一人前となれる烏の翼が、欲しい。
「お袋ありがとう。さらにイメージが沸いたわ! 黒いイメージも墨に合うし、完璧だわ!」
「ほんと、りょうは書に関してだけはストイックね。学校の課題も一緒にやればいいのに」
花鈴はコンテストに提出する書をさらっと書き上げて、お袋に提出する。
「やっぱり花鈴ちゃんは丁寧で綺麗ね。うちの涼介にも見習って欲しいわ、こういう所」
「だってよ? りょう」
お袋と花鈴が顔を合わせて口元を緩ませる。
「うるせー、俺は俺の字を書きたいんだよっ! 既存の概念に囚われちゃ、いいものなんて書けないだろうっ!!」
「はいはい、あんたはあんたで好きなように書いたらいいと。本当、最近はお父さんに似てきたわねぇ」
……絶対にあんな奴になってたまるか!!
日本各地を周り、書を広めていく書家としての親父は尊敬している。だがその過程が嫌いだ。お袋を一人にして、連絡もなしにふらっと帰ってくる、酒飲みで、だらしない親父が大っ嫌いだ。
そのためには、今思いついたことを完璧にこなしていかなければ、決して勝てない。
「よし、もう一枚書く! 花鈴、邪魔すんなよ」
「……はいはい。頑張ってね、ほどほどに」
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