春の章 華道ガールとミックス展覧会 PART2



  2.


「お、今日は間に合ったな、涼介」


「おっす、秀樹ひでき。いきなりで悪いんだけど、課題やってきた?」


 鞄からタオルを取り出し額の汗を拭くと、前の席にいる秀樹は口元を緩めた。


「当たり前じゃん。でも涼介には見せてやんない」


「えーいいじゃん。何でよ」


「だって、今日、涼介の番でしょ」


 秀樹の指の先には黒板があり、今日の日付が載っている。現国の教師・後藤ごとう先生は日付で生徒を指名してくるため、俺に当たる確率が高いのだ。


「オレの答えを皆の前で言いふらされるのは気が引けるなぁっと思って」


「大丈夫、秀樹が間違うわけないって信じてるから」


「……見せてもいいけど、報酬は?」


「んー、考え中」


「じゃ、オレが決めていい?」


 秀樹は課題のノートを取り出しながら目を宙に向ける。


「涼介の隣、席が増えてるじゃん? 実は今日、うちのクラスに転校生が来るらしいんだわ。だからその子が席に座る前に声を掛けるっていうのはどうだ?」


「うん、悪くない取引だ」


 交渉成立して課題のノートを頂く。中身を見ると、そこには綺麗な字できっちりと答えが書かれていた。


「やっぱ、秀樹は字が綺麗だな。見やすいよ」


「書道家の跡取りが何いってんの」


 秀樹は首を振りながらいう。


「最近、コンテストを総なめにしてる菊池様が仰るお言葉ではありませんな」


「シャーペンは苦手なんだよ。細いしすぐ折れるし、何よりアルミが冷たくて気持ちが萎える」


「おっさんかっ!」

 

 今朝の花鈴と同じ突っ込みを受ける。


「そんなんじゃこの現代社会では暮らせんぞ、涼介。遠藤えんどうさんに愛想つかされるのも時間の問題だな」


「ああ、あいつにもさっきいわれたばかりだ」


「全く。茶道家のお嬢様なんだから丁寧に扱ってやれよ」


「でえじょうぶだ、オラに任せろ!」


「誰だよ。そんな適当な奴に任せられるか」


 笑いながら相槌を打っていると、担任の後藤先生が神妙な面持ちで教壇の上に立った。


「おし、皆、席につけよー」


 先生が声を上げると、背の高いすらっとした女性がお辞儀をしながら教室の中に入ってきた。どことなく華奢な感じだ。


「……あの子か?」


「多分な。それにしても、美人だな。期待しているぞ、涼介クン」


「ああ……」


 転校生に釘付けになり目を離すことができない。見た目と雰囲気の佇まいから田舎育ちではないと一瞬で理解できてしまう。


 目の前の彼女は背筋を伸ばしたまま、黒板に一字ずつ丁寧に名前を書いていく。


愛染彩華あいぜん あやかと申します。京都からこちらへ引っ越してきました。不束者ですが、皆さん、よろしくお願い致しますね」


「おおー!」


 彼女の挨拶を皮切りに男子の熱狂的な声がクラス中に響いていく。


「おー、京美人やー!」

「肌、白っ! テンション上がるわー」

「ええなー、うちらの女子とは全然違うわー」


 男子学生達は熱狂的な声援を浴びせながらも、女子から冷徹な視線を受け一気に静まり返っていく。


「愛染、一番の後ろの右の席に座ってくれ。午後に教材が購買部に届くから、昼休みの間に取りに行くようにな」


「はい、かしこまりました」


 彼女はきちんと応答した後、一歩ずつゆっくりと進んでくる。歩幅、歩き方、息遣い、全ての所作に気持ちが込められているようだ。まるでバレエ選手のように軽やかな動きでこちらへ近づいてくる。


「……涼介、頼むぞ」


 秀樹が小声で呟いているが、何もいうことはできない。


 ただただ、彼女の動きに目を奪われ言葉を失っていく。


 

 ……本当にこの子は、同じ人間なのか?



 CGだといわれても通用しそうな顔立ちに面食らう。綺麗で大きな二重の瞳、すらっとした高い鼻、薄くもなく濃くもないちょうどいい唇、絵に描こうとしてもきっと劣化してしまうのではないかと思わせるほど整い過ぎている。


 彼女は坦々と自分の席へと向かっていく。彼女の上履きのゴムの音だけが教室内に緩く響いていく。



 ……なんで、俺の方が緊張してるんだよ。



 自分自身に突っ込みをいれるが、鼓動は収まらず加速していく。彼女が席に座り、その横顔を目の端に捉えるだけで、体中が熱を帯びていく。


「じゃあこのまま、授業に入るからな! 菊池、午前中だけ教科書、見せてやれ。今日はお前から朗読して貰うからな」


「は、はい!」


「よろしくね、菊池君」


 彼女はそういうなりに、席をこちらに近づけてくる。無意識に体が仰け反ってしまうが、彼女との距離は着実に縮まっていく。


「少し見せて貰ってもいいかしら?」


「ああ、はい」


「ありがとう」


 彼女はそのまま俺の教科書とノートを交互に覗き込んでいく。その瞳に見せることも憚られるような自分の字を見て萎縮していく。


「まあ、綺麗な字。とてもお上手ね」


「あ、ああ……」


 彼女の一声にすら戸惑いを覚える。答えることすら失礼にあたる気がして自分から声を掛けることすらできない。


「菊池、それじゃ、158ページから先を読んでくれ」


「は、はい!」


 席を立ちながらも視線は教科書から転校生へ向かっていく。


 整った顔立ちだけでなく、バランスのとれた姿勢にさえ心を奪われる。きちんと校則通りに着飾った制服がなぜか不相応に見えて、ドラマのヒロインを見ているように錯覚してしまう。


「菊池、どうした。続きを読め」


「す、すいません。漢字が読めません」


「書道家の息子がそんなんでどうする。字が書けるだけじゃダメだぞ。愛染、読めるか?」


「はい、憂鬱ゆううつと読みます」


「よろしい。じゃあ、続きはお前が読んでくれ」



「畏まりました。――は夫を見送りながら、ちょっと憂鬱にならずには――」



 愛染さんの朗読が俺の教科書を介して教室へと広がっていく。穏やかで丁寧でいて、芯のある声が俺の耳を振動していく。


 

 ……これが、京の女。



 横顔を盗み見ると窓から穏やかな風が舞い込み、彼女の緋色を帯びた髪に絡まって流れていく。


その妖艶な香りが仄かに鼻孔をくすぐり、花鈴とは違うことを意識させられる。


「ありがとう、菊池君」


 愛染さんの朗読が終わり、彼女から教科書を受け取ると、そこには微かに彼女の熱が帯びていた。


 その仄かな熱が、心臓をさらに加速させていき、俺はただ黙ってそれを掴んでいることしかできないでいた。





 




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