春の章 華道ガールとミックス展覧会 PART1
1.
「よ、りょう。おはよーっ!」
「おう、花鈴。今日も髪の毛、立ってるぞ」
桜の花びらを交わしながら自転車のペダルを漕いでいく。隣にいるのは2、3本の寝癖を飛ばして朝日を浴びている
「仕方ないじゃん。自転車に乗ったら、こうなるのっ! それよりもさ、聞いた聞いた? 今日、うちの学校に転校生が来るんだって」
「ああ、らしいな」
「何その反応っ! つまんない。可愛い女の子だったら、どーするの?」
花鈴がじーっと、視線をぶつけてくる。ここでどんな反応を見せても、いい顔をしないことはわかっているので無関心を装う。
「どうもしないよ。それより今日の課題、やってきた?」
「それよりって何さっ! もちろんやってるに決まってるじゃん、りょうと違って!」
そういいながらも花鈴の表情は明るい。どうやらこの返答で正解だったようだ。
「お、さすが花鈴。それじゃあ、今日もよろしく頼むわ」
片手だけで頼むと、どや顔を決めた花鈴は直様、飽きれた表情で探りを入れてきた。
「ははーん……どうせ、今日も海に行ってたんでしょ?」
「ああ、最近は調子いいな! やっぱり季節の変わり目は狙い時だよ」
「はぁ……どうせ、何の考えもなしに海に行ったんでしょ……野生児」
信号待ちをして足を地面につけると、花鈴はわざとらしくため息をついて俺の足を緩く蹴ってくる。
「せっかくあたしがあのアプリの使い方教えてあげたのにさ、使ってないんでしょ。この、このっ! この野生児、お猿さん、孫悟◯」
花鈴はそういいながら俺の携帯電話を掴み画面をタッチする。そこには今日の海の波情報が詳しく書かれており、現地に行かずとも確かめることができるらしい。
「わりいわりい! スマートフォンもいいけど、やっぱり風を見て決めたいんだよ!」
「……りょう、スマホくらい略しなさいよ。おっさんなの?」
「ああ、わりい。気をつけるよ」
口元を緩めて応えると、花鈴は唐突に空気を抜かれた風船のように小さくなっていく。
「……まあ、りょうにいってもしょうがないか。課題、見せてあげてもいいよ? その代わり、いつものやつ、ちょうだい」
「いつものやつって?」
「愛の言葉……」
花鈴はそういって顔を伏せる。
「カリン様、愛してます。いつも仙豆ありがとうございます!」
笑顔でいうと、花鈴は少しだけむっとして俺の額にデコピンをつけた。
「りょうの愛はいつも軽いな……。そこは普通でいいの! でもさ、もう一つ、忘れてることがあると思うんだけど?」
「ん? 何?」
「あたし達さ、別のクラスになったでしょ?」
……ああ、そうだった。
寝ぼけていた頭を振り払う。二年になり、花鈴とは別のクラスになったのだ。一年の時に彼女にお世話になりっぱなしで、ついつい習慣的に甘えてしまったが、それじゃ意味がない。
「そうだな。じゃあ
「軽いよっ! あたしへの愛はそんなものなの?」
「ああ、課題という契約書がなければ、そんなもんでしょ。仙豆がなければカリン様はただの猫でしょ」
冗談をいうように呟くと、花鈴の顔が怒りに代わっていく。
「うそうそ、ごめんってば! 花鈴が一番可愛いよ」
「またそんなこといって、ごまかす。今日はそんなんじゃ、騙されんけんね!」
「いいや、嘘じゃない。花鈴がこの世界で一番可愛い、お嫁さんにしたい」
「……そこまでいうならなってあげてもいいけど、いつしてくれるん?」
……あ、地雷を踏んでしまった。目が笑ってない。
花鈴の表情を見て気を引き締める。最近、甘い言葉を使い過ぎているせいで、褒めるだけでは満足いかないようだ。ここはなんといって切り抜けるべきか。
「やっぱ、かめはめ◯くらい打てるようにならないと駄目だよな!」
「今はそんな冗談いらないから」
「す、すいません……」
謝りながら花鈴の様子を伺う。もう少し捻った方がよさそうだ。
「うん、プロのサーファーと書道家になった時だな! 男ならやっぱ、二束のワラジくらいはかないと結婚できないよな!」
自信満々に冗談だとわかるよう告げる。花鈴の「おっさんかっ!」という突っ込みを赤信号と共に待っていると、彼女はか細い声で耳元に囁いてきた。
「……ねえ、その夢。あたしがおばあちゃんになる前には叶えてね?」
「……あ、ああ。はい」
……そんなこと、いきなりいうなよ。
予期せぬ言動に思わず頷いてしまう。花鈴があんな言い方をするなんて、考えてもおらず、ペダルを踏み外し田んぼに足を突っ込みそうになる。
その姿を見て彼女はまた大げさに笑ってみせる。
「りょうなら、なれるよ! どっちも! あたしはずっと応援するけんね!」
「ああ、ありがとう。頑張るよ」
……いつからそんな表情できるようになったんだよ、花鈴。
春の風が桜の花びらを巻き込み、彼女の柔らかい香りを届けていく。何でもない通学路を何度も通る度に、着実に大人へと向かっているのだと気づいてしまう。
こんな田舎育ちの俺達でも、青春時代を黄昏れる日なんて来るのだろうか――。
「ほら、りょう。遅れるよ! 早くせんと、課題写せんよ! 居残りになっても、知らんけんね」
「ちょ、お前、立ち漕ぎしたらパンツ見えるぞ!」
「いいもん、りょうだけなら。ほれほれ、これくらいで見える?」
「よくない! 隠しなさい、てかスカート短か過ぎだろう、わか◯ちゃんか!?」
……大人になる前に、課題、課題っと。
学校に辿り着くための坂道を立ち漕ぎをしながら進んでいく。いつかは俺にも子供に戻りたくなる瞬間が来るのだろうか。今はそんなことを考えている余裕すらない。
……前に進みたい。もっと前へ。
がむしゃらにペダルを漕いでいく。この一歩がプロへの一歩になるために、力を込めながら――。
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